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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 14
466/613

狂信者(Fanatic)その7

 

「くそ、なんなんだ──」

 男は混乱していた。

 どうしてこんな状況に陥ったのかが、全く理解出来ない。


 それはあまりに突然起きた。

 男は仕事の打ち合わせの為に、久々に友人が経営するバーへと足を運ぼうとした。

 そこは繁華街の隅っこ、繁華街の大通りから何本も入った路地にある店。

 繁華街、というよりはもっと雑多としていて、周辺の建物を見れば見るからに異国人が住んでいると思しき装飾が飾られている。また弱小ながらもかつては九頭龍で最も勢いのあった任侠組織の事務所もあり、お世辞にも治安がいいとはいえない路地の奥に目指す店はあった。


 時刻は間もなく午後十一時。

 急げば待ち合わせには間に合うはずだった。

 目の前の誰かがいなければ。


「おやおや、……どうなさいましたか?」

 白い、外套をまとった相手は覗き込むように訊ねる。

 無防備、あまりにも無防備で隙だらけ。

 今攻撃すればそれで終わるのではないのか、とすら思える程に。

 通りに入ろうとした途端に、相手は襲ってきた。

 ほんの数メートル、道一本外れれば人目につくような場所、普通であれば間違っても襲撃などかけるはずもないリスクの高い場所。

 いきなり襟首を掴まれて、投げ倒されてガラス張りの建物へ突っ込む。突っ込んだ際にガシャン、と大きな音を立てたがここに近寄ろうと考える人間はそう多くない。

(なんだ?)

 男はよろけつつ立ち上がろうとして、その場で転んだ。

 ヌルリ、とした液体で滑ったらしい。室内は薄暗く、視界は悪い。ともかく状況を把握しようと立ち上がり、周囲を見回す。

「う、っ」

 思わず胃液が逆流しそうになる。今、足元をすくった液体を辿ると、そこには誰かの死体がある。

 何の事はない。液体は死体となった誰かの流した血だった。

「な、」

 意味も分からないままに、否応なく戦闘が始まったとだけ理解するしかなかった。


「なんなんだよお前ッッッ」

 叫びながら、手に双剣を発現。腰を落として敵に備える。

「うおらっっっ」

 しゅん、と風を切り裂いて敵へ剣を振るう。

 相手はそれを躱して距離を詰めるのだが。

「くらえっ」

 それこそが男の狙いだった。左右一対の剣は長剣という程の長さもなく、さりとて短剣とは言い難い間合いを持つ。

 普通の剣であれば詰められれば剣を振るえない間合いであってもこの双剣であれば問題ない。最初から一撃目は囮。相手が不用意に間合いを殺そうとした所に、狙い澄ました二撃目を見舞うのが男の常套手段だったのだが。

 カキン、という甲高い音が響き、剣はへし折れる。

「────へ?」

 有り得ない。必殺の一撃、間合いだった。

 それがいとも容易く折れた。

 しかも、である。

「ッッッ、ばかにしやがって────」

 敵は足を止めている。まるでいいから切りつけてみろ、とでも云わんばかりに。

「死ねッッッ」

 首を叩き落とさんばかりの勢いで、怒りのままに剣を放つ。

 今度こそは確実に仕留めるはず、だったのだが。

「…………ば、かな」

 男は目の前の光景に絶句するしかなかった。

 必殺の一撃、剣は砕け散った。

 狙いは寸分違わずに首へ放たれ、相手は躱す事なく棒立ちだったのに、砕け散ったのだ。

「ありえない」

 その場でへたり込んだ。

 どうしてこんな事になったのかが全く理解出来ない。

「おれが誰だか分かっているの、か? うげっっ」

 メキ、という骨の折れる感覚及びに衝撃で男は後ろへと転がる。

「さぁ? それで、誰なのです?」

「な────」

 驚愕するしかない。目の前の異常者はこちらが何者なのかすら知らないままに攻撃してきたのだ。

「おれ、はWDの一員だ、ぞ」

 そう、男はWDの一員だった。荒事を受け持ち、様々な犯罪者をサポートするのが彼の仕事。今日は、次の仕事の打ち合わせの為、バーへと向かう道すがらだった。

(これで少しは怯んだか?)

 男の淡い期待は、

「それがどうしました?」

 という相手の言葉と、同時に口元へ突っ込まれた靴先の前に無惨に崩れ去った。


(数分後)


「ふふ、ああ、ああああ」

 破壊者はその身を震わせる。

 この瞬間こそ、まさしく自分というモノの意義を感じる。

 ポタポタ、と滴る血の音。

「WD、とか言っていましたね。はて?」

 聞いた覚えがあるような、と首をかしげながら、思い出そうとする。

「ですが、思い出せない程度の事だ。とるに足らない些事なのでしょう」

 そう結論を出して、うんうんと頷く。

「それにしてもこの街はなかなかに素晴らしい」

 視線を巡らせば、幾つもの肉塊。

「光が溢れ、暗闇は深い。心を閉じた人々の何と多い事でしょうか」

 そう。だからこそ、自分の存在には意味がある。

「偉大なるグランドマスター。あなた様がここに私を導いたのも、より多くの迷い苦しむ人々を解放させる為なのですね」

 彼にとっては全ての他者は解放させるべきモノ。

 全ての他者が覆い隠し、或いは気付いていないモノを解放させるのが自身に与えられた宿命、生きる意味。

「実に素晴らしい──」

「何がだ、おい」

「…………おや?」

 破壊者が振り向くと、そこにいたのは禿頭の大男。顔には無数の傷があり、どう見ても堅気には見えない厳つい容貌。つまりはバーのオーナーである進藤がそこにいた。

「私に何かご用でしょうか?」

「それはこちらの台詞だ。お前、一体何者だ?」

 進藤がここに来たのは、云わば本能。かつて傭兵として世界中を戦った彼ならではの、殺意を敏感に察知した為だった。

「しかし何故ここに?」

「臭うのさ。お前からは血の臭いがぷんぷんと、バーの中にいても濃厚にな」

「おや、随分といい嗅覚をお持ちで」

「褒められても何も出さないぞ。外道」

「これはまた……ん?」

 破壊者は、何をされたか分からない内にその身を吹き飛ばされる。建物の壁を突き破って更に奥の壁へ叩き付けられる。

 ミシミシ、という音、建物自体が微かだが揺れたのは、進藤の一撃の強烈さの証左だろう。だが当人は「ちっ、倒れていない、か」と舌打ちすると、腕を前へ交差させる。

「ふ、はははっっっ」

 破壊者は歓喜に満ちた声をあげ、進藤へ肩から体当たり。

「くっ」

「ははっっ」

 進藤の身体は僅かに後ろへ押されるが、同時に破壊者の身体は再度吹き飛ばされ、壁へ叩き付けられた。

「いやいや。どうしてどうして。これはこれは、手強い」

 破壊者は心底嬉しそうに笑う。

「ちっ、タフな野郎だな」

 進藤は相手が全くダメージを負っていない事を訝しむ。

 確かに殺すつもりで攻撃をしなかったのは事実だが、それでもあの一撃をまともに受けてケロッとしているのはおかしい。

(少なくとも俺の攻撃は初見では対応出来んはずだ。実際、こいつは無防備に受けていた。ならば、考えられるのは……)

 戦場を巡った経験から、こういう異様な耐久力を持つ敵とも幾度も戦った。回復力でもなく、恐らくは防御力でもない。

(こいつはマズいな。俺のイレギュラーでは手加減が効かん。殺すつもりでやらねば、危険だ)

 気を引き締めて、腰を低く身構える。

 その様子を見て取った破壊者は、肌に鳥肌を浮かばせると、「本気を出していただけるのですね。素晴らしい、是非ともあなたを解放してさしあげたくなりましたよ」といよいよ喜色満面。白い外套をばさりとはためかせ、進藤へとにじり寄ろうと一歩を踏み出す。

 互いに全力、決着を付ける、そのつもりではあったのだが。


 ピピピピピピ。

 まるで場違いな感のある、アラーム音が場に鳴り響く。


「ああ、これはいけない。あの方のお話を聞く時間ではありませんか」

 破壊者はかぶりを振ると、不意に背中を向け、あろうことかそのまま歩き出す。進藤は相手から急速に殺気、正確には戦意が消えていくのを感じ取りながらも、それでも不意打ちなどに備え、構えは解かずに油断なく白い外套をまとった相手へと射抜くような視線を向け続ける。

 ふと破壊者は振り返る。

「あなた様とはまたいずれ語り合いたいですね」

「お断りだ」

「ふふ、では」

 破壊者は突き破った壁の穴から出ていく。無防備で隙だらけの相手を進藤は静かに見据える。彼には分かっていた。相手の無防備は誘いだと。下手に仕掛ければ即座に逆撃を受ける。そうなれば負けはしないだろうが、互いに無事では済むまい、と。

 だからこそ、進藤は無言で相手が立ち去るのを見届ける事に徹する。


 そして破壊者が完全に姿を消すのを確認、禿頭のマスターは即座に動いた。

「おい、お前さん大丈夫か」

 進藤が声をかけたのは、双剣使い。

 破壊者と対峙しながらも、微かに呼吸音が聞こえていたので、生存者がいるとは分かっていたが、それでも目にするまで安心は出来ない。戦場で砲弾から身を守る為に塹壕に隠れている内に、出血死した仲間などごまんといるのだから。

「…………」

 声こそなかったが、ぴくりと動いたのを確認し、ゆっくりと周囲を見回す。

「こいつは、ひどいな」

 ここは戦地ではない。それは分かっている。

 だが進藤が目の当たりにした光景は、血の海はまさしく戦地で目にした、ありふれた狂気そのものだった。


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