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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 13
454/613

フール&パペッター(fool&puppeteer)その26

 

(ば、バカにしやがって)

 辛島綾取は心底から怒りに身を震わせる。

 本人が言った通りに武藤零二は、半分死人だ。そんな相手にどうして屈辱的な気分を被らねばならないのか。

(そう、だ。そうだよ)

 見れば、全身の傷が回復している様子もない。それはリカバーの使う余力すらない証左。

(あいつは、死に損ないじゃないか、ほら見ろ肩で息してるじゃないか)

 何故今の今までそう思わなかったのか。

 ちょっと、ほんのちょっと例えば拳銃で撃てばそれで事足りる。それくらい、疲弊しきっている。

(そうだ。今ならやれる)

 そう決意して、そして、────。


「武藤零二、そこで膝を屈しろ────」


 言葉一つ一つに意識を傾け、飛ばす。

 それは辛島綾取、にとって初めての武藤零二へ向けた()()。あの腹立たしさしかなかった相手への要求だった。


「く、」

 そして零二は膝を屈した。

「や、やった」

 目の前の光景を見て、辛島は自分の勝機を確信するに至る。

「は、どうだ武藤零二。これでお前は僕の傀儡人形だ」

 自分のイレギュラーがもたらしたこの結果に、自信を取り戻したのか、言葉にも力がこもっていく。

(そ、うだよ。僕は支配者、傀儡師だ。どうして思い付かなかったんだよ。どんな奴だって操ればいい)

 視線を、ピクリともしないイーグル(傀儡)へと向ける。

(そもそも、あいつだってそうやって手駒にしたんじゃないか。

 イーグルがくたばったのは損害だけど、代わりにこいつが手駒になるならその方が絶対に)

 何でも零二、つまり武藤の家は大地主だと聞く。

 あの藤原一族の分家筋でありながら、独立していられるのはそこで得る収入が莫大であり、また借り手側からの信望が厚いからだという。

(そうだ。こいつがいれば、金に困らないじゃないかよ)

 今の、こんな着のみ着のままの、生活は目の前の相手のせいなのだ。

(金さえあれば、僕はまた元の生活に)

 失ってみて分かった。自分が恵まれていたのだ、と。家族は離散し、父親は消息不明、母親は近くのスーパーでパートか何かをしていたはず。

(家族、そんなものはどうだっていい。あの父親(クズ)なんて何処か知らない場所で野垂れ死ねばいい、母親(ババァ)には金さえ出しておけばいい。僕は好きな事を好きなだけ、満喫するんだ)

 そう思うと、これから先の事が心底から楽しみになってくる。その薔薇色の人生をもたらすのが武藤零二なのは、皮肉としかいえないが。

「さぁ武藤零二、お前は僕の傀儡(モノ)だ。土下座して、それから────ヴギャッッッッ」

 ズシンとした衝撃を受けて、辛島綾取は後ろへ倒れる。

 ツツ、と何か熱いモノが流れ、鼻先からは激しい痛みが生じる。恐る恐る手で触れると、不自然に平らになっているのが分かる。つまりは、砕けていた。

「ぷぎゃあああっっ」

 理解した瞬間、とてつもない痛み、恐怖が襲いかかる。どうしてこうなったのかが分からない。今、ここに敵なんかいないはずなのに。

「だ、だれずあっっ」

「誰って、決まってンだろが」

「───へ」

 息を呑み、ゆっくりと伺うように視線を、顔を上げれば。

「オイオイ、何でオレが土下座するンだ?」

 そこにいたのは今、つい今し方傀儡にしたはずの零二が手のひらを引く姿。

「……ば、なんで?」

 信じられなかった、何故動けるのかが理解出来ない。

「お、ばぇはぼぐの、パペッタぁのえいぎょう゛をなん、ぜ?」

「ハ? 何言ってンのか分からねェよ。ああ、アレか。さっき聞こえた妙ちくりんな声ってヤツ。あンなの効かねェ・・・・よ」

「ハ?」

 そのあまりにもスラスラとした回答に、辛島は一瞬痛みも忘れてキョトンとする。その顔を見て、理解が追い付いていないと理解した零二はニヤリと人の悪い笑顔を浮かべると、「お前の薄っぺらい言葉なンざオレにゃ効かねェってこったよ、バァーカ」と言うと笑い出す。

 子供じみた言葉と態度ではあったが、辛島綾取にそんな事を指摘するような度胸もなければ、そもそも余裕などない。

「ば、びゃかな」

 ズズ、と鼻血を啜り、いつ止まるかも分からないズキズキとした痛みに涙が浮かび、何よりもパペッターたる自分の自信に亀裂が生じた事に動揺する。

(お、おかしいだろ。だってそうだ。僕は傀儡師パペッターだぞ。僕の言葉には他人を好きに出来るちから、があるって、そう()()()()じゃないか)

 辛島は目の前の状況が理解出来ない。理解したくなかった。

(だって、僕は支配者なんだ。少しずつイレギュラーの精度を上げていけば、やがて誰をも支配、傀儡に出来るはずだって、そう()()()のに)

 思えば、どうしてその言葉を素直に信じたのか。今となってはそれすらも理解出来ない。


「どうやら、これまでみたいね」

 そこに拝見沙友理が声をかけて入ってくる。

「だ、れ?」

「そうね。初対面だったわよね。拝見沙友理、裏見返市の上司とでも言えばいいのかしら」

「う、らみ、……ひっ」

 その名前を口にした途端に、背筋が凍り付く感覚を覚えて、相手を見る。

 拝見は一見すると、普通に見えた。程良く自然な化粧に、髪型。服装もオフィスウーマンらしく、街に行けばそこら中にいそうな、普通の人間に見えた。

「君、随分好き勝手にしてくれたみたいね。私もWDだから、そちらが何をしても別に構いはしないのだけども──」

 淡々とした言葉、その佇まいの端々から、殺意のようなモノを漂わせ、彼女は言葉を続ける。

「裏見を私が面倒を見てる以上、彼に何かあった場合は、()()()()()()のよね」

「う、う゛ぃっっ」

 何もされていないにも関わらず、辛島は全身を震わせ、冷や汗がとめどなく流れる。

「そう。ようやく理解したのね。自分が()()()()()()に足を踏み込んだのかを」

 拝見は冷ややかな声音に冷笑を浮かべる。

「────」

 そう。辛島綾取は今、この場に至って裏社会、というモノを理解した。

「さ、彼には何かしら思う事もあるでしょう。何か言うなら今よ」

 拝見はそう言うと、手招きしてみせる。その求めに応じて、物陰から姿を表したのは、裏見返市。

「ば、う゛ゃかな」

「そんなに驚く必要あるかしら、マイノリティにはリカバーが備わっている。致命的なダメージならともかく、あれくらいでは死にはしないわよ」

「辛島君」

「おまう゛ぇ、そのおんう゛ぁをごろせっっっ」

 それは辛島綾取にとっての最後の抵抗だった。

 裏見返市は手駒だ。武藤零二はその場であくびをし、手を出す様子はない。

(あのクソ女を何とかすれば、そうすれば──)

 その思い、一念から絞り出した声は間違いなく、手駒たる裏見へと届き、実行されるはず、…………なのだが。

「すまない。もう君の声は届かないよ」

 裏見からの返答によって、全ての可能性は潰えるのだった。


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