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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 13
445/613

フール&パペッター(fool&puppeteer)その17

 

 美影がボリスとミロンの両者を撃破する少し前。

 拝見沙友理は電話を片手に何者かと話していた。

「ええ、そう。刺客が来ました」

 WD九頭龍支部が事実上崩壊して一ヶ月。九頭龍に於けるWD関連の事件は増加の一途を辿っていた。

 それまで九条羽鳥、という要石とも云える統治者の睨みがあったからこそ、彼女の傘下にあったWDエージェントもまた大人しく従っていた。

 だが、その睨みはもう存在しない。九頭龍羽鳥はこの街からいなくなったのだから。

「はい。今回はギルドが手を出してきました」

 今や九頭龍の治安はかつてなく悪化しつつある。

 WG九頭龍支部は頻発するマイノリティによるイレギュラー事件への対応により、今にもパンク寸前。拝見の調査ではどうやらよその支部から応援要請をしたらしい。近日中にも応援要員がこの街に来るだろう。

 だが変わらない事実もある。

 武藤零二は賞金首のまま、未だ狙われ続けていた。

 これまでも幾度となく様々な依頼を受けた殺し屋や、名を上げようと襲ってくるWDエージェントがいたが、それでも九条羽鳥という存在が睨みを効かせた結果、本当の意味で厄介な相手はこれまで襲って来なかった。

「はい。ギルドのみならず、他の勢力も動き出しています」

 九条羽鳥という存在が、WD内部でも大幹部とでも云うべき存在だというのは、半ば公然の秘密だった。彼女の庭先である九頭龍で勝手な真似をする、という行為はWDを敵に回す事に繋がる。実際にはそこまで大きな力はなかったのだが、そう思わせる事により、九頭龍の治安は、付随して零二の安全もまた守られてきた。

「ええ、あなたの()()()()の事態です」

 九条羽鳥という存在は、WGにとってのみならず、WDにとっても巨大な壁であった。堤防が切れた川に大雨がなだれ込めばどうなるかは明々白々だ。水は溢れ出し、洪水が起きるのみ。

「はい。ではまずは彼の保護を優先に──」

 プツン。通話はそこで終わる。どのみち時間はあまりない。

 拝見沙友理はこうなる事が分かっていた。いや、彼女でなくとも、ある程度目端が利くのならこうした事態に至る可能性は予想出来たに違いない。

「さて、本当なら荒事は勘弁して欲しいのだけど……」

 視線を巡らせば、零二は彼女のイレギュラーによって眠りの中にあり、裏見返市は気絶したまま。裏見は戦闘には全く向いていないので論外だとして、未だ零二は無防備に眠ったまま。

「仕方ないわね」

 拝見は屋上から飛び降りる。楽々と着地を決め、学舎の壁に立てかける格好にしていたバイクへ駆け寄る。手早くヒールのついた靴を投げ捨て、サドルを動かし、中から出したスニーカーを履く。

「まぁ、やるだけはやらなきゃね」

 目を細め、表情を引き締める彼女の視線の先に映るのは、大勢の武装した男達の姿。その格好や武器は金属バットから銃火器、包丁とてんでバラバラであり、彼らが準備などせずにこの場へと赴いた事が察せられる。

「小物なりに勇気を出して来たのだから、歓迎しなきゃ」

 ふふ、と挑発的な笑みを浮かべると、バイクに跨がり、エンジンを始動。アクセルを吹かし、男達の中へと迷わず突っ込む。

「行くわよ──」

 勢いをつけたバイクの車体を地面すれすれまで傾け、拝見は素早くバイクから離れる。担い手を失ったバイクはそのまま男達へと突っ込んでいき──。

「時期は逸したけど、」

 拝見はスマホで何処かに着信。それはバイクに仕込んでいた爆薬の起爆スイッチを起動させ──爆発を引き起こす。

 ドオン、という轟音。

「遅めの花火よ。歓迎するわよ、馬鹿な犯罪者さん達」

 爆炎と爆風が吹き荒れる中、拝見沙友理は微笑んだ。




 そしてその号砲は近くのビルから様子を窺っていた何者かの耳にも届いた。

「ちょっと待てよ。何だよこれはさァ」

 苛立ちのままに目の前にあったテーブルを蹴り飛ばす。

「うっ、……ちくしょっっ」

 感情の赴くままに、力任せに蹴り上げたすねに痛みが走る。

 スニーカーの靴裏からは砂が飛び散り、室内に置かれていたテレビのモニターに亀裂が走った。

「ひいっ」

 その音に床に寝かされていた親子が悲鳴をあげる。目隠しに、猿ぐつわ、手足には結束バンドが施された彼らこそ、この部屋の本来の住人。

 働き者の父親とその息子。父親はいつも通りに会社へ出かけたのだが、すぐ後に宅配便を装った男によって即座に拘束。

 昼休みに息子に昼食を与えようと帰ってきた父親が目にしたのは拘束され、ナイフを喉元に突きつけられた息子の姿。そして彼らの日常は崩された。

「くっだらない。くっだらない」

 目隠しされている以上、相手の顔は分からないが、ここにいるのは二人。一人は自分達を拘束した何者か。素人目でも分かる、自分達とは住んでいる世界が違うのだと。

 そしてもう一人が後から部屋に入ってきた男。

「くっそ、くっそがぁ」

 ガタンとした物音は本棚辺りが崩れた音だろうか。

 今、大声をあげて怒鳴り散らしている誰か。明らかに加工を施された声からは性別を察する事は出来ないが、この情緒不安定な言動からはまだまだ未熟さ、年若い印象を隠しきれない。

「ち、もういい。くっだらない。行くぞ」

 ひとしきり暴れて気分が落ち着いたのか、はぁ、はぁ、という息切れした声には若干苛立ちが減じているように思える。

 何にせよ、ここから出て行くのであればそれでいい。息子が無事なら、それでいい。しゅる、と目隠しが外される。目に入るのは自分達を拘束したクルーカットの白人男性。

「おい。何余計な事やってんだ?」

 もう一人は玄関先にいるからだろう、姿は見えない。ち、と露骨に舌打ちを打っている。

「こいつらの口を封じとけ。そうすりゃ余計な心配もないんだから」

 バタンとドアが荒々しく開かれ、出て行く。

「すまない」

 クルーカットの白人男性はそれだけ言う。

「パパ、パパっ」

 父親の耳に息子の心配そうな声が届く。彼は自分がどうなるのかを理解せざるを得ない。

「頼む、子供は。子供だけは────」

 ゴシャ、という何かがめり込む音が響く。


 バタン。

「封じたか?」

「……イエス、ボス」

 クルーカットの白人男性の拳には真新しい血がこびりついている。

「そうそう。飼い犬は忠実。それでいいんだよ」

 満足そうに笑いながら、二人は動き出す。目指すは九頭龍学園。自分達の仕掛けがどうなったかをこの目で確認する為に。


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