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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 13
439/613

フール&パペッター(fool&puppeteer)その11

 

「始める前に聞くけど、アイツはいつまで寝てるの?」

 美影の視線は屋上で寝息を立てている零二へと向けられる。

 さっき意識を一緒に失ったはずなのに、何故零二が目覚める気配もないのかが分からない。

「あんなのでも、…………いるのといないのじゃ雲泥の差、なのよね」

 ふぅ、と嫌そうなため息をつく。

「そうね。分からないわ」

 対する拝見の返答は実に素っ気ない。

「どういう意味?」

 思わず目つきが鋭くなる。突き刺すような鋭い視線は、気の弱い者なら即座に腰が引けるだろう。

 もっとも。

「言ったままの意味よ」

 拝見沙友理が気の弱い人間ではないらしいのは確実だろう。

「私のイレギュラーで眠らせたのは事実よ。ただし、起きるには個人差があるだけ」

「個人差?」

「分かるでしょ? クリムゾンゼロは万全・・じゃない」

「……」

 美影は返す言葉もない。前日の一件が思い浮かんだ。

「体調が復調していたのであれば、今頃目を覚ましていたでしょうね。

 でも生憎だけど、そうじゃなかった。それだけの事よ」

 淡々と事実のみを述べる拝見に動揺の色はない。

「わかった。信じるわ」

 どの道、美影にここから逃げる、という選択肢はない。敵対者が向かって来ていて、自分が標的なのであれば、寧ろここで決着を付けるべき。この周辺にはフィールドの影響で一般人はいない。被害が出るとしてもこの学舎などの施設であり、人的被害は最小限に収まる。

「いいわ。アタシが何とかする。出来れば捕まえるし、そうじゃなければ……」

「よしたほうがいいわね。あの二人は捕らえるとかそういう可愛い連中じゃないみたいだし。倒した方が無難だと思うけど」

「戦う気があるのかしら?」

「いいえ。さっきも言ったけど戦闘は苦手なの。そちらにお任せするわ」

「あっそ」

 これ以上は無駄だと判断した美影はドアを開けると、階段を降りていく。

 その後ろ姿を拝見もまた、無言で見送った。



 ◆



「ハァ、でどう思うよ? 二人共おっ死んでたら報酬はどうなる?」

 ボリスはまるで爬虫類を思わせる長い舌を伸ばす。

「ウム。その場合は我々が倒したと主張すればいい。金は幾らあっても困らんしな」

 温厚そうな顔をしたミロンもまた犯罪者である。金に貴賎など感じないし、貰えるのであれば最小より最大限の方がいい。

「ま、そりゃそうだ。仮にだぜ、ウラミってガキが何か言うならぶっ殺せばいいわけだ」

「そういう事だ。願わくばこちらに譲ってもらいたいものだがな」

 穏やかな笑みを浮かべつつも、だが、口元を歪ませる様はミロンの本質があくまでも犯罪者である事の証左であろうか。

 ハッハッハ、と声高にボリスの笑い声が無人の学舎内に響き渡る。

「ハァ、だとしてもだ。誰もいないってのはつまらねぇな。こっちはもっと血を見たいんだよ。ブワッ、て巻き散る血、絶望する顔、でもってそれを見下すのがたまらなく()()んだよ。だってのによ。

 お前だってわかるだろ? 死ぬ、っていう瞬間の顔とかさ」

 ボリスにとって殺しとは、すなわち快楽だ。自分にとって唯一の趣味であり、仕事。

「私にとって死とは誰にでも訪れるべきモノだ。そして、結果としてそれを早めてしまう事に多少の罪悪感を感じてしまう。だからこそ、せめて安らかに逝かせる。それだけだ」

 ミロンにとって殺しというのは云わば()()()。それを為す事によって何かを守る。そういう行為だと考えるようにしている。

(お前はそういう奴だよな。本当にご立派ご立派。もっとも、殺される側からすりゃあ、安らかにとは到底いかねえだろうよ)

 ボリスは相棒の殺しを数え切れない回数、人数を見てきた。いずれも、およそ安らかとは思えない苦悶に満ちた顔と断末魔をあげる様を目の当たりにしてきた。

 ボリスは自分が殺人狂だと分かっている。だがそんな彼をして、ミロンが口と態度では聖人君子ぶっている一方の、あの殺し方を見続けてきて確信する。

(ハァ、おれなんぞよりお前さんの方がずっとヤバいぜ)

 あれだけの殺しは余人に出来る者はいない。勿論、自分にも不可能。

(とにもかくにも、誰でも何人でもかまいやしねぇ。殺させろよな)

 自分の中にある欲求を満たすべく、目指す目的地である空き教室へと向かおうと、階段へ足を伸ばした時だった。

「ハァ、……うおっ」

 ボリスは思わず階段へと伸ばしかけた足を引っ込める。いきなり階段が燃え上がり、階段を踏み外して、転びそうになる。

「ボリス──」

 ミロンが相棒へと駆け寄らんと前へ進み出て──炎によって寸断される。

「く、ぬっっ」

 まるで炎は壁、柱のように前へ進み出る事を拒絶。

「ボリス、大丈夫か?」

「ハァ、くそったれ。足が少しばかり火傷しただけだ。この炎だが……」

「ああ、これはイレギュラーだ。担い手は近くにいるはずだ」

「ファニーフェイスって女か。いいぜ、ぶっ殺してやる、うおっ」

 ボリスの言葉に反発したかのように炎は勢いを増す。

 しかも、建物の壁に沿う格好で延焼範囲は広がっていく様はまるで生き物。

「ミロン。二手に別れるぞ」

「いいだろう」

 ボリスとミロンが方針を固め、それぞれに動き出そうとした時だった。


「ふぅん。二人一緒でも構わないけどね」

 美影はミロンの前に姿を見せる。

「お前はファニーフェイスだな?」

「ええ、そうよ」

「二人一緒とはどういう意味だ?」

 ミロンはあくまでも穏やかな面持ちで問いかける。彼はボリスよりは冷静に客観的に物事を見ているという自覚がある。これは挑発であったとしても、乗る必要はない事を理解している。

「言ったまま、だけど。二人まとめてかかってくればいい、ってね」

 美影は不敵に笑う。

「なら、この炎の壁、柱か。言い方は何だって構わないが、これは何だ?」

「ああ、コレ?」

 美影は指をパチンと打ち鳴らす。

 すると炎の壁は勢いを弱め、そして消えていく。

「これは単なる仕掛け。誰かが来たら発動する。単純なモノだから炎熱系のイレギュラーをある程度使えるならそんなに難しくはないわよ」

 さらっと美影は言ってみせるが、ミロンは相対する敵の底知れなさを感じ取る。

(ウム。確かに仕掛けは単純なモノだ。だが、あれだけの炎を易々と使える。それだけでこの娘の恐ろしさが分かるというものだ)

 ミロンは()()()にイレギュラーを使う。そうしなければ惨事を招く事になるのをよく理解してた。無意味な殺戮は彼の好む所ではない。

 だが、それはあくまでミロン個人。

「ハァ、このメスガキ。なめやがって」

 炎の壁が消えた途端、ボリスが唾を飛ばしながら突っ込む。

 ボリス(かれ)はミロンとは違う。あくまでも()()()に自分のイレギュラーを用いる。

「けきゃっっっ」

 奇声をあげて左右の手を突き出す。瞬間、手から無数の針が飛び出す。

「──!」

 美影は右横へと飛び退く。冷静に向かってくる敵の動きを見定め、躱しながら左手には火球を発現。横をすり抜けていく相手の横っ面へと叩き込む。

「きゃああっっ」

 火球は狙いを違わずにボリスへと直撃。だが同時に針が美影へ向かって伸びてくる。

「う、くっっ」

 火球の直撃に伴って視界を損なったのが災いし、美影のは反応が遅れる。左手から炎を瞬間的に放ち、横にあった会議室へと壁を突き破って突っ込む。


「ボリス、大丈夫か?」

「ハァ、ハハハハッハハ」

 ミロンからの問いかけにボリスは高笑いで応じる。顔は火傷によって黒ずみ、ダメージを負ったのは間違いない。

「殺す、殺すっっっっ」

 笑いながら、殺意を剥き出しにしてタトゥーの男は美影を追って会議室へ突っ込む。

 こうなれば何を言っても無駄なのをミロンは知っている。

「……」

 ただ無言で、相棒に追従するのだった。


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