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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 14
481/613

狂信者(Fanatic)その21

 

 パチリと、言葉を発した瞬間に、脳内で何かを切り替える。

 すると美影の目の前。その眼に映る世界がゆっくりと減速していく。

 今の今まで唸りをあげ、自分の顔へ向け放たれた蹴りがコマ送りのような速度で迫ってくる。

 別段美影が早くなった訳ではない。超高速で動けるようになったのではなく、自身の思考の明確化、認識力の強化といったほうが正しいだろうか。

 美影が自身に炎熱のみならず、氷雪能力の有無を自覚したのを契機として、身に付けた副産物とでも云うべき能力。

 目の前の出来事を冷静に、冷徹に。直情的、主観的にではなく。理性的、客観的に判断する。思考の有り様を炎のような激情ではなく、氷の如き静謐さによって支配する。

 極限の集中力によって、本来様々な一瞬で通り過ぎる無数の出来事一つ一つを把握、自覚する事により、これから起こる出来事に対処する能力である。

 これまで幾度かこの状態を経験し、訓練の甲斐もあり、今では自在に切り替える事も可能になった。

 ならば何故、今なのか。

 もっと早い段階で使えば有利に戦えたのではないか?

 理由は単純、使いどころが重要だから。イレギュラーというのは担い手であるマイノリティに大なり小なり消耗を強いる。同系統のイレギュラーであっても個々によって消耗の度合いは違う。より精神的に強靭であれば強い能力も行使出来るし、弾数も多くなる。あとはそもそもその個人の器、容量が大きければそれだけ強力な能力を幾度も使えもする。

 まさしく千差万別、多種多様、百人百様、といった所でとてもひとくくりに出来るものではないのだが。


(く、)

 ズキン、とした鈍痛が美影を襲う。

 ()()したのは”スイッチ”を使い始めて何度目だったか。

 そう。美影は失念していた。そもそもイレギュラー、とは自身の精神や体力などをリソースとして発動するのだと。

 この超集中力がイレギュラーに類する物である以上、そしてそれが強力である以上、担い手である彼女へとかかる負担もまた大きいのだという事を。

(やっぱり一日に二回はキッツイか)

 つつ、と鼻血が流れ出すのは身体が悲鳴を上げている証左。

 発覚が遅れたのは、一重に訓練と実戦との違い。

 如何に実戦形式であっても訓練と実戦は違う。同じように発動させたつもりであっても、訓練では命をかけたりはしない。

 同じ一秒足らずの発動時間であっても、訓練と命懸けの、極限化での発動とではその集中力も違う。

(もう少し、だ)

 ぷつつ、と手足からも出血していく。全身を巡る毛細血管が切れていく。


 本来人間は脳にある潜在能力の大半を使わずに生きていく。何故なら潜在能力を全て開放すれば人体がその負荷に耐えられない。脳がその全ての能力を開放した場合、人間はほんの数分足らずで命を失うとも云われる。それだけのエネルギー消費によってそうなるのだそう。

 そしてイレギュラーとは、そうした人体の秘められた潜在能力の発露だとされる。

 つまり、強力なイレギュラーとは潜在能力をより多く開放して使う事。使えば使うだけ、より多くの消耗を強い、負担を大きくする。

 まるで世界が止まっているかのように錯覚する集中力というモノが、どれだけの負担となるかは想像に難くない。

 一日に使える回数、正確には秒数はかなり短い。それこそ零二の熱操作よりも遥かに短い。ほんの数秒、あくび一つの時間。たかだがそれだけの発動ですら、一日に数回使えるかどうか。出来るだけ、体力の回復に務め、消耗しないように戦ったが、生憎ここにいるデモリッションはそんな手抜きで戦えるような相手ではなかった。

 二対一、家門も含めれば三対一という状況ですら、こうだ。

 破壊者が動きを視える以上、真っ正面からの対決など愚の骨頂。それは分かり切っている。


「フフ、グハアアアアアアアア」

 もはや異形となったデモリッションの怒号にも似た声。

 ボコボコ、と異常に発達し、まるで巨大な土管のような有り様になった腕を獲物へと叩きつけんと振りかざす。

「シネ、シネシネシネ」

 まるで爆発でも起きたような音と、その衝撃でビル全体が揺れる。

「ホント──」

 だが、スイッチをONにした美影はそれを躱してみせる。

「カイホウウウウウウウウ」

 口から涎と唾を飛ばして破壊者は腕を振るう。まるで別の生物のような異常な発達。本来の身体のサイズからすれば有り得ない巨大な腕は文字通りに破壊を引き起こす。

 上から下へ、横から、下から上へと続々と繰り出される攻撃は間違いなく必殺。直撃しようものなら美影の華奢な身体など見る影もなく砕け散る事だろう。

「──バケモノね」

 だが美影はその悉くを躱してみせる。

 相手が動きを視るのであれば、こちらは動きそのものをコマ送りで観る。

「はァ、ハッ、」

 ほんの二秒も経ったかどうか。そしてその間に一体何度回避しただろうか。破壊者はその如何にも鈍重そうなアンバランスな姿からはおよそ結び付かない速度で攻撃を続けていく。

「く、」

 小さな舌打ちは、耳から流れ出す血に気付いたから。全身にかかる負担がいよいよ全身の器官にまで達しつつある。もう猶予など存在しない。

(支部長ッッッ)


「ふう、」

 歩は小さく息を吐いた。

 さっきから途切れる事なくビルが揺れ、破壊されていく音が止まらない。耳をすまさずとも、ピシ、と聞こえる音は天井か或いは壁に亀裂でも生じたのだろう。

 いずれにせよ、美影と破壊者の戦闘は今も続いている事は間違いない。

「仕込みはほぼ終わりかな」

 ポタポタ、と手首から流れ落ちていく血液。

「さっき回収したってのに、何とまぁ、面倒な話だよ」

 血液操作能力(ブラッドコントロール)と一口にいっても、他のイレギュラーと同様に個々人によって差異はある。

 例えばある血液操作能力者は、他人の血液を自在に操れる。

 一方で歩の場合、操れるのはあくまでも自分の血液のみ。どちらも血液を操るというのは同じでも、根本的な違いは存在する。

(さて、行け。流れていけ)

 自分自身の血液、自分そのものをリソースとする以上、あまり多く使い過ぎれば文字通り血が足りなくなり、命を失う危険も伴う。歩の場合、それを補っているし、使った血もまた体内へ戻す事でそうした事態を防いではいるのだが。

(準備は出来上がった、さて、いくか)

 自身の血が床から、壁、天井へと浸透していくのが分かる。

 破壊音は増々大きくなっている。指示通りに動いていれば、今頃は九頭龍支部の面々がビル内に残っている一般人を救出しているはず。傍受の可能性を危惧して、途中経過などは行わずに終了したら知らせるようにとだけ事前に伝えている。

 最悪、ビルが倒壊しても死傷者は出ない。

 とは言え、余裕などあるはずもない。破壊者は強い、あれは単に強いとかそういった話ではない。あの目を見ただけで一目で理解出来た。

(あれはとっくに壊れちまった奴の目だ。大事な物を壊され、なくした奴の目だ)

 世界中の、様々な戦場などを渡り歩いた時に何度も見た目。

 希望も何もかもを失った目。魂を失った目。感情をなくした者特有の目だった。

 だから、歩には分かる。あのデモリッション、破壊者と呼ばれる誰かが何故ああなってしまったのか、成り果ててしまったのかを理解出来る。

(終わらせないとな)

 言葉にしてしまえば、それを感傷的だと言うものがいるのは分かる。その通りだとも彼自身思う。

「さて、フィニッシュだ。用意はいいか?」

 通信機で準備完了を通達すると、歩は戦いの渦中へと突入した。


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