狂信者(Fanatic)その22
「カイホウウウウウウウ」
絶叫、或いは咆哮なのか。デモリッションは風をなぎ払う、風ごとなぎ倒すかのような蹴りを放つ。異様なまでに発達強化された脚部は巨大で、肥大化しているにもかかわらず、信じ難い速度で獲物を仕留めようと唸る。
「く、」
だが美影はそれをも躱す。
身体を沈み込ませ、間一髪。傍目からはそう見えるだろう。もっとも見えれば、の話だが。
次の瞬間に爆炎が上がらなければ、デモリッションの一方的な猛撃の前に美影が手も足も出ないように映った事だろう。
「ウ、グガアアアアア」
「クソっ」
思わず舌打ちを一つ。
ほぼゼロ距離でのカウンターすら、デモリッションは直撃をさせない。
(ホント、厄介ね)
こちらの動きが視えてる、というのがここまでやりにくいとは思いもよらなかった。
(目がいい、って言われたらフツー、動体視力とかでしょ)
しゃがみ込んだ所へ向け、拳槌が振り下ろされる。
徐々に限界が迫るのが分かる。
美影の全身は軋み、崩れ、壊れていく。まばたき一つ、或いは二つするかどうかの一瞬で、何かが壊れ、駄目になっていくだろう。
「だけどっっ」
吐き出すようなか細い声、文字通り身を削りながらも少女は諦めない。確実に頭蓋を砕くはずの拳槌は突如目の前に出でし盾に遮られ、目的を果たし得ず。
「ウグアアアアアアアア」
絶叫。破壊者の一撃はそれでも盾を砕き、粉砕。
見れば相手は僅かながら距離を外さんとしている。その筋肉、骨格の動きで一目瞭然。このままではまた逃げられる。そこで彼は僅かな理性でこう考えた。
”これ以上我慢できない”
逃げられる、ならば逃げられない一撃を。逃げようにもそれは不可能な一撃を、と。
獲物を今度こそ仕留めようと腕に全意識を集中、集約。腕を一気に発達強化させる。肉体強化、一言で云えばただそれだけ。
(ウソっ)
だがその変化は、静止したかのような美影の目を以てしても異常な速度だった。さっきまでのがハンマーだったなら、これはもう破城槌とでも例えるべきか。人体一つ、華奢な美影一人を仕留めるにはあまりにも過剰すぎる凶器が向かってくる。
(ダメ、だ)
抗おうにも、手段が浮かばない。盾などあってなきが如し。あの攻撃の前では小手先ですらない。ゆっくりとコマ送りで”死”が迫ってくる。逃れようのない絶対の死が。なまじ世界がゆっくり進む事がこんな状況を引き起こしてしまった事を実感する。常人ならば絶望に打ちひしがれ、恐怖に支配されるだろう。或いは何も考えられずに茫然自失、だろうか。
だが。
(ダメ、なんてダメだっっ)
美影は諦めない。もう逃れようのない死がそこにあるにもかかわらず。彼女はそれを受け入れない。そんなつもりなど毛頭なかった。
(諦めるなんていつだって出来る、今じゃなくても、もっと後でも──考えろ)
美影は全思考を目前に迫った脅威へと集中。すると彼女には無数のビジョンが浮かぶ。それらの殆どは抵抗など無理だと伝えてくる。どう転ぼうとも死ぬしかない、と無情な事実を伝える。想像、妄想、シミュレーション。言い方は様々なあれども彼女は一瞬というにも満たない時間の中で考え続ける。
どうすればこの窮地を乗り越えられるのか。その事だけをただひたすらに考え続ける。
”オイオイ”
すると声がした。
まるで緊張感のない声。
どこか相手を小馬鹿にしたようなこの声。
美影は覚えがある。
”お前さんマジで凄ぇな。普通諦めるだろコレ”
声音からはどうやら呆れ半分、感心半分といった感情が伝わってくる。
だが美影にその声の相手をしているような暇などない。
この状況ではただ邪魔でしかない。
”ったく、しょうがねぇなぁ”
すると。
「え、?」
気付けば美影の世界は一変。今の今までいたのとは明らかに違う場所に座っている。
鮮やかな色とりどりの花が咲き乱れる花畑だった。
そよぐ風に無数の花びらが舞い散り、ゆらゆらと周囲に降り注ぐ。なのに、空を見上げればそこにあるのは青空ではなく、白一色。雲などがかかっているのではなく、空全てが白。どう見ても現実感のない場所だった。
”よぉミカゲ。ええ、と久方ぶりってとこか?”
「え?」
思わず口をぽかんと開く。
前とは違い、声の主のうっすらとしたシルエットが見える。顔は分からないものの、雰囲気は分かるような気がする。
「ココは何?」
美影は平静を保ちつつ、相手へ問いかける。
”ああ、ここが分かるのか。なるほどなるほどねぇ”
声の主は心底楽しそうな声で、
”ここは異界。まぁつまりはあの世みたいな場所だ”
とカラカラと笑いながら、そう告げた。
◆
ほんの一瞬にも満たない僅かな時間。
振り下ろす破城槌の如き一撃を放ちながらも、デモリッションの目は相手の変化を視ていた。
デモリッションには美影のスイッチのような超感覚など備わってはいない。静止したかのような世界など知る由もない。だが彼の、正確には彼に与えられた眼は淡々と事態の推移を観測していた。
デモリッション、破壊者が持つイレギュラーはあくまでも自身の肉体の一部を超強化する、という代物であり、相手の動きを視てとるこの眼は後天的に与えられた産物だ。
今やデモリッションの一部、血肉となってはいても、その眼は彼のモノではない。
だから彼女は視ていた。事の一部始終を。
仕留めたはずの小娘。
今回、解放者を差し向けてまで始末させようと思った相手の能力を。
否が応でも目の当たりとするのだった。




