狂信者(Fanatic)その12
──ええ、とね。デモリッション、としての情報じゃないんだけどねーーー。
林田由衣は前置きした上で告げる。
──ヨーロッパでさ、こんな事件が起きたんだぁ。
そう言って、端末を操作して浮かび上がらせたのは、二年前に起きたとある災害によって壊滅した国の記事。
──その日、小さな国が文字通り壊滅してなくなったのはニュースとかにもなってたから知ってると思うんだけどーーー。
大事なのはそのニュースとかってWGの議員特権で規制が入ってるんだよ。
だからさ、色々潜ってみたらさぁ。出た出た。コレ天災じゃなくて人災だった。
近隣のWG支部が現地に足を運んで、確認した所じゃイレギュラーの痕跡があったみたい。それもとんでもなく大規模に。
その中にあったのが、このデータ。
ポップアップしたのは複数の画像。そのいずれもが損傷が激しく原形を留めない遺体だった。
──ええ、と検死医の話では、これは信じ難いが撲殺だ。とんでもない硬度をした拳、あるいはそれに類する道具での撲殺。顔面を潰し、臓器を潰し、最後に心臓を潰す。いずれも同じ順序で殺害されている、んだって。これ、デモリッションの手口と似てるって思わない。それにデモリッションっていう名前が広がりだしたのもこの後なんだよね。
何てことないような口調で林田由衣はそう説明したものの、その報告を聞いた歩と美影は驚愕するしかなかった。
どこをどう繋げれば、デモリッションが過去に某国での一大事に関わりを持っていた、と判明するのか。
デモリッションがどういった出自であるのかすら、情報もなく、ただNWEの中で最も危険な存在だとしか分かっていなかった。姿形こそ分かっていたが、ただそれだけしか分かっていなかったのだ。
実際、これまでWGのみならず世界中の機関が分からなかった事を林田由衣は数時間で調べ上げたのだ。これを驚かずにいられるはずがない。
「由衣、これだけじゃ足りない。他にもあるでしょ?」
だが家門恵美だけは全く驚いた様子もない。彼女にとっては長年の相棒の能力はわかっている。今更、だという事だろう。
──へっへ。とーぜん。今のはジャブみたいなもんだからねーーー。
そして林田もまた、さも当然とばかりに話を続けた。
それは結論から云うと、デモリッションが行きやすい場所の絞り込みと、そして。彼が何を目してこの街に来たのか。
林田はコホン、と咳払いを一つ入れて告げる。
──美影ちゃん。多分君が狙いだよーーー。
「────はい」
──驚かないんだね。どうして?
「NWEに狙われる覚えならありますから…………」
美影の脳裏に浮かんだのは、学園を襲ったNWEの最高幹部の一人であったベルウェザー。正確に云えば、ベルウェザーとは事件が起きる前に学園に転校してきたエリザベス。彼女がかつてイレギュラーによって作り出した人形が自我を抱いたモノこそが正体だった。
ベルウェザーはエリザベスを狙って学園を襲撃。一時は高等部全てを取り込み、圧倒的な力を見せ付ける。
美影はベルウェザーが伴った”アサーミア”という殺し屋と苦戦の末に打倒。次いでベルウェザーとも対決。敗北寸前にまで追い込まれた。
ベルウェザーは圧倒的だった。誰も彼女を止められないのだと思った。
だがエリザベスがベルウェザーを受け入れた事により、事態は急変。最後に暴走しかけたベルウェザーの残滓を美影が倒して終局を迎えた。
結果だけを見れば、第三者の目から見れば美影こそベルウェザーという存在を倒した張本人に見えるだろう。
──まぁ、そうだねーーー。デモリッションって人から見れば、美影ちゃんこそ仇に見えるかもねーーー。
「はい。そうだと思います」
「じゃあさ、それを利用しようじゃないか」
黙したまま会話に入らず、腕を組んでいた歩が一つの提案をする。
それから、程なくしてWGに警察から連絡が入る。
デモリッションと思しき白い外套をまとった男が九頭龍駅前にある商業ビルに入っていったと。
「時間の猶予はない。美影ちゃん、いやファニーフェイス、……どうする?」
歩は真っ直ぐに美影を見据えて訊ねる。
「もしも嫌なら嫌で構わないけども──」
「──いえ。問題ありません」
ぴしゃりと、歩の言葉を遮るようにして美影は答える。
「……私が囮になります」
その顔に一切の迷いなく、作戦は決まった。
◆◆◆
「ふふ、ふふっふう」
デモリッションは一瞬、目をしばたかせる。
まさかこうも早く出会えるとは思いもしなかった。
「まさかまさか、です。いずれは、と考えていましたが」
呵々大笑、心底より愉快そうに笑う。
「こうも、こうも早くッッッッ」
歯を剥き出しにし、一直線に突進をかける。
「来なさい」
美影は息を整えつつ、林田からの情報を思い返す。
──ええ、とねーーー。デモリッションについて分かってるのは、接近戦を得意としてるって事だねーーー。
とにかくパンチとか受けたら駄目。死んじゃうよ。
思い返しつつ、もう少し言い方があるんじゃないかな、と言いたくなったのを思い出す。
(ここまでは予想通り)
美影は炎を噴射して加速。後ろへ飛ぶ。
「ふっふはあああああ」
デモリッションの踵が地面へと叩き込まれ、めり込む。
(確かに直撃は危険ね)
今度はその場で屈む。直後に頭上を手刀が通過し、少し離れたビルの壁に亀裂が生じる。
「はっっ」
とは言え、美影はただ回避するだけではない。デモリッションの攻撃をかいくぐりつつ、炎での反撃を行う。
「ふ、ふふふうううう」
炎、正確には無数の火球が続々と叩き込まれるも、破壊者は平然とした様子で突進。構わずに攻撃を繰り出していく。
「う、っ」
美影はそもそも接近戦を得手にはしていない。無論、訓練は積んでいるし、ある程度はこなせる。
だがあくまでもこなせるだけ。例えば零二と接近戦をすれば間違いなく負ける。
目の前のデモリッションは、少なくとも零二より強いという訳ではない。確かに繰り出す攻撃は鋭く、まともに喰らえば危険なのは明白だろう。
「は、あっっ」
抉るような貫手を躱し、手を相手へ添える。ほぼゼロ距離からの火球がデモリッションを直撃。大ダメージにはならずとも、距離を外す好機になるはずだったが。
「ふ、ふあっっっ」
破壊者は止まらない。わずかによろめきはしたが、即座に態勢を整えて向かってくる。
(マズい、これじゃ足止めできない)
美影の狙いは自分を囮にする事で、歩が相手を倒す隙を作る事だった。
歩は既にビルに入り込んでいるはず。後はタイミングを見計らってデモリッションを倒す。下手に戦いを長引かせ、ビル内にいる一般人を巻き込むリスクを最小限に抑える予定だったのだが。
「どうしましたどうしましたぁ」
実際はデモリッションは美影を圧倒。攻撃を受けようとも一切怯まずに突っ込んで来る。
「これでは、ベルウェザーには届きませんよ」
気分が高揚しているのか、頬を赤く染め上げて獲物へ息つく間もなく攻撃し続ける。
「う、っく」
美影は蹴りを躱したものの、姿勢を崩し、そこへフックが迫る。ならば、と右手に火球を発現、叩き込もうとする。
「甘いですなっっっ」
しかしデモリッションの手が差し込まれ、美影の右手を逸らす。そこに左拳が腹部へ。
「なっっ」
しかし美影も反撃。左手に氷柱を作り出すや、そのまま相手の腕へ突き立てる。
「う、っく」
デモリッションは美影が炎に特化したマイノリティだと認識しており、この反撃は予想外。思わず後ろへ飛び退く。
「は、あっっ」
一方の美影は、破壊者が間合いを外した瞬間、右手の火球を地面へと叩き付け、無理やり後ろへ飛ぶ。とは言え、受け身を取るのが精一杯。立て直そうにも腹部に鈍痛を感じる。
「う、っぐ」
直撃と同時に氷柱を突き刺し、尚且つ爆風で後方へ飛んで衝撃を減少させた。それでもダメージを軽減しきれない。
(まるで、鉄球、いえ、もっと硬い)
受けた瞬間にズシンとした重みが腹部を突き抜けた。もしも衝撃全てを受けていればどうなったか、考えたくない。
「ふ、くく、素晴らしい。実に素晴らしいっっ」
デモリッションは氷柱を砕き、滴る血を舐め取って笑う。
「ベルウェザーを倒したというのも偶然ではない。本当に素晴らしいです。
ああ、ますます貴女を解放してさしあげたい」
恍惚とした表情を浮かべる様は異様としか表現出来ない。
「素晴らしい、本当に素晴らしいですよぉ」
「──っ」
破壊者は何の躊躇もなく、前へ進み出る。
互いの距離はおよそ二十メートルはあろうか。
「気持ちワルいのよッッッッ」
さっきまでの近接戦でなければ、美影の方に分がある。瞬時に無数の火球を腕の周りに発現。それらを集束させ、変化させていく。
「ふふ、ふふっふ。解放、解放ッッッッ」
破壊者は美影が迎撃態勢を整えつつあろうがお構いなしに更に踏み込み、加速。拳を強く握り締め過ぎて爪が肉に食い込み、血が滴り落ちていようと一切気にする様子もなく、ただ笑顔で解放すべき相手へと暴虐の一撃を放たんとする。
「激怒の槍」
迫る相手と拳を眼前にし、美影は炎の槍を投げ放つ。必殺の燃える槍は狙いを違える事なく破壊者の胸部を射抜かんとし。
「ふ、ふっはああああ」
デモリッションは躊躇なく握り締めた拳を槍へと叩き込んで、直後に爆発。
炎の槍は炎をまき散らし、双方の視界を奪う。
(今だ)
美影の狙いはデモリッションを引き付けておく事。倒すのは二の次。何せビル内には多くの一般人がいる。この一つ二つ上のフロアだけでも数十人は気絶している上に、上階などはマンション。こんな場所で派手に炎を使ったりしたら、死傷者が出てしまう。
だから迷わず、囮を引き受けたのだ。相手が自分を狙うのであれば、そこに付け込む。
(このまま間合いを外して、ビルから出れば──)
目算はある。相手は強敵だが、時間稼ぎに徹するなら問題はない、はずだった。
「おやおや、いけませんね」
「──!」
爆炎から腕が伸びて、美影の手首を掴む。次いでぬっ、と白い外套を翻して破壊者は「さぁ、いきますよ」と嗤う。
炎を放つよりも早く、デモリッションの手はそのまま手首を握り潰した。




