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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 15
495/613

もう一人の自分(The other me)その7

 

 午前十時を回って、多くの店舗が店を開ける時間と相成る。

 一斉にシャッターや扉の鍵が外され、開け放たれていく。

 本来であればここから徐々に人の往来が活発となる、のだが既に繁華街は多くの人でごった返している。

 理由は、数年前から大通りで朝市を行うようになった結果だろう。

 ワイワイガヤガヤとした声と熱気が方々から聞こえており、この一帯の活気は間違いなく増している。

「ふぁ、ううん」

 そんな中にまるで場違いな強面の大男が一人。

 周りのテントには人が並んでいるにもかかわらず、ここにだけは行列とは程遠い有り様。

「いや、だから駄目だって言ったのにな」

 大男ことバーのマスターである進藤明海はあーあ、と溜め息混じりに周りを見回す。そんな中、テントに設置されたテーブルには一人の客の姿がある。服装は執事服。初老の男性、つまりは秀じいこと加藤秀二である。

「いや。こちらとしては都合がいいです」と淹れたてのコーヒーを口にし、満足気に口元を綻ばせる。一つ一つの所作が完成している、とでもいえばいいのか、やたらと目を引くのだが、コーヒーを煎れている進藤の見た目を前にして誰もが二の足を踏んでいる。

 それを進藤もまた良く分かっていて、ハァ、と深く溜め息。愚痴をこぼす。

「こちらとしちゃ、店の仕込みとかしたいんだよな」

「しかしながら、私としてはバーに足を運ぶより、こうしてここでコーヒーを味わう方が便利なのです」

「ったく、変わり者の爺さんだ」

 そう。この朝市での出店は秀じいの為である。黒字か赤字かで考えれば間違いなく赤字も赤字であったが、進藤としても秀じいには以前から散々っぱら世話になっており、頼みを断り切れない。

「いやいや。明海君、君がここにいる事で繁華街の店主達も安心するのです。以前から言っているでしょう。この繁華街での自身の立場を実感すべきだと」

「まぁ、そりゃそうでしょうけども」

 強面の禿頭の大男がまるで借りてきた猫のように縮こまる様は、さぞかし観光客からすれば奇異の視線を集めていた事だろう。それにコーヒーの薫りも周囲に漂い、通り過ぎている人々の鼻孔を刺激している。

 本来ならば強面の大男がいようがいまいが、もっと客が来ても良さそうなのにこうした状況になるのは、一言で云えば”フィールド”による()()()の結果である。

 この場合は進藤がフィールドを張っていて、それに影響を受けた観光客が近寄らないのだ。いつもなら閑古鳥など鳴かない。それなりに好評なのだ。

「で、爺さんがわざわざ来たんだ。聞きたい事があるんじゃないのか?」

 長い付き合いなので互いの性格は理解している。進藤は単刀直入に話を切り出した。秀じいはすぐには応える事はせず、コーヒーをゆっくりと味わってから、ようやく口を開く。

「若の様子が何やら妙だという情報がありました」

 そう言って差し出したのは何点かの画像データ。そこに写っているのは当然ながら話の中心である零二の姿。

「相も変わらず過保護だな、武藤の連中は」

 進藤は呆れた顔で、目の前の後見人兼保護者兼師匠役の老人を見る。

「武藤の家は九頭龍に於ける様々な情報収集を受け持っています。若についてはそのついでです」

「あ、そうですか」

 真顔で言い切る秀じいを前にすると、禿頭の大男も形無し。

 そんな何とも微妙な空気を一変させたのは、「進藤さぁん。私にもコーヒーをいただけますかしら」と言いつつ、テーブル席に座った皐月。着ているのはシンプルな白のブラウスと七分丈のチノパンなのだが、胸元を大きくはだけさせ、呼吸の度に大きく揺らす様は周りの観光客(主に男性)の目を引く。

「ごほん」

 秀じいは窘める為に咳払いをするも、彼女は無視。

「はしたない」

 という辛辣な言葉にもどこ吹く風、とばかりに口笛を吹く始末。

 礼儀作法に厳しい秀じいに対し、あくまでマイペースな皐月。

 一見すれば険悪な雰囲気になってもおかしくはないが、彼らにとってはこれが普通。

 長年の付き合いから進藤も、両者の関係は良く知っており、特に苦言を呈する事もなく注文のコーヒーを差し出す。


「しっかし、これは本当に零二なのか?」

 コーヒーを飲み終わったのを見計らって、進藤が話を切り出す。

 そこに写っていたのは確かに武藤零二だった。秀じいは言葉を濁した。

「さて、どうでしょうか」

 視線を皐月へと向けて意見を求める。

「分からないわね」

 そして皐月は投げやりな返答で応じてみせた。やる気など微塵も感じられないその様子を目にして、何故か進藤が溜め息をつくと苦言を呈する。

「しかし皐月よ。お前さん、一応上司に向かってその言葉遣いはないだろ」

「明海ちゃんこそ、見た目ゴツい癖してそういう所細かいわよね」

「あ、あけみちゃんって言うなっつってるだろが」

「あらら、ゴッツい顔を真っ赤にしてる。もう、カ・ワ・イ・イ・んだから」

「~~~~ッッッッ」

 皐月と進藤のやり取りを秀じいは静かに流す。

 ああ見えても、二人は昔からの付き合いだ。それにここいら一帯の情報収集を任せている皐月をして()()()()()、と言わしめたのだ。これはちょっとやそっとではどうしようもない、そういう事だろう。

「若、一体どうされたのですか?」

 そこに写っていたのは、問答無用で相手を蹴散らす若き主の姿であった。

 いつもの武藤零二にも見えるが、どうにも気になる。何かが決定的に違うと、三人はその姿に違和感を抱いていた。


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