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狙い

 

「げはばばはっっ」

 ハンマーの哄笑。本心から愉快なのか、破顔したその笑顔は何とも不気味だった。力が溢れ出ていく。滾る、漲る。

「くっ、つう」

 美影はハンマーをまともに喰らう前にてから炎を噴出。加速していた為に深手は負わなかった。

 だが、それでも肋骨にヒビ位は入っただろう。

 着地したもののズキリ、とした鈍痛を感じ、思わず表情が歪む。

(ちぇ、アバラいったか。こりゃ)

 油断したと言えばそこ迄の話だ。


 ハンマーは零二と縁起祀へ視線を向ける。

 そこへ火花が放たれ、目の前で弾けた。

「んあ? 何だ」

 思わずハンマーは美影へと向き直る。

「ちょっと、手を出すんじゃないわよ」

 だがその言葉は目の前の巨漢に向けた物ではない。

 その指が指すのは座り込む零二。

「え、オレ?」

「そうよ、こんなヤツ位はさっさと片付けてやるから──」

 だから待ってなさい、と言うと彼女はようやくハンマーへ視線を向ける。


「…………バカにするな」

 巨漢は屈辱で身体をフルフル震わせる。

 今の自分は、さっきまでと別人だという自負があった。

 その証拠にさっきよりも身体のキレがいい。

 俊敏性の向上及びに両手を変異させた槌の威力も増した。

 純粋に筋力その物が増大しているのだ。

 しかも、この手応えだ。まだまだパワーアップの中途である事が理解出来る。負ける要素が見当たらない。


 なのに、だ。

 目の前の小娘はまるで眼中にない、と言わんばかりのぞんざいなあしらいをしてきた。

 これは屈辱だった。

「バカにするなよ、小娘っっっ」

 怒声を発し、襲いかかる。

 圧倒的な手数を繰り出す。ハンマーの両手の槌が上下左右、――縦横無尽に思う存分に美影へと向けられる。

 風を切る、というよりは風ごとぶん殴る様に槌が振られる。

 その音だけで、容易に人の体位は破壊できそうだと思える。


「げはばばはッッッッ?」

 ハンマーの巨体に火球が叩きつけられた。

 まるでハンマーを叩き付けられた様な衝撃。

 身体が大きく揺れる。

 だが、倒れない。炎に包まれてもなお、動き回り続ける。

「ちっ、何こいつ?」

 美影は微かに眉を動かす。今ので決めるつもりだったが、相手は燃え尽きない。

 さっきよりも明らかに増した耐久力。

 恐らくは今の炎もあの巨漢の増大した生命力で無理矢理に押さえ込んだのだろう。

(ちぇ、めんどいな)

 そうこう考える内に槌が目前にまで迫る。

 振り上げる一撃を顔をそらし躱す。

「う、っっ……」

 思わず呻く。

 頬をかすめただけなのに、……軽く脳が揺れた様な感覚だった。

 視界が歪む。三半規管が狂う。

 そこにハンマーが今度は上からその自慢の槌を振り降ろす。

 風を切りながら迫る一撃を、美影は炎を両の手から噴出させ――逃れる。


「いいのか? あの娘不利だよ」

 縁起祀が心配そうな声で横にいる零二に声をかける。

 だが、当の零二はまた口に煎餅を放り込んでいる。

 まるで緊張感がない。

「あ、ああいいよ別に」

 そう淡々というとバリボリ、と小気味いい音をたてながら咀嚼する。

「おい、約束だが何だか知らないけどさ、あのままじゃ──」

 そう言いかけた彼女に零二は右手を差し出して制する。

「問題ねェさ、だってアイツ……」


「げはばばはっっ、死ね、死ねっっ」

 ハンマーが哄笑しながら迫る。

 彼は高揚感に満ち充ちていた。自分に漲るこの力。これだけの力があればこの小娘はもとより、他の奴も問題なく殺せる事だろう。

 最高だ、最高だ、最高だ。

 その思いが歓喜に満ちた思いが巨漢に更なる自信を与える。

「死ねえええええ」

「……負けるワケないからな。あンなのによ」


 美影が目を見開く。

 パチンと指を鳴らし無数の火花を一斉にあげる。視界が煙で覆われる。

「こけおどしが何の役に!!」

 火花は弾けるがハンマーは止まらない。なおも猛進する。

「死ね小娘っ」

 叫びながらその槌で獲物たる少女の首を狙う。横殴りの一振り。

 彼はこの一撃で、ブチブチ、とした音と共に千切れる感触がたまらなく好きだった。

 だが、

 ハンマーが捉えたはずの美影の姿が突然ボヤけた。

「おっさん、──ここよ」

 本人はそのすぐ下。彼の懐に入り込んでいた。

 ハンマーが残った左手、その槌を振るがもう既に遅い。

 美影は至近距離から炎を放つ。

「くあっっ、これしき」

 またも身体に衝撃が走るが、踏みとどまる。

 さっきよりも威力が強いが、問題ない。先程同様に耐え切ればいいだけだ。

激怒レイジスピア

 だが、その一撃は火球ではなかった。ドス、という感触。

 反射的に腹部に目をやる。

 炎の槍が、腹部を貫いていた。

「あ、がががが…………」

 ハンマーが顔を引き攣らせた瞬間。炎が彼の全身を駆け巡った。

 体内のあらゆる部分が内外同時に燃やされた。

 あまりの炎の勢いに巨漢の口からも火が吹き出る。

「ぎゃあああ」

 さっきまでの強気な態度から一転、ハンマーという名の巨漢は悲鳴をあげ、転げ回る。

「るっさい」

 美影は大声で喚く巨漢へ、思いきり蹴りを見舞う。

 そうしておいて、巨漢の顔に足を乗せると――問いかける。

「さ、答えてもらうわ。……アンタの雇い主は誰なの?」

 その言葉を聞き、ハンマーは答える。

「げはは、言うわけないだろう。……そんなのをバラしたら殺されちまう──」

 拒否しようとした瞬間。巨漢を焼いていた炎の勢いがいきなり増す。その左右の槌が瞬時に炭化。ブスブス、と崩れていく。

「ぐひいいっっっっ」

「うっさいわね、……いい。もう一度しか言わない。アンタの雇い主は誰?」

 美影の醸す剣呑な雰囲気にハンマーは完全に呑まれた。

 巨体をがくがく、と震わせると。幾度もその顔を上下に動かす。

「い、言うとも。言うからこれ以上は止めてくれっっ」

「ってことでいいかしら?」

 美影が零二と縁起祀へ問いかけた。

 零二は肩を竦めて肯定。縁起祀も渋々ながら頷く。


 美影は二人の同意を得た事で尋問を始める。

 ハンマーは先程の美影の脅しが余程応えたのか、口を割って話を始めた。

「雇い主が誰かは知らない。これは本当の事だ。だが、何処の所属かは知っている。…………WDだ」

 その言葉に美影は零二へ視線を向ける。当のWDエージェントはというと、我関せずといった様子であった。

「WDで間違いないの?」

「ああ、そう聞いている」

「聞いている? 随分いい加減ね」

「おれが直接交渉した訳じゃないんだ」

「ま、いいわ。で依頼内容は?」

「そのお嬢さんを捕まえる事だ」

 巨漢は残った左手を元に戻すと縁起祀を指差した。

「わたしを? 皆は何で……」

「ああ、……ついでだよ、あんたを待ってたのに来なかったからつい、ね。いい暇潰しだったよ……ぐはっっ」

 瞬間。ハンマーの巨体が後ろに転がっていた。美影の横にいつの間にか縁起祀が立っていて、仲間達の仇である男に対し、怒りが抑え切れなかったのだ。気が付けば顔面に蹴りを喰らわせていた。

「ざけんなっっ、暇潰しでアイツらは殺されたっていうのかよ!」

 大粒の涙が溢れ出していた。つい、さっきまでここにいた仲間達は、単に暇潰しで原型を留めない程に無惨に殺されたのだ。

「ふざけんなッッ」

 ロケットスターターは突っ込んでいた。ハンマーの肉体強度は実際かなりのものであったが、縁起祀の超高速による攻撃はその強度を凌駕していた。

 一発一発を喰らう度に彼の肉体が壊されていく。

「はがっ、ぐががっっ」

 大きくビクン、ビクンと全身が脈動。原因は縁起祀が馬乗りになって憎い相手の顔面をひたすらに殴打していたからだ。

「くそっ、死ね、死ねっっ……」

 いいかけてトドメの一撃を叩き込もうとして……拳を掴まれた。

「そン位にしとけ。そンなヤツ殺すだけ無駄だ」

 零二も立ち上がっていた。

「そうね、縁起祀。アンタはこっちの世界に来る必要はない」

 美影も彼女の肩に手を置いていた。

「知ってっか? ……クズを殺したらソイツもクズになるンだぜ」

「そうね、認めたく無いけどホントのコトよ。で、アンタにはその覚悟はあるの?」

 美影の視線は縁起祀を射抜く。彼女だけではない。零二の視線も同様だ。思わず震える。理解してしまったのだ。自分が何故この二人に勝てなかったのか。

 そう、二人と自分との決定的な違いを思い知らされた。

(住んでいる世界が違う)

 そう思った。顔をうつむかせ、拳も降ろす。幾度も殴りつけた為だろうか、拳の皮膚が剥がれ、血が滲む。

「がは、はっっ」

 ハンマーはようやくの事で逃げ出す。

「わたしが、ワタシのせいで皆……」

 うなだれた彼女はそう呟くのみ。ただ力無く幾度も呟く。それしか今の彼女には出来なかった。


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