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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 13
438/613

フール&パペッター(fool&puppeteer)その10

 

「う、っく」

 美影が目を覚ます。目に飛び込んだ陽射しの眩しさに一瞬、思わず目蓋を閉じるが、それでも即座に警戒態勢を取ったのは流石、と云うべきだろう。

「流石ね」

 実際、その様子を見た拝見沙友理はそう美影へ言葉を投げかけた。

 寝起きというのは一番無防備な瞬間なのだ。何せ今の今まで睡眠状態にあった身体は脱力しているのだ。ましてや意図せずして眠らされたのだ。混乱していてもおかしくない。

「ここは、屋上?」

 さっきまでとは景色は一変。上にはまだ青々とした空が広がり、周囲には転落防止用の柵がある。何よりも学園の敷地が見えるのはここだけだ。

「……どういうコト?」

 見れば、近くには零二や裏見も寝かされていた。見た所、呼吸も普通であり、健康を害している訳ではなさそうに思える。

 困惑を深める美影の反応は当然だろう。そしてそれが分かっていたからこそ、「悪かったわ。でもあの場合はあれが最善策だったのよ」

 拝見はそう謝罪と、指を下へと指し示す。美影はその指の指し示す先へと視線を落とす。

「──なにアイツら?」

 そこに映ったのはどう見ても一般人とは思えぬ男達の姿だった。



 ◆◆◆



「ハァ、ここに獲物がいるってのは間違いないのかよ?」

「ウム。そうらしいな」

 二人の男は悠然と大通りの中央を歩いていく。

「え、」「なにあれ?」「ヤバい」

 街行く人々が男達を見て、即座に道を開けていく。

 だがそれも無理なからぬ事だろう。何故ならこの男達は明らかに普通ではなかった。

「ハァ、しっかしゴミゴミしてうっとおしい」

 ため息しつつ、周囲を睨み付けるスキンヘッドの男。身長は一七〇程。だが何よりもインパクトが大きいのは顔全体に彫られたタトゥー。血塗れのナイフが描かれており、何となしに見れば流血しているかと勘違いする事だろう。

「ウム。発展途上という事だな」

 もう一人の男は身長は一八〇位。穏やかそうな顔立ちをしており、ナイフのタトゥーが入った男に比べればまだまともに見えるかも知れない。

 だが彼の場合は、その服装が異様である。何故ならまだ残暑厳しい九月だというのに彼が着ているのは白いのトレンチコート。おまけに足元は同じく白いミリタリーブーツ。そんな夏に着るような服装ではないにも関わらず、汗一つかいていないのだから。

「ひっっ」

 スマホをいじっていてトレンチコートの男に気付かず、青年がぶつかり、その場に倒れる。

「ウム。こちらこそすまない」

 トレンチコートの男は謝罪しながら、倒れた青年へ手を差し出す。

「あ、ども」

 青年は面食らいつつも、その手を取り、立ち上がると一礼。またスマホに視線を落としつつ、歩き出す。


 その様子を眺めていたナイフのタトゥーの男は冷やかすように言う。

「ハァ、相変わらず甘っちょろいなミロン」

 トレンチコートの男、ミロンは微かに笑いながら言葉を返す。

「ウム。()()()()()に目にする顔なのだからな。せめて心穏やかに逝くように、だ()()()

 穏やかにミロンは微笑み、ボリスは「そんなものかね」と呟きつつ、歩いていく。


「か、ぐ、ぎゅがううううううううううじゅ」

 それからおよそ一分後。

 大通りに誰かが倒れる。突如として苦しみ出し、口から多量の血を吐き出して絶命。あまりにも悲惨な死に方を遂げたのは、ついぞさっきミロンが手を差し出したあの青年であった。



 ◆◆◆



「ええ、と拝見さんだっけ。アイツらは誰なの?」

 美影は拝見へと視線を向けて訊ねる。

「彼らはミロンとボリス。元ロシアンマフィアの一員で、今は【ギルド】に所属する殺し屋よ」

「ギルド?」

「ええ、確かな筋からの情報よ。間違いないわ」

「…………」

 ギルド、という組織名に美影は違和感を抱いた。

「ギルドがどうして九頭龍に介入してくるワケ?」

 美影にとってギルド、とは犯罪結社ではあるが、積極的に九頭龍で活動はしてこないからだろう。あくまでも灰色の存在でしかなかった。

 敵対すれば倒すまでだが、そうでなければ別に放っておけばいい、その程度の認識しかない。

「確かにギルドは日本、特に九頭龍ではこれまで表立って活動をしていなかったわ。でも、あなたは知ってるはず。九頭龍に於けるパワーバランスがこの1ヶ月で大きく変わったのをね」

「九条羽鳥……」

「そう。あの人は良くも悪くもこの街のバランサーだった。彼女がいるからこそ、WGも積極的に動けなかったし、WDにしてもここでは他みたく好き放題に犯罪を犯しにくかった」

「……」

「だけど、彼女の存在は単にWDやWGのみならず、海の向こう、大陸系の組織の動きも牽制していたのよ。三合会、つまりはトライアドなどやアメリカンマフィアとか始まる様々な犯罪組織もそうだし。何よりもそういった組織すら恐れる欧州の裏社会を牛耳るギルドにもね」

「そのバランサーはいなくなった」

「そう。となれば、これまで参入出来なかった大きな、それもまだ発展する見込みのある市場が目の前で開いている。彼らがそう思ってもおかしくはない。それにギルドの九頭龍での()()が死んでしまったのも大きいのわね。彼、本家筋で、かなり期待されていたみたいだし」

「そうみたいですね」

 美影にはシュナイダーという名の赤毛の生徒会長との直接的な面識はほぼなかった。彼との折衝役は大概田島が当たっていた。そして彼が死んだ事件である”ベルウェザー事件”。田島は彼に庇われた。普段、おちゃらけていて、馬鹿みたいな田島も、この一件についてだけは口を開かない。無言で、ただ無言で何も言わない。美影にしてもその事を聞くつもりはないし、周囲も同じだろう。

「それはそうとして、ギルドはこの件にどう関わっているのか教えて」

 美影は今の事にだけ集中しようと拝見に問いかける。

「簡単な話よ。ギルド(かれら)にとって九頭龍はまだまだ()()()()()()なの。様々なもの。例えば拠点にしろ、人脈にしろ多くのモノが必要なの。

 お金だってそうだし、何よりも……欲しいのは何だと思う?」

「……評判ですか?」

「そう。何はなくともまずは評判を高くしたい。なら、犯罪結社としては何をすればいいのかは分かるわよね?」

「誰も出来なかったコトを達成する」

「正解。この場合だとクリムゾンゼロとファニーフェイス、どちらか、或いはどちらもなら最高でしょうね」

「アタシも賞金首なのか」

 眠っている零二を見やりながら、美影は空を見上げる。

「そうね。あなたの場合、()()()()()()を倒したのが大きいわね。あれでWDのみならず、NWEにも目を付けられたし、様々な組織にも広く知られるようになった。無論、ギルドにもね。そろそろ来るわよ」

 視線を下へ戻すと、二人のロシア人が学舎へと入っていくのが見えた。

「WGの支援は期待しないでね。私が妨害したから」

「──っ」

 さらっととんでもない事を告げる拝見に、美影は言葉もない。

「悪いけど、クリムゾンゼロは当分は動けない。私は戦闘は得意じゃないから、あなたに頑張ってもらうしかないわ」

「…………はぁ」

 美影は大きくため息をつく。自分には断る権利などない、そう告げられたも同然なのだから当然だろう。

「わかったわよ。その代わりコレは貸しよ。必ず返してもらうわ」

 せめてこれ位は要求しなければ割に合わない。

「オーケー。取引は成立よ」

 拝見はそれを受諾した。


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