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決着と未決着

 

(ああ、負けたんだ。……ワタシ)

 縁起祀は地面に叩きつけられた際にそう思った。

 何の事はなかった。

 何となくこうなる事は分かっていた。

 あの時、まだ辛うじて日常にいた頃に相手を目にした時から。

 完全なる負けだ。

 自分の全身全霊の一撃を耐え抜いた上での負けだ。

 もうこれ以上、何も言い訳など存在しようもない。

 不思議と怒りは浮かばなかった。

 それにそもそも、怒りを抱く相手が違った。

 仲間達を殺したのはこの少年ではない。

 それに今、……分かった。

 この少年の目に宿るのは怒りや憎しみ等ではない事に。

 それはある種の同情、共感だ。

 つまり相手は、今の彼女の気持ちの、……行き場を無くした怒りを受け止めたのだ。彼女が怪物に成り果てない様に。

 そこまでされたのだ、これを負けと認めずしてどうすべきだ。

 だから、口にした。

「ワタシの…………負けだ」

 と。


「へっ、そうかよ」

 零二はそう言葉を返すとその場にへたり込む。

 力なく膝から崩れ、はぁ、と深いため息をつく。

 全身からは急激に力が抜けていく。

 正直言って限界だった。

 あれ以上、対決が長引けば零二の肉体もオシャカになる所だったのだ。とにかく力が入らない。

 ここまで酷い倦怠感を覚えたのは久方振りだ。

「あーあ。……つっかれたぁ」

 そう声をあげるとその場にゴロリ、と大の字になって寝転がる。

 とてもじゃないが、つい今まで戦いをしていた相手の前で見せる様ではない。

「何なんだお前?」

 縁起祀も思わず脱力した。

 もう馬鹿馬鹿しくさえある。

 彼女もまたその場に大の字になる。


「…………」

「……なぁ、ワタシからアンプルを奪わないのか?」

 縁起祀は零二にそう尋ねた。

 そう、彼個人は彼女にとっても嫌いなタイプではない。寧ろ好ましいとさえ言える。だがそれと彼が所属する組織バックとは別物だ。

 いくら彼個人が、ある意味で好人物であろうと、組織に所属しているのならば、そこから受けた任務の遂行が最優先だろう。

 あっちも限界かも知れないが、こちらもまた限界だ。

 相手はどうあれ、縁起祀はもう起き上がる事すら出来ない。

 今ならば、容易くアンプルを奪う事も出来るはずだ。

 だというのに、

 零二はその事には全く持って関心を示さない。

 それどころか、カーゴパンツのポケットからガサゴソ、と音を立てながらお菓子を取り出す。

 そうしておいてから、お菓子を口に放り込んでいく。

 バリバリ、と煎餅かビスケットかは分からない何かを咀嚼する音が工場跡に響く。

「あ? あー、奪うケドよ、……その前に一戦交えるンだよ、オレ」

「……は?」

 零二はシレッとした顔でそう言い、縁起祀は唖然とする他無かった。一瞬、相手が何を言ったのか分からなかった。

 今、相手は何と言った?

「もう一戦するっての? ──あんた?」

 思わず上半身を起こして尋ねる。

「ンだよ、そうだっていってンじゃンかよ」

 零二は真顔だった。

 冗談でも何でもなく、本気で今から戦うつもりなのだ。

「あ、相手は誰?」

「ドラミのヤツだよ」

「ドラミ? って、誰よそいつ」

「ドラミはドラミだっての、……アンタもさっき会ってンだろ? あのネジが飛ンだメラメラお嬢サマだよ」

 零二の説明から該当するのは、さっき目前の相手との交戦の前に遭遇したあの発火少女だ。


 彼女は強かった。本物だった。

 あの時は全速を出しはしなかった。いや、出すのを躊躇った。

 今、そこにいる少年とは全くタイプは異なるが、得体の知れなさは同等、いやそれ以上に思えた。

 あの時、何故全速を出さなかったのか?

 それは恐らく出しても勝てない、と思ったからだ。

 実際にはそうでもなかったのかも知れないのに。

 そう思わせる何かが彼女からは感じ取れた。だから躊躇った。

「何故、戦う訳?」

 あんな相手と今から戦うなんてのは無謀にしか思えない。

 今ならば自分からアンプルを奪い、逃げる事だって出来るだろうに、何故わざわざ相手が来るのを待っているというのか?

 自殺願望でもあるのか?

 いやそんな訳はない。

 自殺願望を持っているなら、そもそもさっきだって死んでよかったはずだ。

 分からない、分からないから縁起祀は少年を直視する。

 この少年なら、質問に答えてくれると思えたから。

 ハァ、というため息。

 零二は根負けしたらしく、肩を竦める。

「……約束したからな、……アイツと」

「約束? それだけの理由で待ってるの?」

「悪ぃかよ、それだけじゃあよ」

 彼女は再度唖然とする他無かった。

 これじゃまるで子供だ。

 約束したから、待つだなんて。裏の世界の住人の言葉とも思えない。約束を守るのは大事な事だ、でも今それを守って命を落としてもいいのか?

「約束ってのは大事なコトなンだぜ」

 零二は訥々と言葉を続ける。

 その目は何処か遠くを見ていて、縁起祀はそれ以上何も言えなくなる。


 その時だった。


 何かがこちらへと飛んでくる。

 それは大きな何か。かなりの勢いで飛ばされてくる。

「うぐあああああ」

 叫びをあげながらソレは工場へと飛び込んだ。

 ズサササシャアアアア、という摩擦音。

 地面を擦っていても勢いは止まらずにそのまま一番奥の棚を木っ端微塵にしてようやく止まったらしい。


「何だ今の?」

 縁起祀が唸る。

「…………」

 零二は入口に視線を向けたまま半笑いをしている。

「おいおいおいおい、……随分ハデな登場じゃねェかよ。ドラミちゃん」

 その目に映ったのは、零二が置いてきたカスタムバイクを駆る怒羅美影。バイクを入口で止め、頭を軽く振る。そうして腰まで伸びた黒髪をふわりと靡かせる様は幻想的にも見えた。

「誰がドラミよ、このマヌケ」

 美影は怒気というよりは呆れる様にそう言葉を返した。



(く、くそおおっっ)

 起き上がった男は怒りに満ちていた。

 屈辱以外の何物でもない、一方的に攻撃を喰らい、……その揚げ句にはバイクで撥ねられ、こうしてここにいる。

 全身が恥辱でふるふると震えた。

 自分の両の手を見る。

 文字通りにハンマーと化した手には血が付いている。

 そう、ついさっき、ほんのさっきここで歓喜に満ちた宴を開いたのだ。恐怖と悲鳴に満ちた最高の時間をここで過ごした。

(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すっっっっっっっ)

 気が狂いそうな程に衝動に駆られたハンマーは思い出す。

 そうだ、この仕事の依頼人クライアントから困った時に使え、といわれた品物があったのだ、と。

(そうだ、これさえあれば……!)

 怒りに我を失った巨漢は迷う事もなく、一個の錠剤を取り出すと噛み砕く。

 すぐに効果は出た。

 全身に何かが、漲っていく。

 滾った力が全身を満たし、そして、ハンマーという名のフリークがここに誕生した。



「何アンタ、……もう死に損ないじゃない」

 美影は明らかに満身創痍な零二を見て呆れた。

 どうやらついさっき決着したのだろうが、逃げようとか思わないのか? と、そのばか正直さにため息をつく。

「関係ねェよ、それよりも丁度いい【ハンデ】じゃねェかよ、……これでいい勝負になるぜ」

「ハァ、何言ってんのアンタ? バカなの、バカね、バカでしかないわ!」

 美影の右手には火球が出でる。

 零二はよいしょ、と言いながら立ち上がる。

 どう見ても零二が圧倒的に不利にしか見えない。

 なのに、少年の目は未だ獰猛さを全く損ねない。それどころか危険な光はさっきよりも増している。

 縁起祀の全身が震え、理解する。……これが本物の化け物同士の対決なのだ。

「言っとくけど手加減なんかしないわ」

「上等だ、……そうじゃなくちゃ面白くねェよな」

 二人が戦闘態勢に入ったその時。

 第三者たる巨漢が割って入る。

「邪魔だ」「邪魔よ」

 二人は同時に動いていた。

 零二の拳が巨漢の鳩尾にめり込み、美影の火球が直撃。

 巨漢はアッサリと後ろに倒れた。

「何だアイツ?」

「さぁね、何でもここで一暴れしたらしいわよ」

「ま、待ってくれ。今、何て言った?」

 美影の言葉に縁起祀が食い付く。

 そして次の瞬間、異常に気付き「危ない」と叫ぶ。

 言葉に反応した美影と零二が素早く横に飛ぶ。

 だが遅い。

 巨大な拳大の大きさのハンマーが美影の脇腹を直撃する。

「殺すうううううう」

 そして雄叫びをあげる巨漢のフリーク。

 その目にあるのはただただ憎しみだけであった。



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