狂信者(Fanatic)その20
「かいほう、カイホウしろ」
デモリッションは、ゆらゆらとその巨体を揺らして、うわごとのように同じ言葉だけを発する。
その目は異様な光こそたたえども、焦点はあっておらず、有り様はまるで夢遊病者を思わせる。
「かいほう、かいほう、かいほう」
まるで隙だらけ、攻撃しても反応など出来ないのでは、という様子だが、美影にせよ歩にせよしかけはしない。
より正確に云えば、しかけようにも動けなかった、というのが正しい表現だろう。
「なに、コイツ?」と美影は困惑し、
「さて、どうだなんだろうな」と歩もまた、同様に困惑。
確かにデモリッションは隙だらけだった。だが同時に異様なまでの殺意を周囲にまき散らしており、迂闊に動けなかった。
まるで焦点の合わない目。だが同時にその目は、左右それぞれをぐるんと周囲を油断なく見回しているようにも見えた。破壊者の目が視界に入った相手の筋肉やら骨格の動きを見通す性質である以上、前方全てをカバーされると途端に動けなくなる。
「支部長、さっきの血の雨ってまた出来ますか?」
「血の雨って、まぁ、そうだけども。ええ、と難しいな。あれって結構疲れるんだよ。リソースに自分の血を使わにゃならないし」
「難しい、という事は可能なんですね」
「まぁね。血を一度回収した手前、下準備に時間が少しばかりかかるんだけども」
「なら、アタシがアイツの注意を引きます。支部長から視線を逸らすので、その間に何とかしてください」
そう言うと美影は不意にその場から飛び出す。
「か、イホウッッッ」
すると破壊者もまた反応。何処を見ているのか定かではなかった視線を動き出した美影へと向けると、首を動かして獲物を目で追い始める。
美影は動き回りつつ、火球を作り出すとそれらを続々と敵へ向けて放っていく。
デモリッションも美影の牽制を受け、火球を腕で振り払いつつ、視線のみならず身体全体を向け、遂に歩き出す。
「グ、アルアアアアアア」
獣のような咆哮をあげ、のっしのっしと動き出す様は二本足、という点を除けばまさしく獣そのもの。
「くらえっ」
美影は囮となるべく、火球を続々と発現させては即座に投げ放っていき、デモリッションはそれを容易く弾き、またはされるがままに直撃。されど炎が燃え広がるには至らない。直撃した直後こそ炎があがるがすぐに勢いを失っていくのは、歩の見る限り美影の手落ち、手抜きではないだろう。
(コイツ、本当に何なの!!)
美影は表情にこそ出さなかったものの、焦燥感に囚われつつあった。
(確かに、大した威力なんてないわよ。質より量、威力よりも手数を重視してるけど)
美影にもデモリッションを打破する手段がない訳ではなかった。結果として耐えられはしたが炎の槍は確かに肉体を貫き通し、身を灼いた。
(全く通じていないってコトじゃない。相手はアタシの炎に耐性があるワケじゃない、だから)
倒す事自体は可能だとは理解していた。
(でも倒すなら、真っ向からっていうのはあんまり良くはない)
右手の炎で足りなければ、左手の氷雪。少なくともある程度やり合う事は正面からぶつかっても可能だろう、とは思っている。
「これならっ」
今度は火球を集約。ソフトボールサイズからサッカーボールサイズにまで巨大化。ソレを即座に放つ事はせずに、
「カイホウウウウウウウ」
躊躇なく迫る破壊者の腕が迫らんとしたタイミングを見極めて、自身の眼前にて炸裂。爆風によって凶手を遮り、同時に自身は後ろへ飛び退いて爆風に乗じて距離を取る。
「ク、ギャアアアアア」
破壊者は絶叫し、爆風に巻き込まれた腕を掲げて悶える。腕は黒こげになっていて、皮のない筋肉剥き出しという事もあって痛々しい事この上ない。
「オマエ、カイホウシテヤル」
だがそれもほんの数秒足らず。黒こげになっていた腕は気付かば元の、筋肉剥き出しのソレへ戻っており、破壊者の回復能力の高さを物語っている。
「うっ」美影は唸り声をあげる。
デモリッションの巨体がまばたき程の時間で眼前へと踏み込んでいた。さっきまでののろまな動きからは信じ難い速度に、完全に虚を突かれた。
「カイホウシロオオオオオオ」
唸りをあげて迫るラリアット。筋肉が異様なまでに隆起し、丸太のようになったモノを美影は倒れ込んで躱す。紙一重で獲物を逃した腕はそのままビルの壁に直撃。まるで砂の城でも壊すかのように容易く砕いた。
「ウグウウウウウ」
「足元ががら空きよ」
美影は倒れ込みつつ、相手の股下を転がって後ろへ。通り抜け様に足元を左手から生じさせた氷のナイフで切り裂き、そのまま距離を外す。
デモリッションは「ウ、ガッ」と不快そうな声をあげ、僅かにふらつくも、大きく体勢を崩さずに逃げていく美影へと振り向く。そこを狙ったかのように足元を狙った氷のナイフが投げ放たれ、胸部に直撃。だが、ナイフはその場で砕けるだけで突き刺さったり切り傷などはつかない。
(うん、やっぱりだ)
相手が全く動じずに向かってくるにも関わらず、美影はむしろ冷静さを取り戻しつつある。
そもそもさっきまでの焦燥感は、あくまでも相手が敵意を明確に自分へと向けなかった事に起因する。
彼女は見ていた。デモリッションが火球を払いのけながらも、時折横目で歩に注意を向けているのを。もはや正気を失ったのは間違いないだろう。だが、それでもこれまでの経験全てが消える訳ではない。フリーク化により理性は低下しても、ゼロになるとは限らずそれは個々によってかなり差異がある、とは聞いていたが、今更ながら事実だったんだ、と理解する。
(コイツは少なくとも戦いに関しては相応の理性を保っている)
ならば、と考える。
「ガアアアアアアア」
腕を突き出し、掌を叩き付けるように迫る。
美影は「ふッッ」と息を吐きつつ、頭を下げて躱す。破壊者の掌はそのまま柱へと突き刺さる。身体を沈ませつつ氷柱を発現。胸部、腹部、大腿部、足首へと突き刺すように放つ。
「く、コザカシイイイイイ」
それはその身を怪物へと転じてさせてから、初めてデモリッションが発した、理性を感じさせる言葉。小賢しくも足元へと沈み込む標的に向け蹴りを放つ。
(きたっ)
だが美影にとってみればデモリッションの注意を自身へと向けさせる事こそが肝要。しかも蹴りには威力も速度も足りない。至近距離、という点から見ればこれでも充分なのかも知れないが、彼女には足りない。
何故なら、美影には切り札がある。
「────スイッチ」
言葉を契機に、世界は静寂に支配されていく。




