もう一人の自分(The other me)その4
(今朝早朝)
零二と巫女の暮らすマンションのすぐ傍にある商業ビルの屋上。
そこに田島と進士の姿はあった。
「ふぁ、眠い」
田島は大あくびをこれ見よがしにする。支部長である春日歩からの任務とはいえ、二人で一晩相手の調査をするのは厳しい。
「せめて林田さん位は貸して欲しかったよな、」
あーあ、と愚痴りつつ、スコープの視線はマンションへ。気分はどうあれ何だかんだと仕事をこなすのは、一見すると軽薄で不真面目そうな田島の本質が生真面目である証左だろう。
「林田さんは支部の中枢だ。以前からそうだったが、ここ一ヶ月は特にな」
「何だ起きてたのかよ」
「誰かさんがブツブツ文句を言い続けていたからな、目も覚める」
やれやれだ、と言いつつ進士はゴソゴソと寝袋から身体を出す。
「それで様子はどうだった?」
「いや、何の異変もない」
「そうか、ところで一」
「何だよ?」
「お前、肌が荒れてるな。睡眠不足なのか?」
「…………それを今、お前が言うか?」
「僕が何か失言でもしたと?」
「あったり前だろが、二時間交代だったろ? 何で四時間寝てんだよお前!」
「それは仕方がない。僕は四時間は寝ないと頭が働かないんだ」
真顔でそう返す相棒に、田島は言葉を失った。
「で、どう思う?」
モゴモゴ、とコンビニで買ってきたサンドイッチを口に運びつつ、田島が訊ねる。食べながらだろうか、パンくずが辺りに落ちている。
その様子を呆れ気味に眺めつつ、進士はゼリー飲料を飲み込む。
「食べながら話すな、行儀が悪いぞ。それにここにいた、という証拠を残してどうする、素人か」
「心配しすぎだって。どこかの組織の拠点を偵察してるじゃなく、武藤零二の様子を監視するだけなんだぜ。流石にマンションにはカメラとかあるけど、このビルにゃそんなモノもない。だからこそ、ここで張ってるんだろ」
「ああ、だが、念の為だ。痕跡を残すな」
「ああ、ったく。堅苦しい奴だぜ」
辟易した顔で、田島は落ちたパンくずを拾い出す。
「で、さっきも聞いたがどう思う?」
「…………何とも言えないな」
「だよなぁ。別に何もないよなぁ」
「だが、昨日のあの爆発。あれだけの爆発だったのに、奴は勿論、学舎にも何の影響もなかったのも事実だ」
二人は昨日の一件の顛末を目の当たりとした。
謎のマイノリティ(正体はアメリカ軍所属特殊部隊レイヴンの元一員)が引き起こした大爆発。あの爆発は彼らの目から見ても致命的に映った。
仮に生き延びたにしても、ダメージは深刻であり、周辺への被害もまた甚大なはずだった。そうでなければおかしい、とさえ思えた。
だが、そこには何の痕跡もなかった。あれだけの爆発、破壊力だったのに、まるで何事もなかったかのように。
「まぁ、な。それはいくら何でもおかしいわな」
「だからこそ、支部長は僕達に調査を命じた。僕達なら武藤零二とも面識がある。何か変化があれば分かるはずだ」
「にしても、だぜ。あいついい暮らししてるよなぁ」
一晩監視して分かったのは、武藤零二が自分の思っていた以上に日々を満喫しているという事実。
学園を出た後、真っ直ぐに繁華街へ。繁華街ではそれぞれの店の店主やら店員などに「おお零二か。今度店に来いよ、新作メニューの試食させてやる」とか「今日はいつもより大人しいのね。たまにはそれもいいわ」とかいずれも親し気に話しかけられる様子。
スーパーのレジでは「おや、今日はいつもより少ないわね」とおばちゃんに笑いかけられていた。
それから繁華街の中心から足羽川の堤防沿いにあるマンション、つまりは二人が監視中の部屋に戻ったきり、朝方になるまで動きはない。
「大体、あいつ同棲してるんだぞ。高校生のくせして」
「ああ。神宮寺巫女、確か中学生だ」
「いや、ただの中学生じゃない。あの子は絶対美人になる」
「お前、見境ないな」
「いいや普通だろ。かわいい年下の女の子、それも兄妹とかじゃなく、赤の他人、よそ様の女の子だぞ」
「そんな事を言ってるからお前には彼女がいないんだ」
「あ、言ったな。お前だって彼女いないくせして」
「僕にそんな物は不必要だ」
「へん。知ってるぜお前最近VRアイドルにハマってるんだってな」
「──!!」
「バレてないって思ってたんかよ。スマホの待ち受けとか変えたり、パソコンの壁紙変えたらバレるに決まってんだろ」
それをきっかけとして田島と進士は喧々囂々の言い合いとなる。
二人は完全に失念していた。
自分達が武藤零二の監視役なのだと。
同時に失念していた。
「なぁ──」
「「──!!」」
かけられた声に田島と進士が言い合いを止め、振り向くと。
「朝からうるさいよ。WGの人」
そこにいたのは、セーラー服姿の神宮寺巫女。
そう。二人は根本的な失点を犯していた。確かに自分達のいるこの商業ビル屋上からなら、武藤零二には気付かれずに監視は可能だろう。
だが、零二の同居人である神宮寺巫女には監視など無駄なのだ。
何故なら彼女は周囲の音を聞き取れる。それはいつもなら誰もいないはずのビル屋上から声がしている事、ましてや相手が以前顔を合わせた相手ならばまず間違えない事を失念していた。
はぁ、とため息を一つ入れ、巫女は告げる。
「あのさ、おれ達の事を気にしてるみたいだけど、何もないんだぜ」
「そりゃそうだろうよ」
「流石に高校生と中学生の異性不純交際など認められない」
「へぇ、羨ましいとか何とか言ってたくせに」
「ぐ、っ」
巫女の耳にはついぞ今し方までの二人の会話は筒抜け。
「メガネさん」
「進士だ」
「彼女いないからって二次元ってのはひくなぁ」
「うぐ、っ」
まさに田島、進士の急所を抉る口撃。二人は理解した。目の前の中学生こそ、自分達が最も警戒すべき相手だったのだと。
そんな二人に巫女はくすりと笑うと、提案する。
「なぁ、レイジの奴を調べてるんだろ? おれからもお願いするよ」
そうして予期せぬ協力者の登場で事態は動き出した。




