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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 15
502/613

もう一人の自分(The other me)その14

 

 ──って訳で、探し人はそちらさんの現在地から北へ五百メートルってとこみたいだ。助太刀に行きたいとこだが、生憎とこっちにもご来客があるんでな。そういう訳で細かい情報の提供も今は無理だ。悪いな。


 ブツン、とやや強めの音と共に通話は打ち切られた。

 02は屋上を見上げ、すぐに視線を戻す。

「そうか」

 その言葉は冷淡で、それこそ底冷えするよう。場に誰かいれば、顔色が青ざめる程に。

「北、だな」

 02が指示された方角へと視線を巡らすと、そこは学園敷地内にある男性寮がある。

 五階建てのマンションであり、同じ様な建物が十棟。

「一つずつ調べていては時間がかかりすぎる、か」

 そう呟きつつ、敷地内を歩き、近付いていく。

「────く」

 そして近付いていく度に違和感が強まっていくのを実感する。

 “憎め、憎め憎め憎め“

 最初は空耳かとも思えるようなか細く、小さな声。

 “憎め憎め憎め憎め憎め憎め“

 だがその声は徐々に、されど確実にその音量を上げていき、

 “憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め、殺せ“

 ゾワリ、とした悪意を植え付け、増大させていく。

「…………」

 だが02は歩みを止めない。ただ真っ直ぐに、愚直なまでに前へ前へと進む。

 見回せば、周囲に人影はない。

(これは、罠だな)

 それを証明するかの如く、声が轟いた。

「ウオラアアアアアッッッッ」

 野太い叫びと共に顔を上げると、02へめがけて蹴りが迫る。

「──」

 不意の攻撃ともあって02は後ろへと飛び退いて躱す。狙いを外した蹴り足はそのまま地面へと突き刺さる。

「ち、外しちまったかぁ」

 不敵な笑みを浮かべ、地面から足を引き抜いたのは水戸部噛(みとべごう)。田島や進士とぶつかる前に出会った不良生徒だった。

「だけど今度は外さないぜ」

「悪いけど君には用がない、退いてもらえないかな?」

「ぬかしやがれッッッッ」

 水戸部の返事は拳。踏み込みながらの中段への左突き。鋭く素早い踏み込みから放たれる一撃はさっきとはまるで別物。

 とは言え、02にすれば問題になるような一撃ではない。もっとも本来であれば、だが。

「ぐぬ、ッ」

 水戸部の拳は02に届いた。理由は単純明快、回避せんと動こうにも動きを阻害されたのだ。だがとっさに腕を交差させ、胸部への直撃を避けている。そのまま相手の拳を跳ね返さんと腕を動かそうとする。

「く、ふ、ぐ、あ、あ」

 だが水戸部の拳はビクともしない。それどころか、ミシミシ、と02を押し込んでいく。

「あ、あ、あああ────」

 その腕には噴射口のようなモノが生え出し、火を噴き出し、力を勢いを増していく。

「ふ、グアアアアアアッッッッッ」

 そして遂に水戸部は拳を押し切って02の身体を吹き飛ばす。まるで砲弾にでもなったかのような凄まじい勢いで撃ち出され、そのままでは無事では済まないのは明白。

 されど、彼に焦りはない。

「────」

 今にも地面へと叩き付けられんとしているにもかかわらず、淡々とした所作で左手を地面へと向ける。その瞬間、蒼い焔が揺らめき、地面に直撃せんとする02の身体は激突スレスレの所で浮いていた。そしてまるで誰かが起こしてくれるかのように上半身を引き起こすと、「驚いたな、君はマイノリティだったのか」と本人としてはこれでも驚いた声を出した。

 一方で水戸部からすれば、相手の全く感情の起伏を読み取れない表情と淡々とした言葉に苛立ちを隠せない。ペッ、と唾を吐いて、「け、死なないかよ。ああ、マイノリティっていうんだってな」と言うと歯を剥き、凶悪な面相を歪めてみせる。

「どうもよ、しばらく前から妙だとは思ったんだぜ。力が有り余ってるつうのか、何ていうか。先輩達のことも弱っちく思っちまうし、調子がくるってばかりでよぉ」

 ゴキゴキ、と肘から肩にかけて無数の噴射口が浮き出る。

 02は問いかける。

「そうか。今の気分はどうなんだ?」

「そんなの決まってんだろうがよ。最高だぜっっ」

 笑い声を上げて、水戸部が突っ込んでくる。今度は右での中段突き。噴射口が火を噴き、勢いを加速。

「死ねやあああああ」

 絶叫のような声を嬉々として吐き出し、獲物へと叩き付けんとす。

 02は冷静に見切ろうとしているのか、動かない。

(バカめ、見切るのなんざ無理だよぉ)

 水戸部は腕の噴射口より再度火を噴かせた。加速の上から更なる加速。唸りを上げる拳が一気に相手へと迫っていく。

(くったばれッッッ)

 この勢いの拳が直撃すれば、人体なぞ容易く破壊する。そうあの人が教えてくれた。

 獲物たる武藤零二は未だに微動だにしない。回避を諦めたのか、或いは見えていないのか。どちらにせよこれで終わり。

 そしてまさに拳が心臓へと直撃せんとした瞬間。

「悪いね」

「────ナ、ニッッッッ」

 02は迫る右拳を左手で受け流し、同時に右の縦拳が顎へと叩き込む。完全にカウンターとなった一撃を喰らった水戸部の視界がぼやけ、グルグルとふらつく。

「もういいかな?」

 何処までも淡々とした言葉が突き刺さる。

「く、ま、まだだぁあああああ」

 怒号に満ちた叫びをあげ、水戸部は一度距離を取る。

「テメェみたいなくそ生意気なヤロウは────」

 怒りの発露と共に、さっきまでは腕のみだった噴出口が背中からも突き出る。

「は、ははあっっ」

 のみならず、さらには大腿部の裏側、遂には膝裏にまで噴出口が生じ、全身から火を噴き出す。

「こ、こいつぁすげえ」

 漲る力に水戸部は、失いつつあった自信を取り戻す。

「はっは、分かるか武藤零二、今度はマグレなんぞありえねえゾォッッッ」

 勝利を確信し、喜色満面となった水戸部は背面にある噴出口より火を噴き出し、突進をかける。

「ハッハアアアアアア」

 その勢い、加速は先程までと比して格段に増幅。目にも止まらぬ速さで一気に迫る。

(すげえ、これなら絶対に勝てる)

湧き出す力は、まるで無尽蔵に強くなれるかと思える程。速度、威力共に当たれば木っ端微塵、跡形もなくなるに違いない。

(土手っ腹から下を吹っ飛ばして、それで、)

考えれば考える程に愉快で爽快な気分になっていく。全能なのでは、とすら思えてしまう。

それはマイノリティとなった人間が、イレギュラーという強大な力に目覚めた直後によく起きる。これほどの力があれば、何だって出来る。出来ない事などないのだ、という興奮状態より起因する全能感。

「────」

02はその様をただただ見ていた。

彼にとって目の前にいる相手など、かつて大勢目にしてきた誰か、と大差ない存在。

「しねああああああああ」

相手の叫び声が聞こえる。これも何度聞いたか分からない。数えるのも馬鹿馬鹿しい。

確かに加速、それに伴うであろう破壊力は凄まじいのだろう。

だが、それがどうした。

「君は、──」

眼前に迫る破壊を前にして、彼は冷徹に告げる。

「ここで終わりだ」


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