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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 13
453/613

フール&パペッター(fool&puppeteer)その25

 

「か、ハッ」

 イーグルは低く呻き声をあげる。

 視線など動かさずとも何が起きたのかは分かる。

 これは()()()()のだと。

 より正確には零二のシャインナックル(輝く拳)は、瞬時に拳の周囲を溶かし、その穿った穴を拳が通過した、というのが正しいだろうか。

「あ、グウッ」

 いずれにせよ、これが()()()だと云うのだけは理解している。

 だが同時に思う。何故、()()()()()()()()のか、と。


 その理由は簡単だった。


「は、あっ。ハアッ──」

 零二にもまた、余力は残っていなかった。

 さっきの一撃、本来ならば貫き通し、そのまま一気に相手を沸騰させるなり炎上なりさせて、倒すはずなのだが、それをなし得るだけの力すら残っていなかった。

 燃料はほぼ底を打った。これ以上の戦闘行為は文字通りの意味合いで命取りになりかねない。そう武藤零二の理性ではなく、()()が判断した上での結果だった。

「オイ、くっそ」

 本人の意思に反して、身体から力が抜けていき、そのまま力なくばたり、と大の字に倒れ込む。

「あ~ったく。もう限界だわなぁ」

 我が事なのに、何処か他人事のように、髪をクシャクシャと押し潰す。

(にしても、何とかなった──な)

 そう。零二自身さっきの攻撃を放てた事に驚いていた。本来であれば、あの最後の一撃を放てるだけの余力など無かったのだから。

 そもそも、零二は昨日の一件から回復していなかった。原因は撃ち込まれた弾丸が特殊な仕様だった為。

 詳しい事は聞いていなかったが、その弾丸にはイレギュラーを使えなくさせる成分だの、何だのが含まれていて、結果として零二の傷や精神的な疲労が一晩経過しても回復しなかった。

 出来れば、数日は安静にすべきという指摘を秀じいから受けたにも関わらず、早速こうなった。

 燃料タンクが空っぽに近い状態、その上で今倒した相手が強敵だった。

(おかげさンで、スッカラカンだぜ)

 ギリギリまで追い込まれた時、零二はふと思った。

 燃料がないなら、自分で賄えないなら、()()から分けてもらえばいい、と。

 一ヶ月前。あの藤原新敷との対決の際にも燃料切れ寸前で、空気中から燃料を補給したが、今回は違う。漠然と思った、目の前に迫る相手から()()すればいいじゃないか、と。そう思った瞬間、零二は全身から焔による糸を紡いでいた。それを幾重にも重ね合わせ、相手に絡み付かせた瞬間、熱を奪った。一本一本の糸が少しずつ、ほんの少しずつ熱量を奪って零二へと還元。そしてあの逆転の一撃へと繋がった。

(妙なモンだ)

 咄嗟の思い付きが功を奏した。それはいい。それ自体は問題ない。

(思い付き、即興でやったってのに、何なんだコレ)

 ただ、零二はどうしようもない違和感を感じていた。

 初めての試み、それもこれまで一度もやった事もない、微細なイレギュラーコントロールだったのに、どうして()()()()()()()()()()出来たのか。

 恐らく相手(イーグル)は自分が何をされたか理解出来てはいないに違いない。

(まるで当然みたいに出来た、よな)

 ゆっくりと、手を掲げてみせる。

(何ていうか、……ずっと前から出来て当然みたいな)

 そんなのは有り得ない、とかぶりを振る。

「う、ッッ」

 息を整え、身体を起こすべく肘に力を込める。ごくごく当たり前の所作すら今は困難で、情けなさすら覚える。

 そんな零二の姿を尻目にして。

「か、が、ぐ」

 一方のイーグルは自分が消えていくのを実感していた。

 命が途切れていく。まるで一本の太いロープに裂け目が入っていくかのように。

(あの子は、どうなっただろうか)

 最早、風前の灯火となった彼にとって、唯一の関心事はただ一つ。別れた妻の元にいる息子の事だけ。

(もう何年たっ、たか、な)

 せめて最期に写真を見ようかと思ったが、手に力が入らず、その願いは叶いそうにない。

「く、がっ、こはっ」

 息をするのも難しくなってきた。視界もぼやけ、間もなく意識も失うだろう。

(ああ、終わりだな)

 イーグルは目を閉じて、その時を待つ事にした。



 ◆



 ──ば、か。嘘だろ、おい立てよ。オイったら。


 妙だな。声が聞こえる、息子の声、にしては随分と大きい印象だ。


 ──お前は○□◆のモノだろうが。なら立ち上がってあの○□◎◆♪をすぐにでもぶっ殺せよ。


 それに聞き取れないものの、何とも汚い言葉を吐いている。


 ──早く立てよ。あいつを殺せってば。


 全く、随分自分勝手な奴だ。こちらは眠っていたいってのに。

 ああ、そうか。仕方ない奴だ。ゆっくりと眠らせてもくれない、のか。



 ◆



「オイっっ、起きろよな」

 辛島綾取は有らん限りの声を倒れた手駒にかける。

 かける、というよりは叩き付ける、といった方がより正確かも知れないが。

「冗談じゃない、アイツを、武藤零二を殺せッッ」

 辛島にとって、足元で倒れている相手は仲間ではない。そもそも彼には仲間などいない。

「僕は人殺しなんかしないぞ。殺しなんてお前やドロップアウトみたいな社会の底辺のクズがやればいい。いいからさっさと起き上がって、あのクソヤロウを殺してこいっっっ」

 辛島綾取は傀儡師パペッターたる自分をこう定義していた。支配者だと。

(僕はただ命じるだけだ。気に食わないヤツを殺せって。だってそうだろ。僕の言葉は他者を操れるんだぞ。

 だからこそ僕は殺しなんてしないし、するつもりだってない。そんな事は僕の駒、言いなりになるバカ共がやればいいんだからな)

 支配者はただ命じるだけ。確かにそれは事実だろう。

 ただし、彼は正しく認識していない。今、この場に於いて、自分がどういった立場なのかを。

「オイ」

「ウヒィッッッ」

 思わず前へと崩れるようにして倒れ込む。

 辛島の目にははっきりとした驚愕の色。

「な、んで?」

「あ?」

「何でお前が立ち上がってるんだよ武藤零二ッッッッ」

 辛島綾取の視線は、いつの間にか立ち上がっている零二へと釘付けとなっていた。

「何だよお前、何なんだよッッ」

 意味が分からない、素人目でも分かる。半死半生、ズタボロのはずだと。立てる訳がないのに。

「どうしてお前は立ってるんだよッッッッ」

 絶叫する。理解不能な相手を前に声を張る事しか出来ない。

「どうして、ってもな。立てるから立っただけだ」

 零二からすれば、そんな事でぎゃあぎゃあ喚く辛島が理解不能だった。

「何でだよ、……そのまま倒れていればいいだろ」

「…………」

 零二は無言で相手を一瞥。

「何だよ、言いたい事があるなら言えよッッッ」

「あ~、何か見覚えあるな、って思ったらお前、いつかの猿山の大将気取りじゃねェか」

 ようやく得心がいったのか、なるほどなるほど、と大きく頷く零二に、辛島の怒りは沸点どころじゃなく煮え立つ。

「ぼ、くを猿山の大将気取り、だと?」

「ああ。だってお前。自分が一番だって、()()()()()()()勝手に思ってたアホだからな」

 容赦のない言葉に、辛島の沸点は頂点へ。

「あ、アホ、だと」

「違うのか?」

 怒りのあまり、さっきまで感じていた武藤零二への怯えなど吹き飛ぶ。

「そんな訳があるかっっ。僕はそんじょそこいらのクズとは違う」

「どう違うワケ?」

「何だと、ッッッッ」

 顔に浮かんだ青筋がピクリと動く。

「お前、何が他の連中と違うのさ?」

 零二は挑発的な言葉を投げつける。

「僕はマイノリティだ」

「ああ。そりゃそうだろうな。で、それがどうかしたか?」

「どうかしたか、だと」

「マイノリティだってなら、オレだってそうだし、そこの羽がある男だってそう。他に裏見もそうだ。少なくとも、ここで自慢気に言うには人数が多すぎると思うぜ」

「ぼ、僕は支配者──」

「──ああ、それそれ。お前の何処が支配者だってのかがオレにゃちっとも分からねェンだわ」

 零二の言葉は容赦なく辛島へと叩き付けられる。

「な、な、」

「テメェの云う支配者ってのは何なのか、オレに教えてくれねェか?

 それに今ならチャンスだと思うぜ。何せ見ての通りのズタボロ、半分死ンでようなモンだからな」

 零二は露骨に目の前の相手を挑発してみせる。

「どうした? やってみろよ」

 目を細め、真っ直ぐに見据えるのだった。


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