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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 13
443/613

フール&パペッター(fool&puppeteer)その15

 

(ったく。やれやれね、ざまぁない)

 それが美影がこの状況に陥って、まず思った事。

(ホントなっさけない)

 散々っぱら分かりきっていたはずなのに。

 油断禁物、どんな相手と対峙するにしたって決して気を抜いてはならない。そんな当たり前の事、今更ながらに実感する羽目になるだなんて。

(あ~あ、ホント。イヤになっちゃう)

 そもそも二対一、という段階で相手が格下だろうが何だろうとも、不利な状況だったのだ。それなのにも関わらず、こうして上を見上げている。

(イヤだイヤだ、これじゃレベッカに笑われちゃうわ)

 拳が迫ってくる。躊躇いのない剥き出しの殺意が迫ってくる。

(うん、コレはアレだ)

 敵の様子には見覚えがある。

 様々な実験を受けていた頃に見た()()()()の中にこういった存在がいた。

(多分、理性が飛びやすくされてる)

 美影がまだNo.13と呼ばれていた頃、白い箱庭で目にした。

 投薬によって自制心を限りなく弱め、フリークに限りなく近付ける実験。

 限界まで理性を弱め、それでいて一定水準の知性は保たせる。

 フリークとは自制心を失い、暴走したマイノリティの成れの果て。

 もはや獣と変わらない存在なれど、自制心を持たない事により、イレギュラーを限界まで扱える。肉体、精神の負担など気にもしないから、何の躊躇もなく能力を使える。

(ああ、そっか)

 美影には目の前、上から拳を振り下ろす相手が哀れに見えた。

 相手が必ずしもあの白い箱庭に関係しているかは分からない。分からないが、それでも哀れに思えた。

(おこがましい、って思うけど)

 そもそも自分自身がタイプこそ違えど研究用の実験動物だったのだ。だから知っている。他人からの同情がどれだけ惨めに思えるのかも。

 当人からすれば別に他意はなくとも、無意識で相手を自分よりも不幸で、可哀想なのだと思われるのがどんなに嫌な気分なのかも、よく知っている。

 拳がいよいよ迫る。狙いは顔面、直撃すれば即死しかねない程の勢いの乗った一撃が迫る。

(ああ、だってのに、どうしてだろ)

 自分でも驚く程に冷静に状況を判断出来る。

 淡々と事態を把握して、そこからどうすべきなのか。自分に降りかかりつつある危機なのに、まるで他人事みたく、客観的に観れてしまう。

(まぁ、理由は多分……)

 きっかけは恐らく、魔術師と名乗った摩周という怪人と戦いだったに違いない。あの時、絶体絶命の窮地に瀕した美影は新たな力に目覚めた。

 そして彼女は理解した。

 違う世界の見方が、認識がある事を。

 まだその能力は使っていない。使わなくても、()()()。相手の拳を、視線を、何よりも熱の流れを感じ取れれば問題ない。

 良くも悪くも相手の攻撃が上からの拳の振り下ろし、という一点だった事も美影に余裕を与えた。単調な攻撃はタイミングさえ掴めば容易く躱せる。

(最初のはマズかったけどね)

 この状況に陥るきっかけとなった初撃。一瞬意識が飛びそうになった一撃を受けた瞬間、美影は自分の指先に小さな氷で象った棘を突き刺した。

 ズキン、という鋭い痛みで飛びそうになった意識を揺り戻し、そして何とか致命的な隙を最小限に抑えたのだ。

(まぁ、ともかく……)

 ここまで時間に換算してほんの三秒から四秒。

 その光景は傍目は、ミロンの暴虐の前に一方的に蹂躙されているような印象に映った事だろう。だが、実情は異なる。



「やっちまえミロンッッッ。ブチ殺しちまえっ」

 ミロンの長年に及ぶ相棒たるボリスさえ気付けなかった。

 彼からすれば、背中越しに少女に馬乗りとなった相棒が拳を振り上げ、叩き付けているようにしか見えない。いつもと特に何も変わらず、暴走状態に入ったミロンがイレギュラーを用いて攻撃しているようにしか見えない。

 ボリス以外、何人がミロンのイレギュラーを知っている事だろうか。

 ミロンのイレギュラーは”砂”。とは言っても砂を自在に操れる訳ではない。出来る事と言えば、砂で自身の拳を固め、重量を増す事。

 それから体外に砂を撒き散らし、攻撃を遮る事。あとは応用として自分に触れた相手に()()()()()()事位だろうか。彼に迂闊に振れてしまえば最後、毛穴などから体内に砂が入り込み、窒息死。相手は何故死ぬのか分からないまま絶命。砂は異物である標的の体外へと排出され、証拠は残さない。

 ボリスは幾度となく目にした。普段温厚な相棒が暴走、他者を手にかける時に見せるあの歪んだ笑みを。それは日頃抑え込んでいる感情の発露なのだろうとボリスは推測する。以前、機会があったのでミロンについて調べた事がある。何故、ミロンはあんなにも恐ろしいのかを知るべくだ。

 結論としてあまり多くの事は分からなかった。

 両親は不明。恐らくは産まれてすぐに捨てられていたのを、ロシアンマフィアの幹部に拾われた。

 幹部は別に親切心からそうしたのではなく、単に組織内で飼っている研究者が実験動物を探していた、という理由だったらしい。

 研究者の研究内容は詳しくは分からない。ただやがてマフィアでも扱いきれなくなり、消そうと試みるも失敗。研究者自身も日本の研究施設に所属し、二年前・・・に死亡したらしい。

 研究者の作品だったミロンは、組織でも一番の殺し屋として活動。だが扱いは難しく、やがて持て余した結果が今の状況。

 マフィアからギルドへ。犯罪組織から犯罪結社へ。結局やっている事は殺し屋でしかない。

(俺は、いや俺達はもっと上へ行くんだ)

 今回、ギルドを支配する一族からの依頼を受けたのも、ひとえに上へ行く為。ミロンは足を洗いたがっていたし、自分もチンケな掃除屋で一生を終える気はない。

 獲物は二人。クリムゾンゼロ、ファニーフェイス。どちらも裏の世界じゃ有名人で、どっちを仕留めても大金が転がる。

 ボリスはこの九頭龍に根を張る事も考えていた。この地はまだまだ入り込む余地がある。街の発展というのは良いことだが、その一方で様々な歪みも生み出す。光が眩しければその分、闇も、影もくっきりと映えるように。

 ボリスの目にはこれからの展望が広がっていた。

 その足がかりとして、あの標的にここで死んでもらう、はずだった。


 ”ゥ、ムアアアアアアアアアアギャアアアァ”


「──ハァ、?」

 ミロンの絶叫にボリスはようやく事態の変調を理解する。

 最強最悪、どんな相手だろうとも何の躊躇なく殺してきたはずのミロンが悲鳴としか形容出来ない声をあげていた。

 ここに至り、ボリスはミロンの異変に気付く。

 文字通りの意味で鈍器同然のミロンの拳が血塗れなのはいつもの事だが、見ればそれは返り血ではなくミロン自身の拳から滴っている。

 信じ難い事だが、ミロンの、砂の拳に傷を与えていたのだ。

「ったく、ようやく隙を見せたわね」

 相手の姿は確認出来ないが、不敵な声から察するに余力は充分に思える。

(ハァッッッ、何だっていうんだあのクソメスガキ──)

 意味が分からない。何故追い詰めたはずの獲物から、あんな言葉が発せられたというのかが分からない。

 嫌な予感を覚え、ボリスは自身も介入しなければ、と決意するのだが。如何せん後ろ姿からしか状況を見ていなかったボリスの動き出しは遅い。

 次の瞬間、突如としてミロンの身体が浮き上がった。

「ウ、ムッッッツウウウウ」

 ごほり、と咳込むのと同時に口からは血を吐き出す。

「ミロンッッッ」

 ボリスは一瞬、何があったのか分からなかったが、すぐに起きた事実を知る。宙に浮いたように見えた相棒の身体から血が滴っていく。


「────妄執の(オブセッションズ)戒め(パニッシュ)


 微かに光を発する何かがミロンに絡みついて締め上げている。それは無色透明の、無数の()()()()()()()だった。

 

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