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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 14
473/613

狂信者(Fanatic)その13

 

「あ、っくっっ」

 美影は苦悶の声をあげる。左手首が握り潰され、力なく垂れ下がっている。

「いいですよぉっっ」

 デモリッションは愉悦に満ちた声をあげ、手を離すと、そのまま腕を添うように伸ばし顎へと掌底。

「ッッ」

 勢いもさほどなく、威力こそ低い攻撃ではあったが、顎から脳を揺らすには強い一撃などは不要。

 脳を揺らされた美影はぐらりとその場でふらつく。

「ふっふ、はあああああ」

 そこに破壊者は残った左拳を美影へと放つ。狙いは顔面。既に拳は硬化しており、これを叩き込めさえすれば終わり。

 いや彼にとって正確にはこれは()()()。解放の為の必要なステップだ。

「はああああああ」

 そう、あの綺麗な顔にこの硬化させた拳を叩き込んだら、一体どんな感触だろう。あの気の強そうな少女がどんな苦悶に満ち満ちた声をあげるだろう。考えるだけで、背筋がゾクゾクとする。たまらなくなる。あとコンマ数秒。一秒にも満たぬ時間で結果は出る。さぁ、楽しもう、そう思って意識を集中させた。


 分かっていた。ここに来る以前、事前に情報を得ていたのだから。そもそも囮となった時点、一般人がいるこの場所では思う存分にイレギュラーを使えないという時点で自身が不利な状況になるだろう、と。

 彼女はその不利を少しでも埋める為に、こうして身を危険にさらす。

 確かに外には出ていない。美影のイレギュラー、炎熱に氷結は存分には使えない。限定的にしか行使出来ない。

 だが充分だ。ここまで外に近付ければ。向かい側の屋上からなら、きっと()()()()()()()()()()のだから。


「ふ、っ、うん?」

 デモリッションは不意に違和感を感じた。

 おかしい。何故なら拳は目の前の黒髪の少女の顔を潰していなければならない。なのに、未だ到達していない。

「────む?」

 視線を拳へと向けると、そこには何もない。冗談でも何でもなく、あるはずの拳が腕ごとごっそりとなくなっている。

「ハ、アアアアアアッッッ」

 咆哮にも似た声。そして代わりに自身の胸部へと添えられる少女のか細い手。

 確かに美影は充分にイレギュラーを行使出来ない。下手に間合いが遠ければ、火球が狙いを逸れ、それが一般人へ向かってしまえば、そうなってしまえば取り返しが付かない。

 ただし、それも()()()()なれば話は別だ。絶対に外さないこの至近距離ならば。

 ぼう、と真っ赤に燃え盛る手からは炎がほとばしり──槍が身体を貫き通す。

「く、ぐっふっ」

 デモリッションも流石に自身の肉体を貫かれれば、平然とは出来ない。口から吐血し、よろよろとたたらを踏む。

 だが炎の槍、レイジスピアの役割は貫き通す事ではない。()()()()()()()事こそが本質。燃え盛る槍はその場にて形を崩して消え失せた。

 美影は「燃えろッッッッ」と叫べば、槍に貫かれた、穿かれた穴から炎が発する。そしてそれは瞬時に傷から全身へと延焼。見る間に火だるまと化す。

「ふ、っく、うううううふ」

 デモリッションはよろめいて、動き回るも炎は消えない。むしろその火勢は大きくなっていき、体内を炎上させていく。


「ハァ、ハァ」

 美影は潰れた手首の痛みに表情を歪めつつ、外へ向けて右手親指を立ててサムズアップ。

 するとガガ、と小さくノイズが入る。

 そう。ここに来たのは美影と歩だけではない。向かい側のビルの屋上には狙撃銃(スナイパーライフル)を携えた家門恵美が援護の為に待機していたのだ。



 ◆



(美影がビルに入る数分前)


 既に駅の周辺には警察及びに身分を偽装したWG九頭龍支部の面々が集っている。

 それは目立たないように、だが、確実に展開され、何も知らない民間人は駅へと入れなくなっている。

 無論、地上のみならず、地下道にも同様の規制がかかっており、事実上の封鎖状態。

 周辺一帯を素早く、深夜という条件もあれど短時間で封鎖出来るもの、WG九頭龍支部と警察が日頃からこうした事態を想定しての訓練を積み重ねた結果だ。当然ながら警察にはマイノリティ事件への対応などとは教えはしない。彼らの大半は、ただこれが()()()()()()()()()()()だとしか思ってはいない。


「しかし、見事なもんだなぁ」

 そんな規制線を歩と美影は通過する。無論、警察関係者の封鎖している地点ではなく、九頭龍支部(みうち)の面々が規制している場所からである。

「これだけ大掛かりな封鎖をものの二十分足らずで実行しちまうなんてな」

「はい、スゴい」

 美影も素直に相槌を打つ。

 ──前々支部長の方針でこの数年来ずっと共同訓練を行ってきたのです。

 当然です、と言った家門も珍しく興奮気味に声をあげている。いざ実戦で使えなくては訓練の意味はない。それを分かってはいてもこうしてビルの屋上から俯瞰で見ている分、感慨深いのだろう。

 ──おほん、…………こちら狙撃ポイントに到着。待機します。

 照れ隠しだろうか、一つ咳払いをし、家門はいつも通りの声音で通信を終える。


「さって、俺も追々ビルに入るとして。美影ちゃん気を付けなよ」

「ちゃん呼ばわりしないでください」

「はっは、気を付けるよ」

 サイドカーから降りた美影は、ゆっくりとした足取りで、敵の待つビルへと向かった。



 ◆



「うん、まずは上々って所だな」

 デモリッション炎に包まれるのを見計らい、歩も動き出す。

 美影が正面から入ったのに対し、歩はビルの裏側。住居となっているの上階の窓から侵入。侵入方法は対象となった階層までワイヤーガンでワイヤーを射出。固定を確認してから自力で登る、というもの。軍隊経験、それも特殊部隊経験者である彼からすれば特に困難でもなく、するすると侵入に成功。

「にしても、おっそろしいな」

 デモリッションという相手の異常さもそうだし、家門の狙撃もそうだが、何より身震いしたのは美影に対して。

(確かに恵美ちゃんの援護があるって分かってるんだろうけどな、……)

 囮、命懸けの役割。それを平然と実行出来てしまう少女に歩は心底驚いたのだ。

 そして改めて思う。

(こりゃ、単に強い弱いとか、そんなちんけな話じゃない)

 どんなに訓練を受けた所で、恐怖は消えない。

 歩もそうだし、家門とてそう。恐怖とどのように向き合っていくか、という訓練の末に折り合いを付けている。なのに、自分よりも年少の少女からはそういった感情の波がおよそ見受けられない。異常な事だと彼には思えた。勿論、口にこそ出すつもりはない。美影は客観的に見ても優秀であり結果も出している。そんな人間を批判するつもりなど歩にはない。

(ま、あくまでも俺がそう思っただけだしな)

 美影とて恐怖がない訳ではあるまい。ただそれが第三者から分からない、というだけだろう。

「いかんいかん。まずは倒れてる一般人を救わないと」

 数十から数百人を歩一人救い出すのは無理だ。彼がこうしてここにいるのはあくまでも状況確認。美影が上手くデモリッションを引き付け、願わくば倒してくれれば御の字。そうでなければ自分も協力するまで。

「…………さて、見たところ、問題はなさそうだな」

 慎重に周囲の様子を窺う。用心すべきは罠。爆発物などの有無である。デモリッションが人質として考えているのなら、だが。どうやら杞憂だったらしい。

「よし、なら俺も行くか」

 歩が結論を出し、救出作業の為に待機している部隊に連絡を入れようとした時だった。

「ま、て」

 弱々しい言葉と共に姿を見せたのは、全身傷だらけの、西東。

「もう目覚めたか、タフだな」

 歩も西東に気付いていたが、気絶してたのと、命に別状はなさそうだったので放置していた。

「いそいで、たおせ」

「?」

 歩は首をかしげる。倒せ、とはデモリッションの事で間違いない。危険で油断出来ない相手なのは理解している。だからこそ三人がかりで倒すつもりなのだから。

「ああ」

 恐らくは意識朦朧としているのだろう、曖昧な言葉の意図が歩には正しく汲み取れず、返事も自然とおざなりになる。

「ちが、う。奴は危険だ」

「おい、大丈夫かよ」

「俺はどうだって、いい。それより急げ」

「────」

 ここまで繰り返し繰り返し同じ事を言われれば、流石に歩も不安を覚える。

「や、つはおそらく────────」

「…………何?」

 西東の言葉を聞いた歩の表情は険しくなった。

 それが事実ならば、急がねばならない。長引かせてはいけない。事態が変わる前に決着を付けなければ。

 再び意識を失った西東をそのままに、歩は美影に合流すべく動き出すのだが。

 果たして事態は西東の懸念通りに。デモリッションが猛威を振るわんとしていた。


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