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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 14
475/613

狂信者(Fanatic)その15

 

 ひゅお、と空を切り、歩のナイフが迫る。狙うのは浮かび上がった腕ではなく、一見すると何もないはずの虚空。

 ガキン、っという銀色の金属同士が鈍くぶつかり合って、火花を散らす。それはそこに何かがある事の証左。

「っらあっっ」

 続けざまに歩は虚空を蹴る。

「っっ」すると、虚空から小さく、だが確かに呻き声。

 歩はさらにナイフを鋭く、抉るように素早く振る。

 相手もまた、ナイフを振るって迎撃。一合、二合と銀色の刃同士がぶつかり合う。

 状況が大きく変化したのはそれから間もなく。

 突如として、スプリンクラーが誤作動。警報を鳴り響かせて消火の為に水を発した。そし降り注ぐ水によって何もなかったはずの場所に変化が生じた。

 無数の微弱な電気を放ち、人がその場に姿をさらけ出す。肌にピッチリと張り付いた緑色のボディスーツに、暗視装置と思しきゴーグル。腰のベルトに引っ掛けるようにそれぞれ大きさの異なるナイフが三本。他にもホルスターにはハンドガンが収められており、異様な風体と武装はどこをどう見ても一般人からは程遠い。

 歩は姿を見せた相手を見て得心がいったらしく、「……なるほどね」と感想を口にする。

「何故見破った?」

 相手の声は変声機で加工されているのか、不自然に甲高く、同時に低い。

 背丈は一七〇あるかどうか、体型を見る限りでは恐らくは男だろう、と歩は判断する。

「見破れない、ってどうして思えた?」

 馬鹿にするな、とでも言わんばかりに吐き捨てる。

「そもそも、デモリッションは()()()()()()。それがまず一つだ」

「…………」

「あれだけ残虐性を剥き出しにし、遺体をメチャクチャにする奴が、そもそも遺体を隠蔽する気が一切ない相手がだ、事件後に警察などが検証すると、自身の痕跡を残しちゃいないのか。

 おかしいだろう。あんなに無頓着に殺しを行う奴が、これ見よがしな犯行を行う奴が、徹底的に自分の痕跡を残さないってのはな。考えれば簡単だ。デモリッションとは別の誰かが、()()()を受け持っているんじゃないか、ってな」

「デモリッションが後始末しているとは思わないのか?」

「最初はそう思ったし、他の奴らもそうだろうさ。だけどな、決定的だったのは九頭龍に来てからこっちの動きだ。

 デモリッションは相変わらず殺しを行ってる。だけど、痕跡を隠していない。まるで別人のように様々な痕跡が現場には残ってた。捜査の攪乱、かとも思ったよ。だけどな、別人が後始末をしていないとなれば納得だ。時間が合わなかった、それも……もう隠滅の必要がなくなったか、って所か」

「だが何故こちらに気付けた?」

「そりゃ簡単だ。この建物内で人質だった連中を確認すりゃ分かる」

「人質などフィールドを使えば簡単だ」

「そりゃ、そうかもな。だけど、使()()()()()。これは予想だが、デモリッションはフィールドを()()()()()()()()()()?」

 だってさ、と言いつつ、歩はポケットから何かを取り出すと、そのまま床へ投げる。

 カラン、と音を立てたそれは。

「ここの人質になった連中は、()()()()で意識を失っただけだからな」

 そう。歩はここに至るまでに調べていた。デモリッションの単独犯なのか、或いは他の協力者がいた上での犯行なのかを。

 そして彼は通気口そばに転がっていた手榴弾のピンを見つけたのだ。

睡眠ガス手榴弾スリープガスグレネードを知ってるとは、……お前、軍隊出身か」

「お、何だ。俺に興味でも湧いたか? まぁいいや。ああ、クソッタレなブラック企業よりもヒドい待遇だったが、イエスだ。そこでこういった玩具には何回もお世話になったもんでね、ピンを発見した時に確信したよ。俺の推測は正しくて、相手は軍隊出身者だろうって」

「────」

 緑色のスーツをまとった相手は、再度コンバットナイフを構える。

「やるのか?」

 対して歩もまた、同様にナイフを突き出し、腰を落とす。

 互いに互いにを睨み合う膠着状態は、ものの数秒足らずで終わりを告げる。相手が不意に殺意を消したのだ。

「何だ。やらないのか?」

 歩は拍子抜けしたように肩をすくめる。

「ここで殺し合う理由がこちらにはない」

 緑色のスーツの相手は、ナイフを収納し、あろうことか歩に自身の背中を向ける。まるでやれるものならやってみろ、と云わんばかりの行動だが、歩もまたナイフを収納。

「じゃあ、次に会った際にやり合おうぜ」と、皮肉めかした言葉を投げつける。

「割に合わない。お断りだ」

 相手はそれだけ言うと、足音を立てずにそのまま去っていった。

「…………林田さん」

 ──はいはい。今の相手の追跡だね。任せてーーー出来るだけはやってみるよーーー。

「ふぅ」

 ため息をつき、気分を切り替える。

(ヤバかったな)

 それが歩の偽らざる本音だった。

 あの相手はただ者ではない。用いた手段から察するに、軍隊出身のプロ。それも相当に腕の立つ相手。

(あんなのとやり合ってる暇はこっちにゃない)

 戦った訳ではないが、それでも半ば確信がある。デモリッションよりも厄介な相手だったに違いない、と。

「何にせよ、あっちから引いたのは幸いだった、よな」

 それよか、と歩は動き出す。耳を澄まさずとも爆発音が聞こえる。美影とデモリッションの対決は継続中なのだ。

 西東から聞いた話が事実であれば、デモリッションもまた危険極まる相手だ。一対一で戦うのは愚策でしかない。

(ああ、そうだ。俺たちゃ別に正義の味方じゃない。正々堂々、真っ正面からぶつかり合う? 馬鹿言うな。確実に勝つ、敵を倒す。負けられない、負けちゃならないんだ)

 歩は外人部隊で学んだ。戦うからには勝たねばならない。ありとあらゆる手段を講じて、汚いと罵られようとも関係ない。目の前にあるのは、何をどう取り繕うとも子供同士の喧嘩ではなく、命の奪い合い、殺し合いなのだから。

(俺はどんなに汚名を背負おうが構いやしない)

 あの時。武藤の家を捨てた段階で覚悟は定まった。目的を達成する為ならば、自分がどう思われようとも構わないのだと。そして外人部隊での経験はその覚悟をさらに強くさせた。



「はい、こちらの存在を気取られました。思った以上にWGの支部長は鋭い相手です」

 あの緑色のスーツをまとった相手は依頼主に報告を行う。

「追跡は問題ありません。既に脱出ルートは確保しています」

 報告を行いつつ、暗視ゴーグルを外し、顔を覆っていたマスクを外す、のみならず、スーツをもその場で脱ぎ捨てる。そしてしばらくして姿を現したのは警察官。

「はい。問題はありません」

 そう言いつつ、今脱ぎ捨てたスーツやゴーグルに何か液体をかけていく。

「少しばかり撤収は早まりましたが、最低限そちらの依頼には応えたはずです」と言って通話を切ると、ライターの火を灯して投げ落とす。即座にスーツは激しく燃え上がり、ゴーグルもまた溶けていく。

「……春日歩」

 相手の名前を呟き、緑色のスーツから警官へ変装したその人物は追跡を振り切った。誰もいなくなったゴミ捨て場には原型を留めずに燃えてしまった残骸のみが残された。


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