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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 14
465/613

狂信者(Fanatic)その6

 

(九月一日 午後十時)


 九頭龍駅から二駅程離れた田園地帯。

 夜も更けて周囲には民家もない為だろう、この辺りには街灯すら殆どなく、暗闇に塗り潰されている。

 当然ながら人の行き来もなく、車すらめったに通らない辺鄙な場所を一代のバイクが闇を切り裂くように疾走している。


「しかし、未成年、女子高生がこんな夜中に働くのって、駄目じゃなかったっけか?」

 春日歩は、サイドカーに座っている同乗者こと怒羅美影へ話しかける。

「女子高生という点ではそうですね。邪魔でしたら寮に帰りますので早く降ろしてください」

「うっわ辛辣ぅ」

「ハァ」

「うん。本気で嫌がってるね、うん」

 ヘルメット越しの上、風を切りながらなので、本来なら会話をするのも難しいはずだが、歩にせよ美影にせよ耳に装着した骨振動型の集音マイクにより、互いの言葉は正確に伝わっている。


 ──はいはーい。くっだらない会話とか美影ちゃんは相手しなくてもいいですよぉ。その人、女と見たら軽口叩かなきゃ駄目な可哀想なダメキャラですので。


 そして二人の会話を支部にて聞いていた林田由衣も、歩には辛辣な言葉を浴びせる。


「ちょ、林田さん。何で君までそんな事言うのさ? だって俺、君にはまだ何も──」

 ──はいはーい。うるさいです。

「う、あづっ。通信切りやがった」

 どうして林田がこうも手厳しいのか、何だよもう、と愚痴る歩には自覚がない。



 春日歩、WG九頭龍支部支部長の日常。


 朝十時。

 支部長の隣の仮眠室から起床。

 歯磨きも終わらないままに、挨拶をしてきた支部勤務の女性スタッフに「おはよう、いい朝だね。良かったら俺と付き合わない」と本人曰わく挨拶を返す。


 午後二時。

 やや遅めの昼食を支部内の食堂で取る。

 その際、「うん。いいね。君みたいな綺麗な人に食事を作ってもらえる人は幸せだな。良かったら俺と付き合わない」と、先日から勤務している二十代の女性スタッフに挨拶をかける。


 午後四時。

 家門恵美から逃走して、街中へ。

 立ち寄った喫茶店にて、「素晴らしい。こんなにも見事な調度品が違和感もなく置かれている。きっとお店のセンスがいいんだな。でも、この店で一番センスがいいのは君だな。良かったら俺と付き合わない」と、バイト中の女子大生に挨拶する。


 午後七時。

 家門恵美に確保され、支部に戻る。

 山盛りになった書類に認可をしている内に空腹になり、出前を頼む事にする。(ちなみに関係者以外は支部には入れない)

「支部長、夕食です」と支部長室に入ってきた女性スタッフを見るや否やで、「ああ、この時を待っていた。君みたいな美しい人に出会えるだなんて、俺は幸せだ。良かったら俺と付き合わない」と挨拶、直後に部屋を訪れた家門恵美により事なきを得る。


 午後十時から深夜三時にかけて。

 書類の山から解放され、再度街中へ。

 警備巡回、との名目で担当職員から仕事を奪って繁華街の店を見て回る。

「や、本当に綺麗だ」「いやぁ、今日は散々だったけど、」

「君に出会えるだなんて、本当に」「素敵な一日だ」

 エトセトラエトセトラ。

「良かったら俺と付き合わない」

 結局、家門恵美によって身柄を確保されたのが午前三時半。支部まで引きずられるようにして戻ったのが午前四時。


 これがたまに、ではなく頻繁に起きる事から、春日歩は支部内の女性スタッフから”色情狂(ナンパ野郎)”と呼ばれているのだった。


(まぁ、いいかげんなんだろうな)

 それが美影の春日歩、という人物評。悪人ではないし、少なくとも仕事は結果を出しているので、無能ではないが、とにかく女癖が悪すぎる。

(こんなのが武藤零二(あのバカ)の家族とはね。同情したくなるわね)

 美影は、ハァとため息をついてかぶりを振った。

(まぁ、でもとりあえずは目の前の問題を片付けなきゃ)

 そう思う事で、横にいる歩への不満をごまかし、「それにしても、提供された情報は正しいのですか?」と、自分から話を振る事で任務へ意識を切り替えようと試みる。

「そうだね。とりあえずは大丈夫なんじゃない」

 対して歩からの返事は何とも不安になるようなものだった。

 とは言え、流石に歩も今の返事はまずかったと思ったのか、「いやね。これってWGうちの取った情報じゃなくて、例の()()からの情報じゃない。

 そりゃ嘘偽りを言う理由はないけどもさ、向こうの情報の精度がどの程度かって話だよ」と、自分の考えを補足して美影へと伝えた。

「それは確かにそうですけど……」

 その点は美影は気になっていた。

 情報提供をした九頭龍警察捜査九課は表向きは存在しない部署である。九課は別名”特殊能力犯罪対策班”とも呼ばれ、特殊能力犯罪、つまるところマイノリティの起こすイレギュラー犯罪への対処を行う。そしてここに所属する署員は基本的にはマイノリティであり、表向きはそれぞれ別の課に所属しているのだそう。

「存在しない部署、どんな気持ちなんでしょうか」

 美影は思う。自分達WGは組織そのものが存在しない事になっている。だからこそ割り切れる。

 だが捜査九課、というのは存在する警察組織の中で存在しない異物。そこに所属する人達の気持ちが気になってしまう。

「ああ、そりゃまぁ」

 歩は美影の言葉に少し思う所があったのか、珍しく言葉を濁す。

「そうだな」

 存在しない、してはいけないモノ。

「そいつが何を思っているか、ってのはそれぞれだよ」

 歩はそれをよく知っている。

「でもさ、仕方ないんじゃないかな」

 たくさんのモノを見てきたから。

「だって、()()()()()()だってのは、…………やっぱり変だと俺は思うよ」

「え?」

 音声の調子が悪かったのか、美影には歩の言葉は良く聞こえなかった。

「あー、よし。とりあえず話はここまで、ほら、見てみな」

 歩はそう言うと、指を指し示す。

「──!」

「とりあえず、情報提供は正しかったのかもな」

「はい。そうかも知れません」

 暗闇に包まれた田園地帯に、ぽつんと点在する光源。

 情報提供にあった不動産会社の建物が二人の目に映った。



「さて、有益な情報がとれればいいんだけどな」

「とれなくても、ここが情報通りにNWEの施設なら叩く価値はあると思います」

「はは、いやいや。真面目だな美影ちゃんは」

「支部長が不真面目なだけだと思います」

「そいつは言えてるな。はは、──じゃ行くか」

「はい」

 静まり返った闇の中、歩と美影は動き出した。


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