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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 13
442/613

フール&パペッター(fool&puppeteer)その14

(数年前)


「…………あ~あ」


 気が付けばアタシは灰色の天井を見上げていた。

 勿論、寝転がってる理由は睡眠なんかじゃなくて、彼女と戦った結果。


「ねぇ、一番危険な状況ってどういったモノか分かる?」


 アタシを倒した張本人たるレベッカは唐突にアタシにそう訊ねる。

 いつもそう。彼女は不意にそういったコトをする。

 平時なら何でもないコトでも緊急時に、まして格上の相手に問われたら、目の前のコトでいっぱいいっぱい。ろくすっぽ頭も回らない。

 それで今、彼女との訓練で天井を見上げてる状態。相変わらず何をされたのか、よくわからない。それくらいあっという間の事だった。

 レベッカ・ビールス。

 通称”ファニー・フェイス”というコードネームで知られるWGニューヨーク支部所属のトップエージェントで、今はアタシの訓練教官。


 あの”白い箱庭”から出された後、アタシはあちこちの研究所を転々とした。それでどの位時間が経ったか、WG日本支部により、WD関連の研究所からようやく救出されたアタシは問題を抱えていた。検査の結果、いつイレギュラーが暴走してもおかしくない状態だったらしく、どうもそれを抑える為に体内には色んな薬品が入っていたそうだ。

 当面は研究所から押収した薬品で暴走を食い止められるそうだけど、調合がかなり特殊らしく、製造は難しいらしい。

 だから薬品による抑制ではなく、自分自身で()()する為に、というコトで招かれたのが今、アタシを見下ろしている訓練教官殿ってコト。


「一番危険な状況? 睡眠中とか?」

 答えながら、ゆっくりと身体を起こす。

 油断しようものなら、レベッカは即座に攻撃してくる。


「うーん。それも正解の一つだけど。いいわ、さぁ来なさいミカゲ」

 レベッカは手招きしつつ、トントン、とステップを踏み始める。

「アナタはワタシに何をしてもいい。とにかく一発でも入れば終わり」

 そう。レベッカとの訓練はずっとこう。ただひたすらに実戦形式で彼女と立ち合いして、一本取るまで延々と続く。

「はあっっ」

 火球を発現させ、彼女へと放つ。

 一見隙だらけにステップを踏むレベッカだけど、火球が迫った瞬間。間合いを詰め、アタシの目の前にいた。何回目だって見切れない。素早いとかそんなありふれた表現じゃ足りない。でも──ここまでは想定内だ。

「まだっっ」

 レベッカの接近は予期できた。だからアタシは事前に後ろへと飛び退いている。危なかった。あとコンマ一秒動くのが遅れてたら、今頃レベッカに一撃受けていただろう。でも、今は違う。引き寄せながら、火球を練り上げて変化。イメージするのは槍。炎で象った槍だ。

 ほんの数十センチ。それだけしか離れていない超至近距離から作り出した槍を放つ。躱せるはずなどない。そう確信しての一撃だったのだけど。

「──!」

 目の前、槍は空を切る。

「ハイ、チェック」

 声がかけられ、視界が真っ暗になり、グルンと身体が宙を舞う。

「──かっっ」

 背中から強かに叩き付けられる。空気が肺から抜けていくのが分かる。全身に電気でも走ったみたく、力が入らない。受け身を取れなかったら、気絶していたに違いない。そこに──。

 バン、という音が耳元に轟く。レベッカがダメ押しとばかりに足を顔のすぐ横に振り下ろしたのだ。実戦ならこれで間違いなく終わってた。

「…………まいりました」

 それが降参の合図。

 これでまたアタシは彼女から一本取れずに負けたワケだ。


「ハァ、また負けた」

 思わずため息が出る。これでかれこれ何度目かも分からない。途中までは数えていたけど、それももう馬鹿馬鹿しくて止めた。

 ジタバタと手足をばたつかせるのは子供っぽいとは分かってるけど、これ位は勘弁して欲しい。

「ハイ、お疲れ様」

 レベッカが寝転がっているアタシのすぐ横にスポーツドリンクを置く。

「ハァ、」

 空のような、抜けるように鮮やかなスカイブルーの髪の色。それからボブカットという髪型はまさに彼女の為にあるんじゃないかと思ってしまう。

「うん。反省する事は大事だよ。ミカゲは優秀だから、油断しちゃすぐに足元をすくわれそうだな」

 カラカラ、と笑うその笑顔がアタシには眩しかった。

 こんなに明るい笑顔。まるで太陽みたいな笑顔。ああ、何故こんなにアナタは嬉しそうなんだろう。



 ◆



 結局、その日もアタシはレベッカの前に手も足も出なかった。

 シャワーを浴び、汚れを落として、ロッカーで着替える。

 天井にはいくつものシーリングファンが、クルクルと回っている。ふわ、と壁に取り付けられたエアコンの風が肩に触れる。

 とりあえずシャツを着て、髪をバスタオルで拭きながら鏡の前で自分の顔を見てみる。

「…………やっぱり変な感じ」

 数年間、ううん、十年近くも色んな研究所を転々としてきたからだろうか。アタシは自分の顔がこんなだったなんてずっと知らなかった。

 ずっと研究用の実験動物(モルモット)として扱われてきた。ただ生きるコトだけを考えていて、だから、世間一般的な常識が欠けているのは自覚してる。レベッカにも指摘されたっけか。女の子なんだって自覚なさい、って。自覚して何か変わるの? 分からない、女の子が何なの?


「ア~、やっぱりお湯に浸かりたいね。ジャパニーズオフロは最高だもの」

 ペタペタ、とした足音。考え事をしてる間にレベッカがシャワーを終えたらしい。

 アタシから見ても彼女はキレイ、なんだうなと思う。

 スラッとした肢体には無駄なく鍛えられていて、かといって、丸みだってしっかりある。映画スターみたいな、感じって言えばいいのか。スーパーモデルみたいじゃなくて、もっとこう、何ていうか。ああ、もういいや。

「ウン、ミカゲはやっぱりカワイイわ」

「うひゃ」

 気が付けばレベッカがアタシの背中に抱きついている。

「ちょっと、レベッカ。やめてよ」

「いいなぁ黒い髪。アジアンビューティって感じで。ミカゲのは艶もあるし、もっと伸ばしてみてもいいかもね。髪、早く乾かしなさい、帰るわよ」

 パチンと肩を叩かれ、スカイブルーの髪をした女性は笑いながらロッカーへと歩いていく。彼女といるといつもこう。何だか調子が狂う。


「レベッカ。さっきの質問の答えを教えて」

「ん?」

 帰り道、宿舎として使ってる廃校へと向かう道すがらに聞いてみた。

「なにミカゲ? 質問って?」

「…………」

 やっぱりか。レベッカはいつもこうだ。自分から質問してくるくせに、少し間が空けばすぐに忘れてる。さっきのだって、駆け引きの一環だろうってのは分かってるつもりだ。意味なんてなかったのだろう。けど、気になってしまったんだから仕方ないと思う。

「手合わせの最中に聞いたじゃない。一番危険な状況って何って」

「あ~、そういえば言ったよーな」

「言った、絶対言った」

「アハハ。ゴメンゴメン」

「それで? 答えは何なの?」

「ウン、そうだねぇ。じゃあ、耳を貸して──」

 そして彼女は言った。答えは何てコトない。極々当たり前のコト。そんなの知ってなきゃ落第っていうレベルの常識みたいなモノだった。



 ◆◆◆



「ウムアアアアアアアアッッッッ」

 ミロンは吠える。その拳を幾度も幾度も相手へ叩き付ける。

「ハァ、やっちまったなぁミロン」

 ボリスは笑っているが、その笑みはひきつっている。

 いつもこうだ。相棒はすぐに()()してしまう。

 彼はほんの少し、少しでも()()を与えられるとああやって凶暴化する。刺激、とは接触、即ち誰かに触れる事。例えば、たまさか誰かに肩がぶつかる。偶然の出来事であっても関係などなくミロンは凶暴化して、誰かを殺してしまう。

(ハァ、しっかし。本当に恐ろしい奴だぜ。俺だって何度も危ない目に合わされたわけだしな)

 相棒たるボリスも幾度となく、命の危険に遭遇した。その上でようやく今ではそうした対象と見なされなくなった。

 彼らがずっとコンビを組んでいる理由はボリス以外は全員が危険だから。考えるまでもない。いつ何処で起爆するか分からない危険人物の隣にあえて身を置こうする者などいなかった、ただそれだけの理由。

(そう、俺はたまさかミロンに獲物だと思われなくなっただけの、チンケな殺し屋でしかない)

 ボリスとミロンが組織(マフィア)を離れた理由も単純至極。

 ミロンを他の幹部連中から下っ端に至るまで全員が恐れたから。だからこそ、裏切り者への制裁もないままに、半ば見逃されたのだ。

(ハァ、まぁどうでもいい。俺はあの危険物と一緒に何処までも行くだけだ)

 今更自分の境遇を嘆く気はない。単なるチンケな悪党である自分が周囲に認められる。悪くない、と思う。

「やっちまえミロンッッッ。ブチ殺しちまえっ」

 いつものようにすり潰して、原形も留めない惨殺死体を作れ。

 誰もが恐れる最悪の殺し屋として誰からも認知されれば、ミロンが求めるモノとて手に入るかも知れないのだから。


「ウムアアアアアアアア」

 ミロンは拳を振り下ろし続ける。

 ドシン、ドシン、と拳は鈍い音を立てている。

 彼は違和感を覚えつつあった。

「アアアアアアア?」

 何故、未だに獲物は潰れないのだ?

 何故辺りに血が飛び散らない?

 何故、獲物がこちらを真っ直ぐに()()()()()()

 何もかもが訳が分からない。

 メキ。

「ゥ、ムアアアアアアアアアアギャアアアァ」

 ミロンは絶叫し、激痛の走った己が拳へ視線を向ける。拳からは血が滲んでいる。相手のではなく、自分自身の血。こんなのは初めて。未だかつてなかった事態。

「ったく、ようやく隙を見せたわね」

 声は今の今まで下で殴り続けたはずの獲物。

 まるで何事もなかったかのように、不敵に笑う。

「──!」

 この時ミロンは初めて知る。他者へ対する恐怖を。


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