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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 14
464/613

狂信者(Fanatic)その5

 

(九月一日午後八時)


 ザァァ、という雨粒が街を濡らしていく。

 湿気た空気は街を行き交う人々を一様に不快にさせている。

 恐らくは通り雨、数分から数十分後には何事もないように止む雨の中、大通りの一部がパトカーと規制線によって寸断されている。

 パシャパシャ、と水溜まりを踏んで奥へと歩く男が二人。共に雨合羽を着ていて、足元は長靴。

 雨のせいか、小さな路地はジメジメとした湿気が不快感を助長する。

「こいつは酷いな」

 現場に着くなり、西東夲さいとうはじめは溜め息混じりにこぼす。

「手口は原形すら留めない程の人体の破壊か」

「う、っ」

 西東の横にいた桜井一成さくらいかずとしが顔を青ざめた。

「もどすなら、向こうでやれ。ここは犯罪現場だ」

「は、はい」

 口を押さえて、元来た車へと向かう後輩刑事を気遣う事もなく、西東は淡々と現場を検分に専念する。

「…………」

 彼とてこの惨状を目の当たりとして、平常心ではなかった。

 一体どうやればここまでの破壊を実行出来るのか。マイノリティであれば、人体など容易く破壊出来るのは事実だ。

「だが、こうもやれるものか?」

 それが西東の率直な感想だった。

 ただ殺害だけを目的とするならば、ここまでやる必要などない。

 さりとて加減を知らない、というには徹底的に破壊し尽くしている。

「これは、感情の発露か?」

 ポタポタと落ちてくる血の雫を避け、周囲の建物の壁やら窓を見回して、半ば確信した。

「感情の乱れによる、衝動的な犯行、って所か」

 現場には生存者が一人残っており、どうやら犯行の一部始終を見ていた、という点も西東には気になっていた。

「目撃者など気にもしない、か」

 この路地に入る前に、目撃者に話を聞こうと試みたのだが、結果は無駄だった。

 目撃者は支離滅裂な言葉を口走り、非常に不安定、精神に異常をきたしている可能性が考えられた。

(まぁ、この有り様を目の当たりにしては、おかしくもなるだろな)

 持っていた財布に入っていた住民カードにより、身元確認は終わっていた。ドロップアウトの一人らしく、あの路地は彼と仲間の縄張りだったらしい事から、現場での被害者はその仲間だろうとは当たりを付けていた。


「う、ふう」

 桜井刑事がヨロヨロとした足取りで戻ってきた。

 顔色はまだ青ざめているものの、口元はしっかりと真一文字に結ばれており、どうやら問題はなさそうに見える。

「先輩、これやっぱり例の倉庫のと……」

「ああ同一犯だろうな」

 二人の脳裏には、ほんの二、三時間前の犯罪現場が思い浮かんでいた。

「WGの支部長が言ってましたね。あと三件か四件こういった事件が起きるって」

「ああ」

「これで三件目、あと一件か二件で終わるって事、だったですよね」

「おい──」

 思わず西東は桜井の襟首を掴んでいた。

「お前、何考えてる?」

 思わず襟首を掴む手に力がこもり、桜井刑事はゴホゴホ、と表情を歪める。

「じ、冗談ですよ、せんぱい」

「当たり前だ」

 西東はそこでようやく手の力を抜いて、突き飛ばすような格好で桜井を解放する。

「は、はぁ」

 ほんの数秒足らずとは言え、今の今までまともに息が出来なかったからか、口に入る空気が妙に身体に染み渡る。

「こんな犯行を実行するような奴を野放しには出来ない」

 西東はこの惨劇を目の当たりとし、確信を抱く。この犯人にまともな理性など存在しないのだと。

「あまり時間はかけられないな」

 そう呟くと、ジャケットの胸ポケットからスマホを取り出す。

「先輩、どうしました? もうすぐ鑑識課が来ますよ」

「そっちは任せる。俺は俺で伝手を使って調べてみる」

「え? じゃここに置いてけぼりですか?」

「ああ、悪いな」

 素っ気なく言うと、西東はパトカーへと戻る。そして素早く身支度を整えると、どう見ても警察官とは思えない服装で、一人街の中へと消えていった。



 ◆◆◆



 同時刻。

 九頭龍駅近辺にあるホテルの最上階、スィートルームにて。


「…………どうかしたの、何か気になるのかしら?」

「君が何を考えているのか、って思ってね」

 窓からは周辺を一望出来る。

 とは言え、流石に超高層ビル群、通称”塔の街”に比べればささやかな高さではあるのだが。

 駅周辺は眺望や景観の観点から、建造物の高さは細かく制限されており、駅に隣接するこのホテルが十階建てと限界ギリギリである。

「あら、この街に何か心残りでもおありかしら?」

「いいや、僕が興味あるのは君だよ、ミラーカ」

 人形=パペットは窓に映る相手へと振り向く。

 そこにいるのは、毒の花を思わせる紫色の髪をまとめ上げ、鮮血を思わせる赤黒いバスローブに身を包み込んだ可憐な少女。

「ウフフ、それはお誘いなのかしら」

 容姿からはおよそ似つかわしくない艶のある声を発し、ギシ、と腰を落としてベッドを軋ませる。

「はぁ、」

 パペットはため息をつき、肩をすくめる。

 彼女の足を組み直すだけの仕草、それだけの事で常人ならば心を奪われてしまう事だろう。

「僕は人形だよ。そんなモノに何を求めてるんだい」

「ウフフ」

 その笑顔はこれ以上なく美しく、だが同時に何処か獣のような獰猛さをも醸している。それこそが今、この場にいる少女。WDに於ける最高権力と目される上部階層の一員。

 パペットは、人間ではない。だからこそ、彼女と相対しても心を乱されたりはしない。

 もしも生身の、生き物であったなら今頃部屋に転がっているモノと同様の末路を辿ったであろう事は容易に想像出来る。

 彼女にとって他のモノは全て供物。

 ”栄養価”の高いマイノリティがステーキであるなら、常人は米粒程度らしい。つまりこの犠牲は特に必要ではない。単に何となく、喰らった。そこに食物があったから何気なしにつまんだだけ。彼女にとってはその程度の認識でしかない。

「君は何を企んでいるんだ?」

「ウフフ、ちょっとした余興よ」

 銀色の目を輝かせ、グラスに注がれた血液を口をつける。

()()()はどれだけワタシを楽しませてくれる事かしらね」

 ウフフ、とグラスを傾かせ、銀色の怪物は嗤うのだった。



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