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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 13
441/613

フール&パペッター(fool&puppeteer)その13

 

「ウ、ム。ウウウウウウウウウガガガガガッガ」

 その声はまるで唸り声。人のモノとは思えぬ、ケダモノのような低い声。

「ハァ、ぶっ殺せミロンッッッッ」

 ボリスの声は期待に満ち満ちている。

 ギルドに入る前、自分がかつて所属していた組織に於いて最凶の殺し屋。それがあのミロン。

 彼は知っていた。

 普段はまるで役立たず。殺し屋とは思えない程に穏やかなその姿から一転、あらゆる標的を無残に殺すその姿を誰よりも間近で見てきたのだから。



「何コイツ?」

 目の前の相手の異変に美影は警戒心を覚える。

 一見すると隙だらけ。今、攻撃を加えればそれで片が付くのではないか、とも思うが行動には移さない。

(イヤな予感がする)

 具体的に何処が危険なのかは分からない。だがここで下手に仕掛ければ何か大変な事態になるのではないか、そんな予感の前に動けない。

 そしてその予感は的中する。

「ウム、ガアアアアアウオオオオオッッッ」

 ミロンの全身、より正確には纏っていた白いトレンチコートが弾け飛ぶ。コートの下は素肌が露出しており、そこには無数のタトゥーが刻まれている。


「ハァ、ッッ。クソメスガキ、お前もう終わりだぜ。ミロンの奴を本気にさせちまったんだからなぁっっ」

「…………」

 美影は目を細め、冷静に相手を見定めんとする。

 ボリスからの嘲笑など耳に入っていない。

(雰囲気が変わった。フリーク?)

 見ればミロンの肉体からは煙が上がっている。

 だがそれは炎ではなく、かといって氷でもない。

 ずしゃ、という足音。ゆらりと前傾していき──。

「!」

「ウムガッッッ」

 ミロンが前へ突っ込む。思い切りのいい飛び出し。確かに至近距離に踏み込まれば一矢報いる事は出来る、かも知れない。

 だがそれは相手が二流、もしくは普通の場合。

 美影は普通ではない。

「──ッ」

 一呼吸する間に自身の周囲に無数の火球が発現。

「ハッッ」

 それらを一斉に相手めがけて放つ。一発一発はさほどの事もない威力だが、それらが無数ともなれば話は別。

(まずは出方を見る。相手のイレギュラーがどういうモノかを見定めて──)

 そう思っての攻撃だったが、ミロンは構う事なく突っ込むのみ。

 火球は美影の狙い通りに、迫る相手へと直撃。続々と叩き付けられる火球が爆発を起こす。

「──っっ」

 だがミロンは止まらなかった。気付けば美影の眼前へと迫り、両手を大きく広げている。

「ウムガアッッ」

 叫び声と共に、両手で挟み込まんとするが、美影は焦らずに右手に火球を発現。それを瞬時に肥大。手全体を覆わせる。

「ハアッッッ」

 向かってくるミロンの手を頭を下げて躱し、相手の腹部へと右手を突き出す。そして炎は至近、ほぼゼロ距離で爆発。

「──」

 さっきまでの小手調べの火球とは威力は段違いの攻撃だった。

 にも関わらず。

「うっえっ?」

 気付けば吹き飛ばされたのは美影の方だった。

 何かに押し出されたかのような感触。だが何をされたのかがまるで分からない。

 窓ガラスを突き破り、そのままだと外へ飛び出すのだが。

「!!」

 美影は背部から炎を噴射。その勢いで会議室へと戻る。

「っっ」

 だがそこに迫るのは幾重もの刃先。拘束から逃れたボリスが攻撃をしかけてきたのだ。見れば氷の壁には無数の亀裂が入っており、どうやら全身から針を生じさせた結果、脱したらしい。

「ハァ、やってくれたなぁ。やってくれたよぉ──」

 針が射出される。

 だがそれは美影には通じない。燃やすなり、凍らせればいいだけなのだが。

「えっ?」

 衝撃と共に美影の腕に痛みが生じる。

 気付けば腕からは血が噴き出し、さらに身体にも同様の衝撃が走る。

「く、ぐっ」

 予期せぬ攻撃を受け、美影の反応が遅れ、針が迫ってくる。

 迎撃は間に合わない。そう判断した美影は後ろへと倒れ込む。針全てを躱し切るのは出来ないが、少しでも直撃する本数を減らそうとの判断。

「う、」

 予測通り針全ては躱せず、何本かが手足をかすめ、抉っていく。

 だが美影もただ避けるだけではない。

 倒れ込みつつも火球を放ち、ボリスへと叩き付ける。

 だが、その攻撃は通じない。火球は遮られた。そしてそれを為したのは、

「ウム、ウウウ」

 ボリスの前に壁のように立つ、唸り声をあげるミロンだった。



 ◆



「やはり厄介なのはミロンという男だったか」

 拝見沙友理はこの戦いを観察・・していた。だが彼女は屋上から動いてはいない。下手に動けば敵に見つかる可能性が増す。そんなのは下策だからだ。彼女は視ていた。冷静に淡々と現状の把握に務める。それこそが自分の本分だと知っているから。

「さて、……」

 彼女は荒事を得手とはしていない。諜報や撹乱を得意としている。女であり、男に力では勝てない。そこそこ顔形は整っているので化粧や髪型、服装に気を使えば大抵の男の目から見れば美人の範疇に入る、等々。それらの事実は観察力さえあれば分かる事であり、別に調べるまでもない些細な事柄である。

 だがそれが大事なのだ。些細な事柄が一つや二つ分かった所で、何かを解決出来る訳ではない。しかし、そういったディテールこそが拝見沙友理にとって一番大事な、重視すべき事柄。

 大した事のない情報こそ彼女がもっとも注力するモノ。

「見せてもらうよ、どちらが勝つにせよね」

 そこにいるのは、WDファランクス”フール”のリーダーであり、知られてはいないものの”(アイ)”という諜報部隊に所属していたエージェントだった。



 ◆



 ボコボコ、とミロンの身体が波打つように脈動していく。

 火球は確かに命中した。だが、それだけ。爆発する事もなければ、燃える事もない。

「?」

 美影はなおも火球を放つ。今度はさっきまでみたいに無数ではなく、きちんと制御した一つを。威力も数段上で、直撃すれば容易く相手を炎に包み込めるはず、だったのだが。

「……どういうコトよ?」

 その火球もまた相手へ命中こそすれ、それだけ。炎はその場で消えてしまい、ミロンは微動だにしない。

「ウムウウウウウウ」

 そしてお返しとばかりにミロンの蹴りが襲いかかり、美影はそれを両腕で受け止めるも、ズシリ、とした重みを前に勢いを殺せずに転がっていく。

 ガタガタ、と途中の机や椅子を倒しつつ、転がっていき、部屋の壁に激突してようやく止まる。

 ミロンは止まらない。攻撃を受けた美影に追い討ちをかけんと拳を振り下ろす。狙いは顔面らしく真っ直ぐに向かってくる。

「う、くっ」

 美影は咄嗟に火球を発現。その場で爆破して相手の勢いを削ぐと、すかさず足を払わんとするが、狙いは叶わない。

 ズシンとした重み、ミロンは微動だにしない。そして手が伸び、美影を掴むと軽々と放り投げる。

「ハァ、ッハッッハッハァァァ」

 ボリスはこの時を待っていた。獲物を仕留めるその時を待っていた。

 会議室の端から端を縦断するように投げ出された獲物(美影)に対し、一本の針を生じさせると投げ放つ。

 投擲された針は、見る間にその長さを変化させ、一本の槍のように変化。

「串刺しだっっ」

 声に呼応したのか、槍は木の枝のように無数に分岐。さらにそこから穂先を生じさせた。

「……う、っ」

 美影もその投げ槍に気付き、左手から氷の盾を発生。パキパキ、と突き刺さる槍をすんでの所で防ぐ。

「ハァ、終わりじゃないぜぇ」

 だが槍は更にそこから変化。穂先が伸び始め、氷の盾を貫き通し、迫る。

 そう。ボリスのイレギュラーは針、を作るのではない。

 自分の体毛を伸縮、硬化させる能力。あくまでも鋭く、尖ったモノにしかならないが、少なくとも凶器を用意する必要はなく、殺傷力もある。

 伸縮出来る長さはそれこそ小さな縫い針程度からおよそ二メートルまで。

 そして切り札は。

「弾けろっっっ」

 高らかに声を響かせ、槍は弾け飛んだ。距離にしておよそ三十センチ。その距離から無数の針が美影へと向かって飛ぶ。氷の盾はあっという間に砕け散って、美影は完全に無防備。

「あぐっっっ、っっ」

 針が襲いかかり、美影はとっさに顔面をガード。全身に続々と針が突き刺さっていく。

「ハリネズミだなァッッ。とどめだミロンッッッ」

 よろめき、体勢が崩れた美影に、激痛に集中力を著しく削がれた今の彼女に迫るもう一人の攻撃は防ぐ術はない。

 ウムアアアアアアアア、という唸り声が聞こえ、美影の腕のガードなどお構いなしに拳が叩き付けられ、意識は途絶寸前にまで追い込まれた。



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