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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 13
449/613

フール&パペッター(fool&puppeteer)その21

 

「九条羽鳥…………」

「はい、そうですよファニーフェイス」

 目の前に九頭龍、いや、WD全体に於いても巨大な権力を持つとされる人物がいる。

 それもたった一人で、だ。

「どういうつもり、でしょうか?」

 美影はどうして自分が相手に対して敬語など使ったのか、と言い終わってから思う。

 目の前にいるのは、今この事態を招いた張本人。

 一ヶ月前に九頭龍を騒然とさせた諸々の事件、その発端となったWD九頭龍支部襲撃事件にて命を落としたとされる人物なのだから。

 彼女の生存を知っている者は少ない。WD内に於いてすら、その事実を知るのは零二などを除けば上部階層(オーバークラス)やその側近の者位であり、ましてや対立関係にあるWGに於いてそれを知る者など果たして何人いるのか。

 そんな人物が今、目の前にいる。あくまでも単なるエージェントにしか過ぎない彼女が戸惑わない方が無理と言えた。

 そんな美影の心中などお構いなしに九条は話を切り出す。

「今回の一件、出来ればWGには関わって欲しくない。それが私の考えです」

「どうして、でしょうか」

「簡単な理由です。貴女もご存知でしょうが、この一件にはギルドが関わっています。あの結社は九頭龍ではまだ取るに足りない存在ではありますが、欧州ではWDやWGであっても無視は出来ない影響力を持っています」

「それくらいなら、知ってます」

「はい。では問いましょう。ギルドは今回の一件で何を求めているとお思いですか?」

「え、それは……アタ、私や武藤零二を狙っていたのだから、お金、……いいえ、私達を倒した、という実績だと思います」

「無理して口調を変えずともかまいませんよ。実績、それも一つでしょう」

「他に、あるというコトですか?」

 美影は問いかけながら、いつの間にか自分が相手の話に前のめりになっている事を自覚せざるを得ない。

 まるで教師とその教え子のような感覚、とでも言えばいいのか、いずれにせよ美影の中で相手との話が、何か重要な事だという確信は深まっていく。

「一言で言えばギルド(かれら)()()を求めているのです」

「口実、?」

 九条はこくり、と頷く。

「そう、口実です。口火と言い換えてもいいでしょう。ギルドとは歴史ある犯罪結社です。彼らには彼らなりの伝統、つまりは手順があり、その中には新たな市場への進出に際する手順なるものも存在するのです」

「じゃあこれはギルドにとって……」

「彼らにとってはこの件で派遣した二人は生け贄です。自分達の息のかかった者がよその土地で殺される、それを口実として相手への復讐と称して新天地へと進出する。彼らの常套手段です」

「…………じゃあ、アタシが口火を切ったのね」

「結果的にですがその通り。最初から捨て駒として扱われているとは、派遣された当人達は知る由もないでしょうが」

「でも今更手遅れです。アタシはこの手で彼らを倒した。それはもう変わらない事実なんだから」

「いいえ。まだ彼らはこの事実を把握してはいません。ですので打つ手はあります」

「?」

「簡単な話です。ギルドの二人が()()()()()()()()、極々単純な話です」

「どういう──」

 美影が問いかけを終える前に事は終わった。

 九条羽鳥はパチンと指を鳴らした瞬間、突如として会議室で凍り漬けとなったボリスとミロンの両者が消え去る。

「──!」

 美影の目からすればそれは消え去った、というより喰われたという方が正しい表現に思えた。

 何もなかったはずの虚空から黒い渦のようなモノが浮かび上がり、周囲の何もかもを丸ごと飲み込んだ。

 渦の周囲にあったモノは氷であろうと、人体であろうともお構いなしに失われ、そこにはもう痕跡すら残ってはいない。

「これは──」

「これで彼らはいなくなりました。ギルドには彼らを探す術はありません」

「────ッッッ」

 美影は言葉が出ない。目の前で起きた出来事にただただ圧倒され、唖然とするのみだった。

「いずれはギルドも九頭龍に進出してくるでしょうが、しかし当面は見合わせる事でしょう」

 あくまでも九条は淡々と事務的に話す。それは機械、或いは人形のようであり、美影にはおよそ人間とは思えない。

「それで、アタシにどうしろ、というの?」

「簡単な事です。今回の一件はWD内部での揉め事だと思ってください。解決は彼ら自身に任せるのが一番。これ以上WGの一員である貴女が関われば複雑になるだけです。

 それに、今頃WG(そちら)はそれどころではない事態になっているはず。至急、支部へ行く事をお勧め致します」

 じ、と美影を見る九条の目もまた、およそ感情の起伏は読み取れない。

 少しの間、ほんの十数秒の沈黙の後。

「────分かったわ。今回はアナタの言う通りにする」

 それだけ言うと美影は九条に背中を向け、去っていった。



「何故殺せと言わなかったのですか?」

 声を発したのはシャドウ。九条羽鳥の補佐役であり、彼女に常付き従う従者でもある青年。

 ギルドの二人を消したのも、九条羽鳥が美影の傍に突如として姿を現せたのもこの青年のイレギュラーである“ダークワールド“の仕業。

「何故殺さねばならないのですか?」

「彼女は危険です。あれだけの氷炎を同時に手繰れるマイノリティなど世界中を探してもいるかどうか。放置すればクリムゾンゼロ同様、いずれは脅威となります」

「そうですね。その可能性は大きいでしょう」

「でしたら、──」

 シャドウの言葉は九条の手で遮られる。

「だからこそ、彼女は興味深い・・・・

「…………はい」

 シャドウはそれ以上の口を挟むのをやめた。敬愛する九条が興味深いとまで言い切った。つまりはあの黒髪の少女が相応の価値を持っている、少なくとも上司たる淑女はそう判断したのだ。それに口出しする事など自分には出来ようはずもない。

「では、」

 シャドウはその異名が示す通りに姿を消す。

 いついかなる時であろうとも、九条羽鳥の傍らにいる事こそが彼の存在意義なのだから。



 ◆



「────」

 美影は冷や汗をかいていた。

 つい今し方目にした光景が目に焼き付いて離れない。

「あれが、シャドウ……」

 九条羽鳥の傍に控えるそのエージェントの存在は噂には聞いていた。

 九条羽鳥の右腕であり、強力なイレギュラーを使うマイノリティである、と。

(あんなの、強力なんて生易しいモンじゃないわ)

 あれは殺しですらない。ただその場に在ったモノをこの世から消しただけ。もしも今のが自分を狙ったのであれば果たして躱す事が出来ただろうか、と。そう思うと戦慄を隠せなかった。

(あれは()()。だから殺意すらなかった)

 殺意なき攻撃、いや、清掃行為に誰が反応出来るだろうか、と。

(あんなのがいるのに、九条羽鳥はWD九頭龍支部から追い落とされた、?)

 それは妙だと思った。今の今まで九条羽鳥は死んだ、殺されたのだと思っていた。

(違う。確信はない。ううん、違う……)

 それは判断材料としては短すぎる時間だった。本来の、常日頃の自分ならもっと相手についてじっくりと考えていたに違いないのだが。

(確信はある)

 九条羽鳥という存在を目の当たりにし、美影は痛感した。

 これまで多くのフリークとなった相手と戦ってきた。

 理性を喪失し、本能の赴くままに暴れ回るだけの存在と成り下がった多くの怪物を倒した。

(だけど、)

 美影はかぶりを振る。自分はこれまで見てきたつもりだった。そう思っていた。

「…………」

 一見すれば別に特段何か外見が違う訳ではない。整った顔立ちこそしていたが、見た目は人間そのものだった。

「だけど、誰よりも」

 あれは得体の知れないナニカだと、そう思ってしまった。ヒトの形、皮をかぶった全く別のモノ。それ以上どう形容すればいいのかも分からない。

(あんなの比べたらフリークなんてまるで子供みたいなモノ)

 彼女と戦ってはならない。

 戦っても勝ち目が見えない。

(前の支部長達が敵対しなかったのも納得。それに、)

 彼女を倒すつもりならば、その前に控えるあのシャドウを打破しなければならない。

(何はともあれ、今はまず支部に戻らなきゃ)

 九条羽鳥の言葉を受けたからではないが、美影は嫌な予感を覚え始めていた。

 そしてその予感は的中する事となる。


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