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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 14
474/613

狂信者(Fanatic)その14

 

 炎に身を灼かれる。

 グツグツ、とまるでシチューでも煮込むかのように、我が身が崩れていく。


 私はこれまで幾多の戦い、多くの迷える者達を解放してきた。中には激しく抵抗を示す者もおり、何度かは手傷を負わされた事とてある。

 痛みがないのか、と問われればそんな事はないと答える。

 私とていと弱き人だったもの。切られ、折られ、砕かれ、断たれば痛むし、血も流れもする。

 だがそれがどうした? 私はあの方に出会った事で変わる事が出来た。

 そして知った。偉大なる存在を。

 だから誓った。この身はあの方の御為にこそあるのだ。

 あの方の考えに従い、この身を使うのだ、と。


 であるから私は負けない。全ては偉大なるあのお方の御為なのだから。



 ◆



「……妙ね」

 最初に違和感を覚えたのは、向かい側のビル屋上、スナイパーライフルのスコープ越しに状況の推移を見守っていた家門恵美だった。

 状況はこちらに優位に進んでいるはずだった。

「…………」

 実際、美影は囮として役割を果たし、デモリッションを狙撃地点まで引き寄せた。狙撃は成功、生じた隙を見逃さずに美影は炎の槍で貫く。破壊者と呼称された殺人鬼はその身を炎に包まれ、燃えている。

「なのに、どうして?」

 燃え盛るデモリッションの姿を視界に抑え、家門は言い知れぬ不安を拭えなかった。


「なによ、コイツ?」

 そして家門同様の不安を、美影もまた感じていた。

「ふ、っく、う」

 目の前には炎に覆われた破壊者の悶える様がある。

 炎は勢いを増しており、燃え尽きるのも時間の問題だろう。

 歩の援護は不必要で、これで終わりのはすだ。

「なのに、……どういうコトなの」

 美影の目の前にいる火だるまになった相手から、まるで死の気配が感じられないのはどういう事か。

「ふ、ふ、っふ」

 それどころか、デモリッションは笑い声をあげる。

「す、ばらしい。そうです、こうでなくては」

 炎はなおも勢いを増しているにもかかわらず、破壊者は平然と言葉を吐く。

「痛覚でもマヒしてるワケ?」

 言葉こそ呆れ気味ではあったが、それは内心を誤魔化す為のもの。

 ここまで来たら美影にも分かる。目の前にいる相手、デモリッションという存在の異様さを。

(コイツ、何かヤバい──)

 気付けば後ろへ飛び退いていた。

 デモリッションは既に死に体、なのに。

 だが結果としてその反応は正しかった。何故なら、

「ふ、っふあああああああああ」

 炎の塊は突如として動き出し、今の今まで美影がいた場所へ切り裂くような手刀を一閃したのだから。

「う、っく」

 美影はハッキリと目にした。目の前にあった巨大な炎の塊が消え失せるのを。

「そん、な」

 あの炎は文字通り相手の全てを燃やし尽くすはずだった。

 それがどうだ。

「ふ、ふふ。私はあの程度では消えない」

 破壊者は未だ健在。腹部こそ炎の槍の跡によって腹部を露わにしているものの、それ以外は全くの無傷。

「ふ、くく」

 あの特徴的な白い外套を翻し、にっこりと笑ってみせる。あれだけの炎を受けたはずなのに、外套は純白を保っている。

「ウソ、でしょ」

 信じ難い光景だった。確かに、いや、間違いなく手応えはあったはず。炎の槍でその身を貫き、炎で全身を……。

 にもかかわらずに、だ。

「どうしました? まるで化け物でも見るようなその目は……」

 笑いながら、破壊者は家門の狙撃で吹き飛ばされたはずの腕をこれ見よがしに掲げてみせる。

 美影が視線を泳がすと、さっきまでそこにあった腕がない。

「何をそんなに驚くのです? 我々には神からの授かり物(リカバー)がある。それを用いれば傷など容易く治るではないですか、ふふ」

 何て事なさげに言い放つと、

「さぁ、今度こそ解放させていただきます。私の信仰こそ、あのお方の教えこそ至高である事を示す為にも」

 歯を剥き出しにし、舌なめずりをして、一気に迫った。



 ◆



「いいか、あいつには気を付けろ……」

 西東は消え入りそうな言葉を口にする。

「ああ、分かった」

 歩は頭の中を整理する為か、足を止め、左の親指で顎を撫でる。微かに髭の感覚。同年代に比べても薄い方だとは自覚してはいるが、流石に剃ってから半日以上経てば、伸びてくる。

(さて、どうする)

 西東の情報が正しければ、デモリッションは当初の想定以上に危険な相手だ。

 このままでは囮役の美影の身が危険になる。

 既にビル内の一般人の救出については算段はついた。

 ここまで来る前に、支部にいる林田由衣に連絡を取り、進入経路も確認済み。あとは任せておいて問題ない。

 動き出した歩は、ゆっくりと足音も気配も立てずに戦いの場へと近付いていく。

 同じフロア内とは言えど、幾つもの壁に仕切られており、状況判断に役立つのは耳に届く、声や大人のみ。

 だがそれで充分だった。

 状況はさっきまでとは明確に違う。

 さっきから聞こえてくる男の、デモリッションであろう人物の声音が、明確に違う。

 さっきまでも笑い声ではあった。だが、その笑い声は何処か空虚感を漂わせていた。

 しかし今、この時、耳に届くそれからは空虚さなど微塵も聞き取れない。

 ただただ呵々大笑。心底からの笑い、愉悦が溢れ出していた。

 この声だけで判断するには充分だった。今、美影は窮地に立たされているのだと。

「ちっ」と歩は思わず舌打ちする。通信を取ろうと試みたが、繋がらない。

(通信妨害か)

 フィールドはあくまでもマイノリティによる結界、同類以外の存在を形は様々なれど()()()()為の能力。通信には干渉出来ない、あくまで一般論だが。

 そしてデモリッション、という存在を鑑みる限り、確証はないものの、通信妨害という手段に訴え出る可能性は低い。

 不意に足を止め、歩は言う。

「おい、そろそろ姿を見せろよ」

 誰もいないはずの、少なくとも壁へ、天井へ向けて発した言葉は、傍目から見れば気でも狂ったか、或いは独り言か。

「そうか……」

 かぶりを振った歩は何を思ったか、突然自身の左手首をナイフで切った。そして、手首からは当然ながら血が噴き出し、流れ出でる。

「なら、仕方ないよな」

 その血を歩は何を思ったか、周囲へ向けて飛ばす。

「一気にいくぜ」

 歩が目を閉じ、右手を握り締めた途端だった。上下左右、四方八方へと飛び散らんとする赤い水滴が変化する。具体的に言えば、一滴一滴が規則正しく変形し、勢いを加速。

 それはまるで赤い散弾。たちまち周囲は小さな穴だらけになる。

「もうバレてるぜ。次はどうする」

 淡々とした歩の言葉。そして彼の背後に異変が生じる。

 何もないはずの虚空から、突然銀色に輝くナイフと、それを握る手がぬう、と現れる。ナイフは何の躊躇もなく、歩へ振り下ろされた。狙いは頸椎か脊柱か、どちらにせよ受けてしまえば無事では済まないであろう一撃。

 それを「待ってたぜ」と歩は前へ踏み出して回避。

 そして同時に虚空から伸びる腕へと振り向き様に腰から引き抜いたナイフで切りかかった。


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