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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 15
491/613

もう一人の自分(The other me)その3

 

 その日の教室はいつもとは雰囲気が違った。

 理由は色々あるだろう。例えば今日は新任の先生が来るとか、いつも教室をまとめていたクラス委員の怒羅美影が欠席したから、他にも様々な事情によって。だが目下の所、一番の原因はいつもとは何かが違う武藤零二、に起因していた。


「なぁなぁ、今日の武藤おかしくない?」

「そっかぁ、いつも通りおっかない顔だろ」

「ねぇ、私今日武藤君に挨拶したんだけど、おはようって言われたんだ」

「あ、私も言われた。いつもならもっと、こう、あれだよね」

「うんうん、悪い感じっていうか、不良っぽい感じで返すのにね」

「でもさぁ、何か変だよな」

「ああ分かる分かる。いつもなら委員長が休んでたりしたら、もっと毒づくもん」

「へ、あいつも弱っちいなぁ、とか。絶対に馬鹿にしてた」

「そうだよな。武藤ってそういうヤツだわ。何ていうか、こう」

「素直じゃないのよね。絶対委員長の事気にしてるくせに、邪険な言い方してさ」

「それが、聞いた? え、美影さんは大丈夫なんですか、って」

「まるで別人よね~」

「でも、紳士的な零二君も意外といいかも」


 という具合に好き勝手な意見を口にし、話のネタにされていた。

 その当の本人はといえば、黙して目を閉じ、何やら考えている様子。

 いつもよりも丸く、話しかけやすい雰囲気ではるのだが、初めて目にする零二? の様子に戸惑い、様子見、というクラスメイトが大半で、それが何とも微妙な空気を構築していた。


「はぁ、」

 ため息をつき、物憂げな面持ちで天井を見つめる零二? の様子は、席の場所が教卓の真ん前である以上、黒板の前で教鞭を振るう教師からは嫌でも視界に入る。

「武藤零二、何をしている? 今は授業中だぞ。ふざけてるのか?」

 表向きは前の担任は個人的な都合により退職した事になっている。ちなみにその前担任の井藤は前のWG九頭龍支部支部長である。一ヶ月前に起きたWGならびにWDでのクーデター事件の結果、彼は必ずしも本意ではかったとはいえ、結果としてクーデターに加担。騒動の結果、自主的に支部長の座を辞した。WGを辞めた訳ではないが、今何処で何をしているのかを知る者は九頭龍支部にはいない。

 ともかくも、担任以前に武藤零二に怒羅美影、という強力な能力を保持したマイノリティを監視監督出来る人材がいなくなった事により、後任探しは難航した。当初はマイノリティ、つまりはWGのエージェントを送る案もあったのだが、怒羅美影はともかくもWDの一員である零二まで相手に出来るような人材などそうそう確保出来るはずもなく、紆余曲折の末に、結局WGにもWDにも関係のない一般人の教師が来る事となったのが八月三十日。そして今日九月二日。着任となったのが今、教壇に立つ小林だった。

「おい、話を聞いているのか?」

 小林は武藤零二という生徒が問題児であると事前に聞いてはいた。それはもう、同学年の担任やら学年主任や教頭に校長に至るまで、全員が全員、武藤零二、という生徒がどれだけ扱いにくい生徒なのかを。喧嘩などの問題行動多数、校外に於いてもたちの悪い集団と揉め事を起こした、挙げ句には冗談に違いないが、暴力団とも揉めたとか、まさか事実とは思えない、有り得ない話の数々を散々っぱら聞かされたものだ。

 触らぬ神に祟りなし。

 まさしくそういった心づもりを心がけるように、と口を酸っぱくして警告され、一体どんなに恐ろしい生徒なのだろう、と戦々恐々としたものだ。

 それがどうだ?

 教壇の、自分の目の前にいる生徒は聞いていた話とは大違い。

 確かに他の生徒に比べれば雰囲気が違う。何処か物憂げで、心ここにあらず、といった目をしている。先生方から聞かされた、恐ろしい生徒、という印象こそ見受けられないが、一つだけ言えるのは。

「今は授業中だ」

 武藤零二? が今、自分の授業を全く聞いていない、という事。それも自分の目の前で堂々と。小林は特段真面目な性格ではないが、プライドは高い。

 進学校の特進科から一流大学を卒業した、という自負がある。一流企業には就職せずに教師になったのは、自分の手で優秀な生徒を育ててみたい、といつの頃から思っていたから。

 実際、自分は前の赴任先では上手くやった。地域でも最底辺とまで言われた学校のさらに底辺のクラスを受け持ち、一年で学校内で一番の成績を収めるまでに育てた。そのクラスは典型的な不良の巣窟であったが、それがどうした? 問題ない。

「今まではどうかは知らんが、私が授業をしている内は──」

 武藤零二とやらが何だ。所詮はお上品な私立校の不良だ。

「ふざけた態度は許さないからな」

 実家はここらでは有名な名家。学園の出資者、という立場から気を遣われているだけ。

「私は甘くはないからな」

 一度ビシッと指導してしまえばいい。最初に互いの関係性を明確にすればいいだけ。クラス全員がろくでなしだったあのクラスに比べれば何の問題もない。

 以前の成功体験から、小林は語気を強め、威圧的な態度に出る。これでも空手の黒帯だ。仮に殴りかかられても対応は出来る。

(さぁ、どうする武藤零二)

 準備は、場所は整っている。クラス全員の前で互いの立場を明確に。

「──」

 ガタンと零二? が席を立つ。小林が僅かに身構える。

「すいません。具合が悪いので保健室に行きます」

「……………………あ、ああ」

「失礼します」

 零二? は一度頭を下げると、そのまま教室を出て行く。

「…………何だあいつは?」

 完全に肩すかしを受けた小林は、戸惑いながらも授業を再開した。



 ◆◆◆



「…………」

 廊下から階段へ、そして屋上へと出た零二は不意に足を止めると、背後に問いかけた。

「それで、僕に用事かな?」

 対して背後からは、「何だ、サボりじゃないのか」という言葉と共に田島が姿を見せる。

「君は確かWGの、田島君だったっけ」

「へー、どうにも妙だとは思ってたけどこれはいよいよおかしくなってきた」

「どういう意味かな?」

「お前さんの言動全てがおかしいんだよ」

 言うや否やで田島は零二? へと殴りかかる。前へと踏み込み、突っ込む勢いを乗せた右拳を顎先へ。対して零二? の方はその攻撃を左手刀で受け流す。その上で左手を田島の腕を沿うように差し出し、シャツの襟首を掴む。ぐい、と左手で引き寄せて零二? はがら空きの肋骨へ右膝を叩き込まんとして、攻撃を中断。相手を突き飛ばした。

「う、おっ、と」

 よろけて尻餅をついた田島は顔を歪め、次いで問いかける。

「どうして躊躇した?」

「無駄だからだ。僕には君と争う理由がない」

 それに、と前置きして零二? は指摘する。

「あれ以上やろうとしても、君の仲間に攻撃されただろうし」

 その視線は向かい側の学舎へ。そこにいたのは、ライフルを構え、スコープ越しに様子を伺う進士の姿。

 その上で田島は挑発的な言葉を紡ぐ。

「でもお前なら、撃たれたって問題ないだろ? 引き金を引き、弾が飛んでくる前に俺を殴り飛ばす事だって出来た。そうじゃないのか?」

 間合いを外して油断なく相手の目を真っ直ぐに見据えた。


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