もう一人の自分(The other me)その15
02にとってみれば、目の前の相手はそもそも眼中になかった。
何故なら、水戸部位の相手ならそれこそ数え切れない程に相手をしてきた。
あの“白い箱庭“に於いて繰り返された実験という名の殺し合いの日々。
数々の、様々なイレギュラーを担う同類達と戦い続けた。
そしてその全てで彼は勝利、生き延びた。情操教育というものを施されなかった少年は日々の日課をこなすように淡々と相手を殺し続けた。
02にとって戦闘という行為はその程度の認識でしかない。
息を吸うように殺し、歯を磨く程度の気分で殺し、寝る前の運動程度で殺す。
その行為の罪深さを知るのは、この二年の事。
武藤零二、というモノの中で目にした“世界“を知ってからの事だった。
「君は終わりだ──」
02のそれは宣告だった。
絶対の死を告げる、死神のそれ。
イレギュラーを発現させた瞬間、もう既に勝負は付いている。
「───ッッッ」
水戸部噛には何が起きたのかが全く分からない。
必殺の一撃を叩き込む、そのはずだったのに。
何故、何も起きていないのか?
「くそ、なにが」
それにどうして身体がこんなにも気だるいのか?
全身から力が抜け落ちていき、気を緩めれば今にもその場に崩れ落ちそうだ。
「諦めろ」
何処までも冷たい言葉は、自分の事など何とも思っていない事の証左。
「ふ、ざけるな」
俺を見ろ、俺はここだ。お前の相手はここだ。
噴き上がった怒りは、まさしく蒸気のように水戸部の肉体を突き動かし、今にも崩れ落ちそうだった足元を、全身を奮い立たせ、抗う気概を与えた。
これがもしもアニメやゲーム、或いは小説の類であれば、彼が主人公なり、そのライバルなりであればここからの反撃及びに大逆転へ、と繋がるのかも知れない。
だが残念な事に水戸部噛は、そういった立ち位置のキャラクターではなかった。
そして彼は創作上のキャラクターでもなければ、悪意溢れるシナリオの主人公でもない。
確かに水戸部噛自身の人生というステージから見れば彼は主人公だろうが、この場、02というモノの視点から見れば、取るに足りない、路傍の石ころでしかない。
「あ、?」
それはただ手を添えただけだった。
何を思ったか、02は左手を水戸部の肩に添える。何の痛みも衝撃も与えない、単なる所作でしかない。
ふざけているのか、と思い、水戸部の眉間に皺が入ったのだが。
その次の瞬間だった。
「──ッッッ」
全身が何かに包まれた。
「カッッ、ぐ、」
蒼い焔だった。それが添えられた手に端を発し、気付かば全身を覆い尽くしている。
「な、なん、だこりゃ」
理解が出来ない。燃えている、と分かっているのに、痛みがないのだから。
「な、にを、しや……」
言いかけてビクリ、と震えが走る。目の前の武藤零二の表情には何の感情もない。ただ淡々と、事務的な作業でもしているかのよう。
目が“お前など眼中にない“と告げている。
「や、やめ、でぐで──」
このままでは死ぬ。その事に怯え、懇願、すがりつくような声音をあげるも。相手の様子に一切の変化はない。
「いやだ、いう゛ゃだぁぁぁぁ」
手足がボロボロと崩れていく。もう一刻の猶予もないのに。このままでは死んでしまうというのに。
「や、めてく、……ヴェエエエエ」
どうして武藤零二はあんなにも冷めた目をしているのだろうか。
今際の際になり、ようやく水戸部は気付いた。
武藤零二、というモノに挑まなければこんな最期など迎えずに済んだのだと。
その最期を看取った02は呟く。
「言っただろ。君は終わりだって」
その様子は何処までも冷たく、無機質だった。




