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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 14
462/613

狂信者(Fanatic)その3

 

(九月一日 午後五時)



 WG九頭龍支部にて。

 支部長室のある最上階へと繋がる全面ガラス張りのエレベーター内に、彼女の姿はあった。

「…………」

 召集に応じた美影の心中は複雑だった。

 彼女は学園から退いた事にしこりを感じていたのだ。

(アタシが撤退したからって、別に問題ないはずだけど)

 少なくとも、ギルドから派遣された二人組は自分が倒したのだから、零二に対しての義理は果たしたはずだ。

(アイツなら大丈夫だと思うけど)

 美影には零二がそんじょそこらの相手に負ける姿が想像出来なかった。

(アイツはいつだって、あの悪党面で不敵に笑ってる。ホントムカつく位に)

 美影は知らない。自分が撤退した後、あそこで何が起きたのかを。

 より正確に云えば、この時点で零二に起きた出来事を断片的にでも知っているのは攻撃をしかけた”レイヴン”のみである。

 本来であれば周囲の建物を跡形もなく消し飛ばすはずが、どういう理由からか何も破壊しないままに、事態が収束したので、発覚を免れたのだ。

 WG九頭龍支部も、激しい閃光が発生した事は知っていたが、調べた所で何も出ない。


 コンコン、とドアをノックして、「失礼します」と一声。

「ああ、どうぞ」

 という部屋の主の返答を聞いてドアノブに手をかけ、部屋へ足を入れる。

「や、来たね美影ちゃん」

「…………」

 支部長である春日歩は緊張感の欠片もない笑顔で迎え、美影はため息をつく。これがこの一カ月ですっかり定着したやり取りだった。

 いつもならここから美影にはどうでもいい会話のやり取りがあるのだが。

 今回は室内に先客がいた。

「支部長、公私混同は誤解を招く可能性があります」

 九頭龍支部の副支部長である家門恵美は淡々とした口調で、上司を一瞥。

「う、…………はい」

 テメー早く用件に入れや、とでも云わんばかりの凍えるような視線に射抜かれた歩は身を震わせ、苦笑。「ええ、と。問題発生だ」と、珍しく用件を早々に切り出してきた。


「まずはこの画像を見てくれ。いっておくがかなり酷いから吐き気を催したら、トイレかゴミ箱によろしく」

 口調こそ軽いものの、歩の表情は一切笑っていない。

 美影はただ事ではない事を察知し、表情を引き締める。

「…………ヒドい」

 だが、スクリーンに映し出されたソレを目にして、思わず表情が強張った。

 そこに映っていたのは、一見すると食肉の加工場のようだった。

 周囲の壁には霜が付着していたし、室内には無数の肉の塊が吊られていた。

 だが、その室内には明らかにおかしい部分がある。

 肉の塊の中に、数体ほど食肉には有り得ないモノがあった。

 それは衣服らしき物であり、であるなら、その正体は。

「ああ、どうもこいつは人を人とは思ってないんだろうさ」

 歩がマウスをクリックして、画像を切り替える。すると今度は床や壁に映し出されるのは、多量の恐らくは血飛沫らしき、赤黒いモノ。

 まるで冗談のような血飛沫は、ペンキをぶちまけたかのようであり、これだけ多量の血液が人体にあるのだと、思い知らされる。

「支部長はどう思います? これだけの惨状を見て」

 家門はこの場に於いて誰よりも冷静だった。

 それは一言で言えば彼女はかつて殺し屋だったから。

 フリーク以外にも、一般人をも手にかけたから。

 人の死、という事実を客観視出来る程には、経験を積んだ証左だった。

「そうだね。殺人事件の捜査なら、本職さんにお願いした方が早いと思うけど」

「はい。警察に打診はしています」

「流石に仕事が早い」

「待ってください。警察と協力するんですか」

 美影は思わず身を乗り出す。

「マイノリティ絡みの事件に、警察が役に立つとは思えません」

「ああ、そりゃ一般の警察ならね。でも、協力してくれるのは一般人じゃなくて、同類の警察官だよ」

「マイノリティ、という事ですか」

「そ。九頭龍は全国でもいち早くマイノリティ用の捜査チームを立ち上げているのさ。ビックリしただろ、俺もビックリしたもん」

 ウンウン、とかぶりを振る歩を尻目に、家門が話を続ける。

「ここまでの話でもう理解したと思うけど、一時間程前に通報があった。

 祖父が帰ってこないので心配した孫が祖父名義の倉庫にいったら、そこで死体らしきモノを見た、とね」

「それがその際に撮影した現場だ」

 歩がマウスを再度クリックし、撮影された画像が表示される。

「…………」

 美影は言葉も出せない。最早それは殺人、という言葉すら当てはまらない。一方的な蹂躙、ただただ何かを倉庫をキャンパスに作った悪趣味極まりない創作物にすら見える。

「見ての通りの有り様だ。この殺人鬼は全国を転々としていて、それぞれ四件から五件こうした犯行を行っている。つまりは、」

「まだ三、四件こうした犯行を行う可能性があるという事よ」

「…………」

「表沙汰にならなかったのは、全国それぞれの現地警察にWGが箝口令を出したからだそうだよ。こんなの相手に普通の警察ではどうにもならないから、ってね」

「殺人鬼は通称【破壊者(デモリッション)】と呼ばれています。詳しい犯人像も、何もかも不明で、ただ人の手では不可能な損壊を起こしている事から、マイノリティである、としか分かっていません」

「そういう事。何もかもが足りてない、正直言って後手後手もいいとこだ。

 それでも、だ。俺たちはこの殺人鬼を野放しには出来ない」

「ファニーフェイス、貴女にはこの件に専念してもらいます。三十分後に出発しますので、準備をお願いします」

「はい。分かりました」



 美影が退室して、しばらく後。

「さて、と。これで良くも悪くも美影ちゃんは、【向こう】から離れる事が出来た訳だな」

「はい」

 実のところ、歩と家門は学園での一件をおおよそ把握していた。

 理由は簡単で、拝見沙友理が無力化した進士と田島の二人が事態の推移を見たからだった。

「厄介な事になったなぁ。ホントに」

「クリムゾンゼロ、いえ。武藤零二が心配ですか?」

「まぁ、ね。一応は俺の弟な訳だし。だけど、一体どういう事だ? どう思う?」

 画像を切り替えると、そこに映し出されたのは、蒼い焔を揺らめかせる零二の姿。

「正直分かりません。ただし、単に炎の色が違う、だけではないかと思います」

「まぁね。俺達は気付けなかったが、あの場でとんでもない規模の爆発が起きたはず、……だったらしいのに、実際には何の被害もなかった。やっぱり気になるよな」

「あの自爆した襲撃者ですが、どう思います?」

「さぁてね。今の所絶対的に情報が足りてない。どうにもここの所、九頭龍にちょっかいを出す組織やら何やらが増えてるからなぁ」

 歩はハァ、とため息をついて、やれやれと肩をすくめる。

 美影や田島、進士すら知らないが、この一ヶ月の間に九頭龍を取り巻く状況は大きく変動していた。

 彼らとて、九頭龍の治安の悪化は実感していた。

 九頭龍に於けるWDの統治者だった九条羽鳥という要石がいなくなった結果、それまで他の地域に比べて大人しかったWD関係者が各々好き勝手に動き出し、事件が急増。その対応に追われている裏で、様々な勢力が入り込もうとしているのを歩と家門は把握していた。

「ギルドにNWE。頭が痛くなるよ」

「やはり菅原支部長に応援要請をすべきかと。これ以上の負担はこちらのキャパシティを超えてしまいます」

 歩もまた家門の言葉を聞くまでもなく、痛感していた。

 確かに九頭龍支部は周辺にあるWG支部よりも規模は大きい。人員にせよ設備にせよ一支部としては相当に優遇されていると云っても良いだろう。

「ああ、九頭龍支部ウチには敵対的な連中が来すぎだよ。ったく。犯罪のバーゲンセール中かってのよ、いらねぇっつうのさ」

 手元にあったコーヒーを飲み干すと、紙カップをグシャと潰してゴミ箱へと投げる。

 カコン、と狙い通りに入ったカップを見て、「よっし」と小さくガッツポーズをする上司に家門は「…………」と呆れた表情を見せつつも、無言で目の前に差し出された書類を見て驚く。

 そこにあったのは周辺支部からの応援の受諾書。

 一つや二つではなく、紙が埋まる程の支部の名前と支部長の署名だった。

 果たしてこれだけの物を得る為に二人はどれだけ動いたのか。

「何としても守るぞ」

 それは果たして、街なのか、それとも弟、両方の事か。

 そう小さく呟く歩に、「そうですね」と、家門は目を閉じ、口元を緩ませて答えた。


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