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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 15
496/613

もう一人の自分(The other me)その8

 

 時は遡って九月二日の未明。


 デモリッションによる事件の影響で九頭龍駅近辺が警察による規制を受け、街から活気が失われていた。

 いつもであれば無数のネオンが輝き、繁華街もまた規制の影響からは無関係ではない。

 規制線の外なので一応は人の往来はあるのだが、毎夜の如くの不夜城のような雰囲気もなく、観光客もそそくさと通りを歩いていく。

 いつもであれば見知らぬ観光客に声をかけ、自分の店へと誘導するキャッチも声を張り上げたりもせずに、静かにいつもの待機場所に立ち尽くす。

 理由は単純明快。大通りのそこかしこに警官の姿があるからだ。

 事件のせいだろう全員がピリピリとした雰囲気を漂わせ、それが行き交う人々にも影響を与えているのだ。

 誰もが緊迫した空気を前にして、楽しもうという気持ちを失っている。

 誰もがこの場所から一刻も早く逃げ出したい、と歩みを早める中。

 繁華街の真ん中に立つビジネスホテルの屋上、街の様子を伺う人影、零二? の姿があった。


 ──おお零二。ちぃっとばかし気になる情報だ。


 夜遅くに電話をかけてきたのは、ファランクスの調達役等を務める下村老人。


 ──どうした? 今日は随分と大人しいみたいだが、まぁいい。どうやら今夜、九頭龍で色々きな臭い動きがあるみたいだぞ。


 下村老人はマイノリティではなく一般人だが、長年裏社会で生きてきた結果、様々な伝手を持っており、その伝手から情報を得ている。


 ──NWEの殺し屋が暴れ回ってるんだが、そっちは別にいい。問題はWD(みうち)が勝手をしていやがるって事だ。


 何でもWDのあるファランクスが、今夜の混乱に便乗して事件を起こしているとの事らしい。

 下村老人は話を続ける。


 ──狙うのも狙われるのも裏社会同士だ。お前さんから見りゃどっちもどっち、五十歩百歩って話だろうがよ、まぁ聞いてくれ。

 確かに悪党同士が勝手やって死ぬのは別に構いやしない。みんな仲良しこよしで共存共栄出来るなんて考える奴は、現実ってのを全く知らないガキだ。銃を撃てば撃たれるし、殺せば殺される。そんなのは至極当然の事で、勝手にやりゃいいさ。だがな今回の場合、それを起こすのがマイノリティで、狙われるのは悪党だが一般人って事だ。

 お前さん以前から言ってたよな。イレギュラーってのは一般人に対して使うもんじゃない、って。マイノリティ同士ってなら問題ないが、一般人に対してそれを行使するのは問題だって。お前さんのルールから外れる訳だが、どうするね?


 下村老人の問いかけに対して、零二? の返事は、事態の推移を見つつ、場合によっては介入する、という物だった。

 そして今。日付が変わってしばらく。

 零二? はこの屋上にて周辺の様子を伺っていた。

 学園から出てより、監視がいるのは分かっていた。なので、夜陰に紛れてマンションの敷地内から入れる地下道から脱出。周囲を伺う限り、バレた様子はない。



「嫌な空気だ」

 じっとりと、肌に張り付くような空気には馴染みがある。

「外の世界も、箱庭と同じか」

 散々っぱら嗅いだ臭い、死の臭いに眉尻をピクリと動かす。

「どうも、思い出してしまうな」

 視線を巡らせ、やがて一点を見据える。

「そこか」



 ◆



 駅前近辺の規制線のすぐ近く。

 六階建ての複合ビル。そこに入っている建築会社の営業所で事件は起きていた。

 名目上は堅気の建築会社ではあったが、その実情と云えば東南アジア某国の諜報機関のアジト。

 情報収集及びに密輸入などを取り仕切る拠点だった。

「う、ひいっっ」

 そのアジトの責任者たる中年男が怯えた声をあげる。

 さっきまでここには五人いた。自分以外は現地採用という事で九頭龍出身の人間を採った。怪しい経歴の者ははじき出し、親類なども犯罪からは縁遠い者のみを集めた。社員研修には経費を費やしたものの、ここ数年はようやく利益だって出るようにもなった。

 建築資材に紛れ込ませて様々な物資を輸出入。税関への根回しも万全であり、今後も期待されていた。

「ば、ばかな」

 それがこの有様だ。

 気付かば社員は全員が血の海に沈んでいる。いずれもいきなり血飛沫を吹き上げて死んだ。銃ではない、ナイフでもない、全く手段が分からない。

「お前は誰だ?」

 目の前の殺し屋は、ぱっと見何処にでもいそうな若者だ。

 中肉中背で、帽子を被っている。シャツに短パン、それから足元はサンダル履き。まだ残暑が厳しい今、何処にでもいそうな出で立ち。

「…………」

 殺し屋は無言で何処か一点を見ている。およそやる気など感じない。何処にでもいそうなこんな若者が自分達を殺しに来た。

「金か、金で雇われたんだろ?」

 中年男は努めて冷静に話しかける。

 殺し屋はただ一言口にする。

「ダルい」

「っがっっ」

 中年男は小さく呻き声を上げつつ、眉間から血を噴き出してそのまま倒れる。

 彼にとっての幸いは、ほぼ即死だった事だろう。苦しむ暇すらなく、その目から光が消えて、鼓動も止まった。


「ダルい。ザコばっかで張り合いが足らねー」

 殺し屋は不愉快そうにその顔を歪め、唾を吐く。

「もっと張り合いがある奴をぶっ殺してー」

 そう愚痴ると、もう動く事などない中年男の遺体をサッカーボールのように蹴りつける。

「あー。つまんねー、張り合いがねー」

 一度、二度と蹴りつける。

「くっだんねー。もっと強い奴をぶっ殺してー」

 三度、四度、五度、と蹴りつける。

「あー。つまんねーしくっだんねー。もっと殺し甲斐のある奴はいねーのかよ」

 蹴りつけるのにも飽きたのか、そこから足を持ち上げ、踏みつけんとして。

「────?」

 殺し屋が気配を感じ取り、その場から飛び退く。

「誰だテメー」

 閉じたドアの向こう側にいるであろう相手に訊ねる。

「ああ、気付かれてたか」

 静かにドアが開かれて、姿を見せたのは。

「テメー、クリムゾンゼロ」

「ん、ああ、そうだったね」

 零二? は穏やかな笑みを浮かべて、殺し屋へ笑いかけた。



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