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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 14
477/613

狂信者(Fanatic)その17

 

「質問するわ。誰かに誰かを崇めさせるのに有効な手段は何だと思う?」

 カラン、とグラスの中で氷を泳がせて、彼女は問う。

 グラスの中は並々と注がれた赤。ワインにしては何処か赤黒く、何よりも近くに控えるボーイの手にはワインボトルなどない。その代わり、彼の手首からはとめどなく鮮血が流れ落ちており、部屋の床に池を構築している。

「崇める理由かぁ」

 人形は、顔を蒼白に染めながらもただ立ち尽くすボーイを一瞥。

「さぁてね、興味ない」

「それは変ね。あなたがたくさんの人間を好き勝手に操ってるのも、同じでしょ」

 紫のバスローブをまとった少女が、見た目にはそぐわない艶のある声音で疑問を呈する。

「あなただって自分の、いいえ、あなたの場合生みの親の悲願を叶える為に多くの人間を自分の都合のいい人形にしてるじゃない」

「…………」

「なぁに、減らず口とか叩かないの?」

「僕には君に刃向かう度胸はないからね」

 パペットにとって、目の前にいるミラーカは勝ち目のない相手。人形であればこそ、分かる。九条羽鳥と彼女の明確な差異を。

「あら、つまらないわ」

 ミラーカは小さく呟くと、グラスを一気に飲み干す。そして次の瞬間。立ち尽くしていたボーイの心臓を穿つ。

「本当につまらない」

 ごろりと力なく崩れ落ちた哀れな相手を見下ろし、何の感慨もなく手に掴んだモノを握り潰す。そうして手の中のモノの鼓動が止まると、それを投げ捨て、手についた鮮血を舌で舐め取っていく。今そこで殺した人間の血を啜るという光景にもかかわらず、その仕草は異様なまでの淫靡さを漂わせ、この場にもしも生身の人間がいたのであれば、これだけで心を奪われたに違いない。

「生憎と僕は人形でしかない。今の行為を見たって、単に食事をしているだけにしか映らない。無駄だよ」

 パペットはそれこそ人形らしく、表情一つ変える事なく淡々と指摘する。

「人を模した作り物なのだから、いつも君が操ってる連中みたく都合良くは踊らない。分かってるだろ?」

「まぁ、いいわ。それで、さっきの質問に答えて欲しいのだけど?」

 ミラーカは椅子に腰掛け、足を組む。その足の裏はすぐそばで絶命したボーイの流した血で真っ赤に染まっている。

「崇められる方法ね。簡単だ、相手を()()()()()()

「そうね、その通りだわ」

 少女は満足げに笑って見せた。



 ◆◆◆



 タイミングは完璧だった。

 美影は歩の意図を察し、デモリッションを引き付ける事に終始。その注意を引いた。


 ”奴は恐らくこちらの動きを察知している”


 ここに来る前、西東にそう忠告を受けた。

 そして、その上で家門の狙撃を喰らった事から彼も美影と同様の結論に至った。

 見られなければいい。死角からの攻撃、例えば背後からの攻撃、付け加えるのであれば上のフロアから飛び出しての攻撃ならばなお上々だろう、と。

 武器はナイフ。元々所持していたコンバットナイフに自身の血を数滴まとわせたモノ。

 だがそれで充分。ナイフの表面は鮮血によって彩られ、歩のイレギュラーの効果──血液の振動により威力を増す。

 狙う先は相手の無防備な後頭部。歩は結論を出していた。この相手を生け捕りとするのは、確保するのは現状不可能だと。

 確実に間違いなく一撃で仕留める。

 二の矢、次の一手など今は考えずにこの一撃に。


 相手は美影に気を取られたまま、間違いなくこれで決着。


「──甘いです」

 ……そのはずだった。

 後頭部へあと五センチ。確実に仕留められるはずの攻撃は、後ろへと差し出された手によって遮られていた。

「──!」「ウソ……」

 歩にせよ美影にせよ驚きで言葉も出なかった。

 美影からすれば、背後からナイフを振りかざす歩の姿に、勝利を確信していた。

 歩も相手に気付く様子が全く見受けられず、同じく仕留めた、という確信があった。

 にもかかわらず、に。ナイフは届かない。せめて相手の身体にかするだけでも良かったのに。無情にも刃先は相手の指に挟まれすんでのところで止められている。

「く、ふふっっ」

 そして歩の顔面を破壊者からの裏拳が襲いかかる。

「う、っくっっ」

 その一撃を歩はナイフを諦めて、後ろへと身を倒す事で躱すが、デモリッションはそれを予期したのか、身を翻して強烈な回し蹴りを叩き込んだ。

「ぐあっ」

「支部長──」

「注意散漫ですよぉ」

「!!」

 反転したデモリッションは身を沈みこませつつ、至近距離からの右のボディアッパーを放つ。

「あうっ」美影は腕を前へ交差させ防御を試みるも、アッパーはまさしくハンマーのような重さと、硬さで美影の身体を容易く宙へ浮かす。そこへ狙いすました左フックを一閃。防御しようにもガードは弾かれ、逃げようにも身体は宙を舞っている。炎を使う暇もない彼女に回避の目は皆無。

「く、ふふふはあああああ」

 歓喜の声をあげ、デモリッションはフックを振り抜く。美影の顎を打ち抜き、意識はこれで刈り取ったはずだった。視線をもう一人の相手へ向けようとするのだが。

「あ、まいのよ」

 美影はか細く言葉を紡ぎ、そして。

「む、ぐっ」

 デモリッションは自身の顔面に痛撃を受け、身体をぐらつかせる。視線を巡らせば、美影の肘が鼻先を直撃していた。

「ハ、アッッッ」

 そして美影はすかさず無数の火球を展開、それらを目の前へと炸裂。生じた爆炎の衝撃で無理矢理距離を取る。

 とは言え、強引な反撃に美影は受け身もろくに取れず、床へ身を打ち付け、転がっていくのだが。

「まだまだですよぉ」

 煙の向こうから白い外套を翻し、破壊者が突っ込む。全身を炎に包まれようがそれがどうした、と気にする様子もなく、床を転がる美影の腹部へ勢いを付けたサッカーボールキック。

 ミシ、という嫌な音と感触を受け、美影は「う、えっ」と呻いて、壁へ強かに叩き付けられた。一瞬だが意識が飛ぶ。

「く、ふふふ。ハハハハ」

 美影が意識を途切れさせたのを見て取って、デモリッションは満足げに嗤う。

「実にいい。いい足掻きでした。ですが、それだけです」

 身体のあちこちを燃やそうとする炎を手で払って、消していく。いくらマイノリティだろうが、素手で炎に触れれば火傷を負う。痛みだってあるはずなのだが。破壊者は一切表情を変える事なく平然とした面持ちで消していく。

「く、っ」

 ヨロヨロと起き上がりつつ、美影は訊ねる。

「クスリでもやってるワケ?」

「愚かですね。私はかような手管など用いません。刺されれば死にますし、炎に触れれば火傷もします」

「……その割には痛そうに見えなかったけど」

「その疑問に対する回答は簡単だ。痛みに()()()()()()()。ただそれだけの事です」

 そう何て事ない、と言い放ってみせる。

「おいおい、つまりあんたは痛いの大好きなドMさんって訳かよ」

 破壊者の背後から歩が毒づく。

「おや、あなたもまた随分としぶとい。先程の蹴りで失神したものとばかり……」

「そいつは生憎だな。そっちの言う通りに、俺はしぶとくてな。簡単にゃくたばらないのさ」

 腹部を手で押さえながらも、不敵に笑うと、腰のホルダーから予備のナイフを引き抜く。

「ファニーフェイスの前の前座でしかない、そう思っていましたが、存外に楽しめそうです」

「余所見してんじゃ──う、」

 鳩尾に蹴りがめり込んでいた。胃の中で何かが破裂したような痛みと、衝撃を受け、美影は膝をつく。その様子を満足げに見下ろして破壊者は語り出す。

「いいですか。あなた方は私には勝てません。

 私は偉大なる指導者によって恩寵(ギフト)を得たのです。この目に映った全ての愚者の()()()()()()()()を見通す。まさしく神の目を与えられたのです」

 嬉々としてそう語る破壊者は、歩のナイフを容易く止め、さらに刃先を棒切れのようにへし折る。

「ですので私の前に立った時、誰しもが敗北する」

 口元を歪め、躊躇なく拳で敵の腹部を貫く。

「か、ッッ」歩は吐血し、膝をつく。

「あなたの血液は武器、でしたか。確かに何か妙な振動を拳に感じます。ですが無駄です。私は身体の一部を硬く出来ます。肩だけ、足だけ、等々。部位が小さければ小さいだけ、この硬度は増していき、」

 そう嗤って拳を捻り、歩の内側を抉る。

「今の拳はダイヤモンド以上の硬度。あなたの血液がどれだけかは知りませんが、砕ける前に解放してさしあげましょう」

「は、っが、っっ」

 歩は全身から力が抜け落ちていくのを実感。だが、それでいい。

「さ、っきはなんで?」

 敢えて問いかける。下手に足掻く事もせずに。

 その様子に破壊者は充足感を覚えたらしく、破顔一笑。

「ああ、あなたの動きでしたら、彼女の中身を視たのです。

 あの時、彼女の筋肉、骨は目の前の私以外に反応していた。視線も同じ、であれば第三者がいる、そう判断するまで。それだけです」

 まるで何て事ない、簡単な事だとでも云わんばかりに言い放った。

「あなたが時間稼ぎをしようとしているのは分かってます。流れ出た()()()()()()ね。ですが無駄です。その前に解放してさしあげますのでね──」

 破壊者は拳を引き抜くと、血を払う。その上でトドメを刺さんと振り上げ、放つ。狙うのは相手の頭部。

 歩は虚ろな目で振り下ろされた拳を見つめている。

 いや、違う。

 視線には拳以外のモノが映っている。

「──!」

 ポタ、と何か水滴が破壊者の頬を濡らした。

 だがそれがどうした? 拳を止め理由にはならない。

 ポタ、ポタ、とさらに水滴が落ちて、腕、拳を濡らす。そしてハッキリと目にした。水滴の色を。その色は赤。つまりは血液。それが上から降ってきた、つまりは。

「天井、か」

 そして破壊者は獲物が不敵に表情を歪ませるのを見た。

「つらぬけ……」

 歩の弱々しくも、だが意思を込めた言葉と共に、降り注ぐ赤い雨はデモリッションを容赦なく射抜いた。



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