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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 15
499/613

もう一人の自分(The other me)その11

 

 今思えば、多分仕掛けられたのは高等部の学舎に足を踏み入れた瞬間だろう。

 わずかな、本当にわずかな一秒程度の時間だったか、靴を下駄箱に入れようとした瞬間に、ぞくりとした悪寒があった。

 そこからだ。徐々に頭の中に妙な考えが浮かび出す。

 “憎め憎め憎め憎め憎め憎め“

 ただひたすらにその言葉だけが浮かぶ。

 少しずつ少しずつ心の中がよどんでいく。

 何を憎むのか、何故憎むのか、訳も分からずに憎悪だけが膨れ上がっていく。

 落ち着け、冷静になれ。膨れ上がる憎悪を何とか振り払おうと試みたが、駄目だった。

 間違いなく精神攻撃。何者かのイレギュラーによる精神への介入。

 そう確信し、何とかこれ以上の影響が及ぶのを防ごうとした時だった。

 ドクン、と鼓動が走る。

 とは言え、これは心臓が強く脈打ったからではない。

 例えるならば、強烈な気付け薬を投薬したような、全身に強烈な電流が走り抜けたかのような衝撃から生じた余波、とでも言えばいいのか。

 それを目にした瞬間、僕の中にそれ以外の事柄など他愛ない、大した事もない些事にしか思えなくなる。

 武藤零二、僕達が監視すべき相手。憎め。

 彼を監視しろ、と僕達は春日支部長から言われて、憎め、憎め。

 見ていて何か違和感を感じる。いや、何て言えばいいのか、憎め、憎め、憎め、憎め。

 まるで別人、いや、憎め、そん、憎め、ともかく、憎め、憎め憎め憎め憎め憎め憎い憎い憎い憎い憎い憎い。

 心の中が真っ黒に染まっていく。武藤零二、というものを許せない、許してはいけないモノだという気持ちが溢れ出して、止まらなくなる。

 気付けば、僕達は武藤零二を監視する対象より、殺すべき標的へと転じさせていた。

 相手を誘き出す為に敢えて殺意を向け、外へと呼び出す。

 武藤零二は過去幾度となく暗殺者に狙われた経験を持っている。それ故に自分へ向けられた殺意には敏感だ。予想通りに動き出す。屋上で待ち伏せたのも理由は簡単。そこが一番被害を抑えやすいから。ああ見えて武藤零二は、自分のイレギュラーで周囲に被害を出すのを良しとしていないと思しき所がある。

 あとは簡単だ。(はじめ)が直接対決し、僕が隣の学舎から狙う。殺すべき相手を殺す。殺せなくとも問題ない、だと?

 どうしてそう思った。おかしい、何かがおかしい。決定的に何かが狂っている。




「はぁっ、」

 息を弾ませ、階段を下っていく。一に通信を入れたが返信がない。無視されてるのか、電波妨害か、いずれにせよまずい状況だ。

「どうして僕達はあんな事を」

 いくら考えても有り得ない。武藤零二と二人だけで真っ向勝負。それも殺害を試みるなど、と。実力差とか云々以前の問題だ。勝ち目が全くない訳ではない。低い確率だが勝つ方法はある。

「だけど、だからって、」

 だがそれを実行するつもりなど毛頭なかった。現在、WG九頭龍支部はクリムゾンゼロ、つまり武藤零二を要注意人物だと規定してはいるが、敵対関係にはない、と結論付けている。なので注意こそ必要だが、戦う理由はない。

 ファニーフェイス辺りは無視して、昨日戦ったようだが、あれとて全力からは程遠いものだった。殺し合うというよりは、手合わせ、じゃれただけ、もっとも学舎は半壊。修繕は大変だったそうだが。

「僕達は自殺願望など持ち合わせちゃいない。一刻も早く、ううっっ」

 階段を下りきった所でまた、頭にあの感情が、思いが再燃する。どす黒いモノに心が埋め尽くされていく。何故だ、どうして、また──。

「う、ぐう、あ、っっ」

 耐えなければ、だけど、憎い。憎くて仕方がない。

「あ、ああっっ」

 このままではまた同じだ。そして僕も一も死ぬ。まずい、まずいぞ。

 そうした焦りがまた僕の中でまた膨れていき、そして正気を失う寸前。

 とん、と肩を叩かれた。

 途端に僕の中にあった憎しみが薄れていき、正気を取り戻す。

「君は、」

 そこにいたのは、──。



 ◆



「武藤零二、武藤零二、武藤零二っっっ」

 田島は何かに取り憑かれたかのような言葉と共に零二? へと迫っていく。

 その右手には自動拳銃。銃口を相手へと向けんとし、零二? はそれを顔を逸らしつつ、左手を差し込んで軌道を変更。次いで残った右で貫手を放った。

「く、うっ」

 貫手かと思えた一手は軌道を変え、目潰しとなる。田島はそれを躱すのではなく、自分から顔を前へ。頭突きのように動かして目潰しを額で受ける。

「む、」

 今度は零二? が苦い顔をする。額で受けられ、指に嫌な感触があった。恐らくは突き指、場合によっては骨折したかもしれない。普通であればここで一旦、手を引いて態勢を整えるべき場面だが。

「──」

 零二? はそのまま手を伸ばして折れたか砕けた指を滑らせ、後頭部を経て首の付け根へ。さらには自身の身体をも前に突き出す。

 どん、と互いの胸がぶつかり合うような至近。

「グッ」

 呻いたのは田島。見れば零二は間合いを潰しつつ、左の拳を肋骨へとめり込ませ、なおぐりぐりと押し付ける。反撃の一撃を放とうにも今や互いの間合いはゼロ距離。

「くぬっ」

 ならば、膝蹴りを、と身体を動かして隙間を作ろうと試みるも、零二? は隙間を作らせない。そして田島がもがき、前へ態勢を崩したその瞬間。

「ふ、うっ」

 零二? は首の付け根に回した右腕を左手で掴むとそのまま首投げ。田島は勢い良く前へと転がっていく。背中から落ちた瞬間に受け身を取りつつ、勢いと威力を殺すべく前転したのは流石、というべきだろう。

「──!」

 だが戦闘訓練を積み、ある程度までの白兵近接戦闘を覚えていても、そこから先の、戦闘センスはそう易々と埋められる物ではない。

 田島が顔を上げ、前を向いたその瞬間には強烈な膝が叩き込まれていた。

 それもほんの二メートルから三メートルとは言え、前へ踏み出して勢いを乗せた膝。しかも田島が勢いを殺すべく更に後ろへと転がろうにも、すぐ後ろは壁。

 結果、零二? の一撃を田島はまともに受ける事になる。壁に叩き付けられ、膝の重みも加わって、メキメキ、とした骨の折れた感触を受け、「ゥ、ごっ」と呻いて田島の身体は一度ピン、と伸びた後、だらりと力なく崩れ落ちる。

「ふぅ、」

 相手が失神したのを見て取り、零二? は息をつく。

 右の突き指したらしき指を触って確認。ずきり、とした痛みはあったが、彼にとってこの程度の痛みなど痛みではない。文字通りに顔色一つ変える事もなく、右の指を左手で握ると無理矢理伸ばす。常人なら痛みで悶絶してもおかしくないはずだが、零二? は眉一つ動かす事もなく対処する。


「一、無事か?」


 進士がようやく屋上に到着。零二? の応急処置を目の当たりとする。その有様はまるで機械のように正確に、淡々としていて、酷く人間離れしたものだった。


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