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妙な二人

 


 ビュービューと風を切る音。そしてその風は肌に軽く叩き付けられる。少しひんやりとしたその風に美影は痛い、というよりは肌を引き締まる様な感覚を覚える。

 そんな中で彼女は電話をしており、相手の声が聞こえる。

「だからゴメンって、……起こしたのは悪いと思ってるからさ」

 ――ホントねむいよぉ、酷いよぉドラミちゃんーーー。

 美影は電話の相手の機嫌を損ねない様に珍しく気を遣っている。

 ブルートゥースイヤホンを耳に装着し、通話中なのだ。

 今、彼女の手は相手の腰に巻き付いている。

 時折、声が聞き取りにくいのは今、バイクで移動中だから。

 ”ファニーフェイス”こと怒羅美影と”クリムゾンゼロ”こと武藤零二は一緒に行動中だった。


「…………」

 ちなみにさっきから零二は無言。

 時折、履いているカーゴパンツのポケットから何かお菓子を取り出しては口に放り込んでいる。

 パリ、パリ、という小気味いい咀嚼音から察するに小さい煎餅か何かだろうか? とりあえずいちいち片手運転になる都度バイクが揺れるのは勘弁して欲しかった。

(それにしても……)

 妙なバイクだと、美影は思った。

 燃料タンクが付属していない。恐らくは、というより間違いなくこのバイクの燃料は乗り手のイレギュラーなのだろう。

 あとは無灯火運転だというのも少しだけ問題だ。

 警察にでも見つかれば問題になりそうだから。

 もっとも、炎熱系のイレギュラーを扱う者同士、暗闇であっても熱探知していれば視界は全く問題ない訳ではあるのだが。

 そんな事を考えていると、ようやく電話の相手から返答が返ってきた。

 ──もう、仕方ないなぁ。で、何を探してるんだっけーーー?

 電話の相手は、林田由衣。WG九頭龍支部の通信やデータ解析の責任者。彼女もまたマイノリティであり、通称コードネームは”ネットダイバー”。

 とりあえず休戦、共同戦線を組んだ二人は役割分担をした。

 見ての通り現在絶賛運転中の零二と、相手の事を調べるのは美影の持ち回りという形に。

 さっきから零二は薄暗い道を無言で走り続けている。

 どうも、この運転役の少年は自分の熱探知のように広範囲まで見透せる訳ではなさそうだが、その分、一度マークした相手の熱を追跡出来る様だ。

 だが、さっき舌打ちをしていた様子からどうやら相手の痕跡を見失ったらしい。

 今、こうして走るのは何か痕跡を求めての事だろう。

(ま、この様子じゃ見つかりそうにもないわね)

 そんな本音を正直に言えば、すぐにでも戦いになりそうなので言うのは止めにする。そもそも、今回の任務はあのアンプルの回収であり、戦闘そのものは付随した結果、ついででしかないのだから。

 それに、と彼女は思う。

 この少年と本気で殺り合えば運が良くて瀕死の重傷。悪ければ焼失。中間で相討ちが関の山だろう。

 さっきの戦闘では自分に分があったが、あれも何処まで本気なのかは分からない。

 そんな割に合わない相手と、またこんな場所で戦うつもりには到底なれない。

 はぁ、とため息を一つついてみる。

 かぶりをふって美影は話を切り出す。ついさっきの出来事、それから今、アンプルを持っているであろう、あの蛇のタトゥーを入れた女性の事を。その見た限りの全てを包み隠さず。


 電話越しにカチャ、カチャとしたキーを叩く音がした。

 まだ寝惚けているのだろう。普段の彼女であればまるで流れる様にキーを叩く音等は聞こえないのだから。

 ──あったよーーー。はい。

 回答があったのはそれから一分足らず。

 こと情報収集に於いて、彼女はやはり恐ろしく有能だ。

 美影は零二の肩をポンポン、と叩く。

 バイクを駆る少年も一度頷くと疾走を止めて路肩に停めた。

 美影は林田にお願い、と伝える。

 一拍の間が空いて、情報収集の結果が伝えられた。

 そして二人は知る。

 相手の名前が縁起祀という事を。

 彼女は一言でいうならフリーのマイノリティらしい。

 元々はマイノリティの可能性がある、と予期されていた何人かの人物のリストの中にいたらしく、それでこうも早く特定出来たのだそうだ。

 だが、WGの調査では彼女はイレギュラーを使う事も無かった為に、そのままになっていたらしい。

 それも仕方がない事を美影も零二もよく知っている。

 何故なら日々、マイノリティの可能性がある、とされる住人の数は増えていくから。

 そうした対象者に対して調査に割ける人員は明らかに足りない。

 だからこうした漏れは時折、起きてしまうのだ。


「でも妙だわ。その縁起祀って女はアマチュアだけど……それなりにイレギュラーの扱い方を把握していた」

「それは同感だな、あれは程度はどうあれ自己流にしちゃあまぁまぁ強いぜ」

 零二も美影の話に同意する。

 ──で、ドラミちゃん。そこに誰がいる訳ーーー?

 そこで林田は本来であればいるはずのない、協力者について訊ねた。

 その問いかけに美影は一瞬、うっ、と小さく唸ったものの、隠しておく訳にもいかない。それに隠した所で、彼女がその気であればあっという間にバレるに違いない。

 街中にある監視カメラ、携帯のカメラ。更に言うなればそれらが作り出すネットワークそのものが彼女の庭なのだから。


 ──アハハハッッ、そっかそっか。君が噂の武藤零二くんかぁ、あ、私は林田由衣っていうの、よろしくーーー♪

 流石の零二もこんな夜中に妙にテンションの高いこの女性には圧倒されたらしい。さっきまでの生意気な雰囲気は息を潜め、ども、と普通に言葉を返している。

 そんな弛緩した空気が激変したのは……次の一言からだった。


 ──で二人はデートしてるのーーー?


「「はあっっ?」」


 それはまさに爆弾・・だった。

 この二人は互いの事を何とも思っていなかった訳だが、そう指摘されて突然気付く。二人は美影のスマホ越しに林田と会話していた為、互いの距離が物凄く近い事に。

「ちょっ」「うおい」

 ほぼ同時に二人は慌てて距離を取る。

「は、はは。ンな訳あっかよ、ジョーダンきついぜ」

 零二はそう笑うとはは、と声をあげる。かなりわざとらしい。

「そうよ、何言ってんですか? アタシがこんなチビに」

「おい待て、誰が【チビ】だって?」

「アンタしかいないじゃない、……身長いくつよ?」

 美影の詰め寄りに零二は気圧される。あまり言いたくないのか顔を逸らす。美影はそんな零二をジト目で見ている。

 嫌な間が空き、

「…………一六七だ」

 根負けした零二はボソッ、と答える。

「アタシは一六九。ほらやっぱりチビじゃないのよ!」

 美影は勝ち誇った様に高らかに吠えた。

「ばっか、オレはこっからまだまだ伸びンだよ!!」

「そうかなぁ、ここで終わりじゃないのぉ?」

「うっせこのデカ女!」

「何ですってぇ!!!」

 今にも殴り合いでも始めそうな雰囲気で二人は互いに睨み合う。

 今にも額がかち合うのではないか、という程の接近。


 ──やっぱ、仲良しじゃないーーー♪


 だが、その空気もまたこの場をモニター越しに見ていた第三者の一言で粉砕されたのだった。

 二人は悟る。今、ここでケンカしていてもあのモニター越しの女性がニコニコ笑うだけで、全くの不毛である、と。


「由衣さん、お願いしますから仕事に戻りましょうよ」

 ──ま、いっか。じゃここからは彼女の立ち寄り先ねーーー。

 縁起祀ちゃんは、ドロップアウトのチームのリーダーをやってるわよ。チームの名前はリングアウト。普段はそこから五キロ程行った所にある工場跡にいるみたいよーーー。


 そこから林田の話は脱線した。零二に好きな食べ物は何? と聞いてみたり、美影にはじゃあ、今度はその食べ物買ってあげなよ。と話を振ったりと、まぁやりたい放題。

 そして緊張感のない会話はこの後、十分にも及ぶのだった。



「さて、……どうやらあそこが縁起祀って姉さんのいる場所か」

 零二が呟く。二人の視線は、リングアウトの根城である工場跡に向けられていた。

 距離にしてまだおよそ三百メートルは離れている。

 こんな場所にバイクを止めたのは、二人の熱探知眼が敵の姿を捕らえたからだ。

 人数は四人。殺気を放ちながら、まるで工場に向かう者を排除するかの如く待機しているのがハッキリ目に映り込む。

 はぁ、と美影はため息を一つついてみる。

「しっかたないわね、あのザコはアタシがやる。アンタはさっさとアンプルを取り返しな──その代わり……」

 そう言うと一人前へと進み出る。

「へっ、わーったよ。オレがアンプルとかを手に入れたら、お前と改めてタイマン張ってやるさ」

 零二は鼻先を指で弾き、直進する美影から離れる。




 そして零二がその扉の向こうへと足を踏み入れる。

「おい、おまえは何だ?」

 その手前で立ち塞がった青年、つまりはリングアウトの一員である貴己が腕を伸ばすが、構う事もなく零二は躊躇なく右の裏拳を顔面へ叩き込む。ぶはっ、と呻きながら転がる相手に気を向ける事もない。

 一般人だから手加減もした。せいぜい鼻の骨が折れた位だろうし、まぁ問題はない……命には。


 そうして彼は対峙する。怒りに身を震わせる縁起祀と。



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