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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 13
444/613

フール&パペッター(fool&puppeteer)その16

 

「ミロンッッッ」

 ボリスが叫びながら、前へと突っ込んでいく。

 こんな光景など想像もしなかった。

 誰よりも凶悪で強いはずの相棒が、今、眼前にて血塗れとなっている。

 砂を操り、多少の炎など意にも返さない。それはつまりミロンは美影にとっての天敵だという事だ。だからこそボリスは安心してしまった。

 予想外の氷結能力、という事態こそあれど、それでもミロンが勝つ。そう思い込んでいたのだから。

「ウ、グムッウウウウウウッッッ」

 だが今、目の前では相棒が窮地に陥っている。

 絶対最強、そんな事など有り得ない。単なる都合のいい妄想に過ぎない、と云わんばかりに。

「クソッ、メスガキィィィッッッッ」

 絶叫しながら激高したボリスは、自分の全てを出し尽くすかのような勢いのままにイレギュラーを解き放つ。メキメキ、と全身から無数の針を飛び出させ、それを今度は集約、一本の巨大な針へと転じる。

「ウガアアアアアアアア」

 そしてそのまま特攻。針、というには余りにも長大なそれは最早ドリルのようであり、実際その針はギュルギュル、と回転を始める。

 ボリスはここに至り、自身のイレギュラーを発展させた。

「──!」

 美影は迎撃とばかりに右手を一振り。無数の火球を放つ。さっきまでとは違い、様子見ではない火球の威力は段違い。これで充分だと思えたのだが。

「ハァ、っっっっっっ」

 ボリスは止まらない。

 火球は狙い通りに直撃していくのだが、ドリルによって引き裂かれ、威力の大部分を削がれ、効果をもたらさない。

 とは言え、ボリスは本来小心者であり、普段ならばこの時点で萎縮。突撃は止まっていただろう。だが。

「ミロンッッッ──!」

 今の彼の頭の中を占めていたのは自分の事よりも、今にも死するだろうミロンの事。少しばかりの火傷や痛みなど感じている暇など皆無。

 皮肉な事に、この状況に於いてボリスは完成した、と云える。

 かつてロシアンマフィアの幹部達がミロンと組ませた理由。

 ボリス本人は単に偶然だろうと思い込んでいたのだが、それは違う。

 自分達の手駒の中で一番期待出来るからこその抜擢だった。

 ただ本人に自覚がなかった。自分が周囲に期待されていると。ミロンにも並べる可能性を見込まれていたのだと。

 無我夢中。この瞬間。彼は殺し屋、いや、それ以前に戦士として完成した。


「────そう」

 美影は自分の想定が甘かった事を自覚した。

 彼女はボリスという相手は小心者だと看破していた。

 何せ戦闘中、二対一の状況を活かせる状況はこれまで幾らでもあったはずにも関わらず、ここに至るまでそれがなかったのだから。

 確かにもう一人、ミロンが強いというのは理由の一つだろう。

 どう贔屓目に見ても理性が吹き飛んだ相手に、万が一にでも攻撃を加えてしまえば狙われるのが恐ろしかった、という可能性もある。

 だが、そうだとしても。援護すらないのは妙だった。

 当てるつもりがなくても、針を飛ばすだけでも牽制なら出来る。それすらしないのは、自分に自信がないからに他ならない、と美影は考えていた。

 だがそれもこの状況に至り、変わった。

 もう一人の小心者は、窮地に陥った事で吹っ切れたようだ。

 こうなってしまえば牽制は無意味。無駄な労力でしかない。

「アアアアアアアア」

 ボリスが身体を燃やしながら突っ込んで来る。ドリル状に変化させた針が回転を早める。直撃すれば美影の肉体など容易く貫き通し、臓腑はズタズタ。下手をすれば即死も有り得るだろう。

「でも、──」

 だが美影はあくまでも冷静だった。

 確かに炎は通じにくいのかも知れない。

「──それがどうしたの?」

 冷静に左手を下へ向けて降り下ろす。

「ア、アアアぐ、フグウ、うう──?」

 我に返ったボリスは突然、動きが遅くなった事を自覚。ペキペキ、という何かが割れるような音が足元から聞こえ、視線を送る。

「これ、は?」

 ボリスの足元が氷結しつつある。一体いつの間にそうなったのか、周囲の床一面が凍っているらしく、キラリと光っている。

「く、あ、う」

 それだけではない。足元のみならず、顔、肩、腕、……全身が氷に覆われつつある。

「ハァ、まだだ──!」

 ボリスは全神経をドリル状の針へと集中。回転とそれによって生じる振動により、全身を覆い尽くさんとする氷を溶かし、割っていく。

(そうだ、俺はこんな程度じゃ止まらない)

 そう。ボリスは止まらない。確かに最初の速度こそ削がれたが、狙うべき相手はもうほんの二歩程度。もうあと少しで届く。

 だが、彼女にはそれで充分。

 傍目からは、ほんの僅かの時間稼ぎ。されど美影にはそれで事足りる。

「──【オブセッションズパニッシュ】」

「────ハ、ア、!」

 砕いたはずの、割ったはずの、溶けたはずの水滴が再度凍っていく。それのみならず、氷は互いに繋がっていき、ボリスの動きが止まる。

「ク、ハァっっ?」

 そしてドリル状の針の回転も少しずつ止まっていく。ギュオオオ、という勢いのある回転音はカラカラ、と空回っていき。尚且つ、軸にも氷がまとわりついていく。

 まさしく戒め、動きは遮られ、その上。

「、っは」

 メキミキ、という嫌な音はボリスの骨が軋み、砕けていく音。

 まるで万力にでも押し潰されるような感触が全身に生じる。

「終わりね」

 そう。美影にとってこの対決は既に詰みだった。彼女が氷による戒めを解き放った瞬間に勝負は決していた。

 ミロンには炎は通じにくい。なら、凍らせるまで。周囲を凍らせ、動きを止めればいい。相手のイレギュラーは未知だったのが不安要素だったが、問題なく通じた。もう一人のボリスもまた炎へ一定の耐性があったのは完全に想定外ではあったが、それも問題ない。

 ミロンは全身を氷に貫かれていた。氷が生じたのはミロン自身の体内から。美影の氷に接触した結果である。美影の氷に影響され、体内から飛び出した己自身の水分・・・・・・。これが彼の全身を貫いたモノの正体。

「ウ、ム、ウグオオオオ」

 ミロンは呻き声をあげ、迫り来る死に抗わんとするも、多量の出血のせいだろうか既に全身からは力が抜け落ちている。砂を繰り出そうにも、気力も失われつつあった。更に付け加えるならばミロンが流した血液そのものすら凍り付き、ミロンを赤い氷柱に作り上げていく。

 彼は幸いだったのかも知れない。自制心を、半ば理性を失っていたからこそ、様々な感情、特に恐怖を覚える事もなく呑み込まれていくのだから。

「ミロンっっっっっっ、くっっっそおおおおおお」

 ボリスにしても全身を覆っていく氷の圧力を前にして、何の抵抗も叶わない。彼は理解する他なかった。自分、自分達が誰を相手にしていたのかを。

 噂だと思っていた。異国の話だから、自分達に伝わるまで話に尾ひれが着いているに違いない。だから、実際に相対すれば勝てるだろう、と。たかをくくっていた結果がこの有り様。

(ハァ、ばかばかしい。相手を舐めてかかった結果がこれだ)

 皮肉混じりに笑おうにも、もう口も動かせない。氷はいよいよ全身全てを覆っていく。

(クソメスガキ、大したこともんだぜ)

 ピキ、ピキ、ピシ。

 ドクン、ドクン…………ど、……………………。


「…………ふぅ」

 五体満足でそこに立っているのは美影ただ一人。他に会議室内にあるのは、最早物言わぬ二つの氷の彫像だけが残されるのであった。


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