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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 13
448/613

フール&パペッター(fool&puppeteer)その20

 

「や、めろよ」

 裏見返市は今にも消え入りそうな声をあげる。

 これでも銃を扱う為の訓練は積んできた。

 しかしそれでもなお、かたかた、とした震えは彼が銃を使い慣れない、というよりは目の前の相手に抱く記憶のせいだろうか。

「は? なにやってんのお前」

 一方の辛島綾取は湧き上がる怒りを抑え切れなくなっていた。この状況下。自分とイーグルの二人で無防備な武藤零二を殺す。無抵抗の相手を容赦なく、出来るだけ残酷に殺す事を考えるとさぞ気分が晴れるに違いない、と思っていた。

 つつ、と頬から流れ落ちる血が地面に落ちていく。

「あのさぁ、お前。なにしてくれちゃってる訳?」

 それが水を差された。相手はよりにもよってかつて自分がおもちゃとして遊んでやった奴だ。自分に全く刃向かう事もなく、やりたい放題されても何も言い返せないクズ。

「お前みたいなクズが僕に傷をつけていいと思ってんのかよ? イーグルッッッッ」

 辛島の声が聞こえたか否やのタイミングでクルーカットの白人は動く。数メートルの近距離ではあったが殆ど一瞬で間合いを詰める動作に一切の無駄はない。

「悪いな」

「────」

 裏見が銃口を向ける前に決着は付いた。

「あ、っっっ」

 気付けば裏見の身体は宙に浮いている。

「あ、はっは」

 思わず笑っていた。血が噴き出していて、肩口からばっさりと切り裂かれたらしい。

(これで死ぬ、か)

 だが不思議と嬉しかった。ずっと出来なかった事を出来た。それが嬉しかったから。

(案外簡単なんだな)

 そう思う中で裏見の意識は途切れる。



「くっだらない。本当にくっだらない」

 唾を吐き捨て、辛島は毒づく。

 ヒリヒリとした痛みが余計な苛立ちを煽る。

「あー、痛い痛いあんなヤツに。あんなクズにこの僕が。

 クソ、まぁいい。本題に入らなきゃな。イーグル」

「問題発生だ」

「はぁ? 何がだよ……うっ」

 辛島は思わず身を震わせる。その視線に映っているのは。

「よぉ。誰だお前ら?」

 目を覚ました零二だった。



「む、武藤零二、っっ」

「ああ。で、お前は誰だ」

 零二は不機嫌だった。彼の記憶では最後に第三者によって気絶させられた。確か空き教室にいたはずが屋上にいて、銃声で目を覚ませば、裏見が発砲、そして誰かまた知らない相手によってやられていた。その上で、だ。如何にも偉そうな口調の誰かの聞くに耐えない罵詈雑言。自分の事でもないのに無性に腹立たしかった。

「答えろよ」

「え、はばっ?」

 辛島は我知らず内に後ろへと後ずさっていた。

「お前はオレの敵なワケだろ? せめて名乗れってのさ──」

 零二は苛立ちを隠さずに地面を踏みつける。踏みつけられた地面、コンクリートが砕け、足がめり込む。

「ひぃっ、イーグルッッッッ」

 辛島は完全に呑まれた。そもそも自分は荒事はからっきしなのだ。だからこそここにはあいつがいる。

「サー、ボス」

 イーグルが零二の眼前に接敵。そのままの勢いを活かしラリアットを放つ。

「う、おっ」

 零二は両腕を前へ出して受け止めるも体格差と勢いに押され、後ろへと飛ばされる。そのまま屋上から落ちるかと思われたが、足で手すりを蹴ってそれを拒否。

「ラアッッ」

 逆に相手へと飛び膝を放つ。カウンター、タイミングもバッチリの一撃は命中するかと思われたが虚しく空を切る。

「ちェ、先制とはいかねェか」

 零二は視線を上へ。

「────」

 屋上からおよそ十メートル程度の空中に、背中から文字通り羽をバサバサと羽ばたかせるイーグルの姿。

「上等じゃねェかよ、オイ」

 獰猛な獣を思わせる笑顔を浮かべ、唇を親指で弾いた。



 ◆



「ふぅ、やれやれね」

 一方美影は、ギルドからの刺客を返り討ちとし、屋上へと向かうべく会議室を後にした時だった。


 ピピピピピ。


 それをスマホの着信音が制した。美影のスマホに入っているアドレスは深夜に登録した桜音次歌音を除けば、あとはWG関係者のみ。日頃より自分から使う事もなく、殆ど活用しないこのスマホは着信音も初期設定のまま。今回かけてきたのは副支部長である家門恵美から。

「はい、」

 ──あ、もしもし。美影ちゃん。俺だよ春日歩ですよ。

「げっ」

 美影の顔が曇る。

 家門から、という事で出た訳だが、相手はよもやの春日歩。

 ──げっ、って何よ。俺の事そんなに嫌ってるの?

「いえ、嫌ってるとかそういうワケではないんですけど……」

 ──おっかしいなぁ。俺、君に何かしたっけ? いや、まだ何もしてないよな、うん。

「…………ハァ」

 嫌ってはいないが正直言って苦手なタイプだった。

 とかく軽い。その言動の悉くが軽く、責任感など持ち合わせてはいないのでは? と思ってしまう。

(これでも日本支部長や議員の人に気に入られてるそうだし、)

 その人脈は普通ではなく、地位と権限を持った人物から信用がある。その点だけで責任感が欠如してる、という事はないとは理解してはいたのだが。

 ──うーん。おっかしいなぁ。俺、女子高生には手出ししないってルール破ったかぁ?

 通話先でこんな事を呟いている相手に、一体どう接すればいいのだろうか、と思ってしまう。

(それに、支部長はあの武藤零二バカの兄弟らしい、し)

 どうにも零二の顔がチラついてしまう。どうにも上手く接するのが億劫な気分になってしまう相手、それが美影にとっての春日歩という人物だった。

 ──あ、ちょ、待ってよ。

 ──どいてください。支部長ではいつまでもたっても話が進まないので。怒羅さん、家門です。

「あ、家門さん。ご用はなんでしょう?」

 美影は通話相手の変更に正直ほっとした。

 家門なら春日歩のような話の脱線もないだろう。それにこのスマホにかけたのは、何か用事があるからこそだろう。

 ──任務要請です。それも日本支部から緊急の。

「日本支部?」

 思わぬ言葉に美影は戸惑いを隠せない。

 ──ええ、詳しい情報はセキュリティの問題から支部で。至急向かって下さい。

「え、あ、ハイ」

 曖昧な返事をしてしまった自覚はあったが、それは今、自分が置かれてる状況を放り出すような行為に後ろめたさを実感してしまったから。

 今まさにここは戦闘状態。刺客は返り討ちにしたものの、これで終わりだとも思えなかった。

「でも、支部からの指示は」

 かといって緊急の任務要請を無視する訳にもいかない。何故なら自分はWGの一員なのだから。

「どうしました。ここで迷う必要がありますか?」

「え──?」

 不意に声をかけられ、美影は思わずその場から飛び退いた。

 いつの間にか背後に人がいた。

「アナタは誰────!!」

 振り向き様に攻撃態勢を取った美影だが、相手を見て動きが止まる。

「そ、んな。ウソでしょ」

 そこにいたのは一人の淑女。整った目鼻立ちは街を歩けば十人中十人が振り返るに違いない。

 だが絶世の美女、というには何処か陰がある。近寄るのを憚ってしまうような雰囲気はどこまでも冷ややかな印象の目は、何もかもを見通すかのような鋭さを感じさせる。

 例えるならば、生き物というよりは整えられ、造られた人形のような女性を美影は知っている。いや、美影に限らずこの街のWG関係者であれば誰もが知っていなくてはならない。何故なら、彼女は。彼女こそは。

「こうしてお目にかかるのは初めてですね。怒羅美影さん」

「ピースメーカー、────」

 そこにいたのはほんの1ヶ月まで九頭龍におけるパワーバランスを支配していた人物。九条羽鳥だったのだから。


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