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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 13
456/613

フール&パペッター(fool&puppeteer)その28

 

 私は多くの物を奪った。

 私は貧乏で、その日一日を暮らすのもつらかった。

 家族は気付けばいなくなっていた。何の事はない、私は食い扶持を減らす為に捨てられたのだ。

 スラム街、といっても様々だが、私が捨てられ、育って場所は極め付きの治安の悪い場所だっただろう。

 警察はろくに機能せず、地域を牛耳るギャングに買収されていて、殺人事件ですら見逃され、もみ消される。そんな場所に捨てられた私のようなストリートチルドレンが生きていく為には手段など選んでいる暇などない。

 盗み、暴力、脅迫、やってないのは殺人くらい。

 だが、いつまでもそんな生活が続く訳もなく、ギャングと警察によって私は逮捕。仲間とは離れ離れになり、気付けば罪の軽減という名目で軍に入隊した。

 何の事はない。結局私は人殺しになった。自分を守る為に人を殺す。確かに正当性はあるが、納得は出来ない。

 私は生きる為に常に奪った、奪い続けた。

 軍に入り、そこで妻に出会い、子供も産まれた。

 私は納得させた。子供を、息子や妻に少しでもいい生活を。その為に任務に従事するのだ、と。

 誰よりも危険な任務に進んで参加し、そして達成。人殺しをするのであれば、せめて国の為に、とそう言い聞かせて。

 私はある任務で失敗した。

 任務そのものは成功したが、撤退中に銃撃を受けた。

 インターセプトアーマーを容易く貫通し、噴き出す血を見て、すぐに分かった。ここで終わりだ、と。


 妻は、息子は、元気だろうか。二人はこれからどうなるのだろうか。


 そんな事を考えている内に意識は途切れ、死んだ、…………そのはずだった。



 ◆◆◆



「あ、あぐぎゃあがががが」

 それは苦悶に満ちた声だった。

 イーグルは立ち上がり、貫かれたはずの腹部の傷は塞がっている。

「これは、どういう……?」

 裏見にはイーグルの状況が分からない。いや、理屈では知っている。

「ン、ああ。お前見るのは初めてか。コイツはな、もうアレだ」

「そうね。見ておきなさい、これがマイノリティが()()()()()()

「ああ、【怪物(フリーク)】ってヤツだよ」


「うじゅルグルルル」

 メキメキ、と筋肉が隆起していく。見る間にイーグルはその肉体を変異させていく。


 裏見は息を呑んでその有り様を見つめつつ、だが異論を唱える。

「でも、これなら単に肉体変異、の暴走かも知れないじゃないですか」

「暴走、ね。確かに有り得るっちゃ有り得るわな。でもよ、暴走、だとして、アイツの目を見てもそう言えるか?」

 零二が指差し、裏見は改めて相手の目を見る。

「……っ」

 その目からは、理性の欠片も感じない。

「よく見ろ。能力を抑制出来てるなら、あんな変化、変異はしねェ」

 イーグルの肉体はもはや巨大な風船のようになっていた。どこまでも膨れ上がって、見る見る肥大化。全身から出血するのは、血管が破れた為か。

「ありゃ、もう自分(テメェ)を失っちまった末の変化。終わりだ」

「じゃあ、せめてとどめを……」

「よしなさい。下手な刺激は危険よ。それに終わりというのは、彼はこのまま死ぬからよ」

「死ぬ?」

 裏見の呟きに拝見は頷く。

「フリーク化にもパターンがあるの。暴走の末の【()()()()()()()】は一応、成功例。そして暴走のし過ぎの場合は、肉体そのものが限界を迎えて、破裂。今の彼みたいにね」

 そう言う拝見の目からは僅かではあったが、相手への同情が見て取れる。鉄面皮かと思えた上司の一面を見て、裏見は少しだけ安心した。

「つぅワケだから、さっさとずらかるのが一番だけどよ、………………アイツはどうした?」

「?」

 裏見は怪訝な顔で零二を見る。

「だから、アイツだって。あの、バカドラミだよ」

「彼女なら、もうここにはいないわよ」

「ソイツを早く言えっての!」

「あら、敵の心配?」

「バッカ。アイツはオレがブッ飛ばす相手だから、それだけだよ」

「そういう事にしましょうね」

「────ッッッッ。行くぞ」

 これ以上口でやり合っても勝ち目がない、そう悟った零二は先に歩き出す。

「…………」

 緊張感のない会話にあ然としながら、裏見も歩き出す。

「これで事態は収拾かな」

 拝見は目を細め、その場を去ろうとした。

 その時だった。


「ムトウレイジイイイイイイイイッ」

 絶叫。

「オイオイ、マジか」

 零二が振り向くと、破裂するはずの肉塊の目は真っ直ぐに自分を見ていた。

「コレは例外ってヤツだな」

「そうね。極めて稀なパターン。武藤零二君、何か気でも惹いたの?」

「冗談、ヤロウにそンなコトは間違ってもしねェさ」

「怒羅美影にはするの?」

「へっ、冗談抜きで勘弁してくれ。それに今はそれどころじゃねェ」

 零二は苦笑する。

「……やっこさん、オレをご指名だからな」

 肉塊は零二へと敵意を向けていた。



 ◆◆◆



 気付けば、私は人間ではなくなっていた。

 生きてはいる。だが、肉体には大きな変化があった。

 マイノリティ、イレギュラー。

 これまで知らなかった世界、言葉を私は否が応にも知らされる。

 私は公式には死んだ。ここにいるのは死人。存在しないはずの男。

 もう家族には会えない。死んだ人間が会う事など許されない。残酷だ、不条理だ。だが、私に何が出来る?

 出来る事は人殺しだけ。こんな私に選べるはずもない。


 あの少年に、カラシマに接触したのは偶然だった。

 任務中、都合のいい隠れ蓑を探していた時に、向こうから接触してきた。

 どうやら彼もマイノリティらしく、精神に干渉してきたが、能力は弱く、私を拘束するには足りない。

 だからその状況を利用した。つまりは私は彼を騙した。

 理由はカラシマもまた、彼を狙っていたから。

 ムトウレイジ。彼こそが任務対象だったのだから。



 ◆◆◆



「ハァ、個人的にゃヤローからのお誘いは断りたいンだがな」

 苦笑しながら、零二は上へと視線を向ける。相手はゆうに二十メートル以上はあるだろう。学舎よりも頭一つないし二つは高い。

 既に拝見と裏見はこの場から離れた。

(ドラミ、はいねェンだよな。なら、やるか)

 何故美影の事を考えたのか、思わず表情をしかめ、ハァ、と呼吸を入れる。

「本当はクタクタなのを残ってやったンだ。感謝しろよ」

 その言葉を果たして、相手は聞いているのか。

「ム、トウううううレイいいいいジーーーーッッッッ」

 風船のようになったモノはただ唸り、叫ぶだけ。

「ま、いっちょやってやるよ」

 疲労困憊、今にも倒れる寸前ながらも、零二はいつも通りに不敵に笑ってみせた。


 決着は一瞬。

 初手で決める。


 冷静に自身の限界を見定め、零二は残った焔をいつでも放てるように身構えた。



 ◆



「あの、拝見さん」

「何?」

 裏見返市は、拝見沙友理の運転するバイクの後部座席から後ろを振り返る。

 バイクは全速で敷地内より離れる。

「これでいいんですか? 武藤君だけ残すなんて」

「彼の希望よ。それともあなたは役に立てるの?」

 その言葉は、ピシャリと痛烈に裏見の痛い所を打つ。

「はっきり言って足手まとい。あそこに残っても邪魔なだけ」

「…………」

「心配はいらない。武藤零二は勝つわよ」

「本当ですか?」

「勿論よ」

 拝見は微笑する。もっとも、その表情を後部座席の裏見に確認する術などない。

 彼女には確信があった。あの場、誰もいなくなった状況でなら、零二は勝つ、と。

「思った以上に、()()してるものね」

「?」

 裏見には何も聞き取れなかった。

 本来ならば拝見沙友理はあの場で支援する腹積もりだった。それが彼女が受けた指示なのだから。

(でも、あの場にいたら邪魔になりそうだし。何よりも、)

 彼女はその場にはいないが、状況ならいなくても()()()

 彼女が聞いた話よりも、対象はイレギュラーを使いこなしつつある。であれば、あの場に残るのは愚策。その判断からの撤退だった。

(見せてもらうわ。深紅の零(クリムゾンゼロ)。あなたの底の一端をね)

 微かに口元を歪ませ、彼女はアクセルを踏み込んだ。


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