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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 13
437/613

フール&パペッター(fool&puppeteer)その9

 

「はじめまして。こんな形で顔合わせするつもりじゃなかったんだけど、乱入したみたいになってるからこちらから名乗らせてもらうわ。

 私の名前は拝見沙友理。WDのファランクス【愚者(フール)】の代表で、そこで転がってる裏見返市の監督者よ。

 ああ。どうも穏やかじゃないわね」

 だが拝見は、自分へと向けられる射抜くような視線にも動じる様子もない。

 彼女は自分を理解している。無論、ありとあらゆる全ての可能性までは知る由もないが、少なくとも自分に出来る()()()()()の事位ならば分かっている。

 だからこそ今の自分がいるのを彼女はよく理解している。

 どうすればこの状況を上手く活かせるのかを把握している。

 だからこそ、九条羽鳥が自分を見出したのも知っている。

 じり、と後ろへと下がる。

 最悪の場合、二対一にもなりかねない。

 それは万が一の可能性であり、通常であれば有り得ない事だ。

 だが有り得ない、という事こそが有り得ない。

 実際、この場に於けるこの状況こそ既に有り得ない。

 この場にいる自身と、気絶した裏見返市以外の二人は、元来敵対関係にあるはず。そして組織としての対立もさることながら、それ以上に個人的な対立を繰り返していた。任務中での対決、それ以外の日常の中での対峙を繰り返してきた関係だ。

(だけど、どうもただ()()()()の関係じゃないわね)

 冷静に状況の見極めに入る。

 拝見としては戦う意志など最初から持っていない。あくまでも支援や撹乱を主目的とする自分ではこの場にいる二人の炎熱系のマイノリティには到底及ばない。自身の身のみを考えるならば逃走する事も可能だろう。

 だが、ここには裏見がいる。やむを得ず気絶させたので、逃げるとしても彼を連れて行かねばここに来た意味がない。

(全く最低だな。一瞬でも裏見(バカ)を置いていく事を考えるとは)

 本来裏方であるはずの自分が出張ったのは、裏見を回収する為。それを無視するのであればそもそもここには来なければいいのだ。


「何か事情がありそうね」

 美影が何となしではあったが、拝見へ助け船を出す。

 そもそも彼女としては、零二以外と戦う意志はない。零二にしても、見知らぬ相手への視線は鋭いものの、かといって自分から仕掛けようとはしていない。

(ま、多分に向こうは限界なのだろうけどもね)

 美影としてはこれ以上の騒ぎは避けたかった。

 自分に()()が付けられたこの状況下に於いて不用意に動くのは危険だと自覚もある。

 そして、その事を零二にも指摘された。

 さっきのぶつかり合いの最中、零二はこう訊ねたのだ。

 ”なぁ、お前何をやらかしたワケ?”

 その瞬間、確信した。少なくともこの場に於いて零二は敵ではないのだと。何故なら彼女もまた、訊ねようと思ったのだ。さっきのは何? アンタらしくもない、と。

 彼女自身がそう思ったように零二もまた、この状況に何らかの意図を感じ取り、それを見極めるべくこうしているのだと。


 二人は言葉を交わさずともこれが罠だと理解。罠であるならば、誰かがこの状況を作り出し、そして事の推移を監視しているはずだと判断。

 互いに攻撃を繰り出し、受け流しつつ、監視者をたばかるべく、相打ちを()()してみせたのだ。

 目論見通りに監視者、つまりは裏見返市がこの場に来て、そして捕まえようとした矢先に、また別の人物がこうして現れたのだ。警戒するな、という方が無理だろう。

「で、どうするのさ?」

 それでも零二も、美影に倣って拝見へ話しかける。

 敵味方の判断そのものはつかないものの、少なくとも相手から敵意は感じられない。これでも敵意や殺意などをしょっちゅう受ける身の上なので、そうした

 自分への害意には敏感なのだ。

「こっちは別に戦う気はないンだけどな」

 その上で構えを崩し、敵意のない事をアピールする。


「…………」

 美影と零二の言葉と態度を受けた拝見だが、何を思うのか周囲に視線を配らせている。

「ふむ、……」

 そして何を思ったのか床に落ちている机の残骸らしき焦げた木片を手で拾うと、迷わずに口に入れた。

「オイ」「なっ」

 突然の、それも奇行といって差し支えない行動に戸惑う零二と美影を尻目に、拝見は口をモゴモゴと動かし、木片を吐き出す。

「なるほどね」

 困惑する二人へと振り向き、そして笑う。

「わかったわ。君たちが何をしたのか、ね。え、っと。クリムゾンゼロ、いいえ武藤零二君」

「え、お、おう」

「君は予め、自分の持つ炎を床に()()()()()。そうね?」

「うぇ?」

「それでファニーフェイスこと怒羅美影さん」

「はい?」

「あなたは最後に左右で炎と氷を作り出してそれをぶつけて()()したのね?」

「そう、だけど」

 拝見の指摘を受け、零二と美影は言葉を失った。何故ならそれは正しく事実であったから。

「言っとくけど勘で言ってる訳じゃないわよ。説明しましょうか、多分こういう事でしょ……」

 そして拝見は説明を始めた。ついさっきここで起きた出来事を。



 ◆


(爆発直前)


「さて、ボチボチやるか?」

「上等。派手にかますわよ」


 それが二人の合図だった。

 美影はつい今し方、零二の拳が床を殴った瞬間、その焔が床に入り込むのを目の当たりとしていた。

(つまりは地雷、時限爆弾のようなモノかしら。意外と器用なコトをするのね)

 感心すると同時に、そんな隠し玉をここであっさりと見せた事に半ば呆れもした。

「へっ、お前位にゃ丁度いいハンデだよ」

 そんな考えなどお見通し、とばかりに零二は不敵に笑ってみせる。

「あっそ、じゃあカタを付けましょうか」

「だな、いくぜ」

 先に飛び出したのは零二。

 拳を白く輝かせ、美影へと接敵。

 一方の美影もまた、僅かに遅れて飛び出す。

 零二の仕掛けを最大限に活かす為にも間合いを詰めるべきとの判断。

(そっちが地雷だってんなら、こっちは──)

 左右の手に意識を集中させ、右手には火球を。そして左手を微かに氷結させておく。火球の鮮やかな色合いによって、遠目からではまず左手の変化は見えない。小細工と言われればその通りだが、わざわざ監視者に自分の手の内をさらす必要もない。

「だあああああっっっ」

「はあああっ」

 零二は拳を突き出し、美影もまた応じるように左右の手を突き出す。

 そして仕掛けは発動した。零二の足元から焔が噴き出す。同時に美影の両手が合わせられ──火球を一瞬で発現させた氷塊に叩き付ける。

 相殺、といえばそのまま互いに消し合ったかのような印象を受けるのだが、消し合う瞬間に、互いを打ち消さんとするエネルギーが場に生じる。そのエネルギーは瞬間的に白く弾け──そして凄まじい衝撃波を発生。

 零二の仕込んだ焔……”火葬の(クリメイション)第三撃(サード)”が見た目の豪快さには似つかわしくない、牽制、見せかけだけのモノであるのに対して、美影のソレは規模や威力こそかなり制限したものの、爆風と云っても差し支えのない余波を生じさせた。ただし二人にとっての想定外は、その自作自演の爆発が思っていたよりも強く、自分達がダメージを受け、吹っ飛んでしまった事。

 零二はその場に、美影は黒板へと叩き付けられ、互いに僅かな時間ではあったが気絶。そして何も知らない裏見がそこに意気揚々として姿を見せた。



 ◆



 その光景は遠目から見れば間違いなく爆発そのもので、零二と美影がそれぞれに仕掛けをした結果だとは見えないだろう。

 実際、裏見返市はそれを二人が相打ちになった結果だと思い込んだ訳で、傍目から見れば容易く看破出来ないはずだった。

 無論、細かく調査すれば何があったかは詳細に分かるだろう。

 だが、それには多少なりとも時間がかかるはずだし、そもそも今回の場合、監視者だった裏見のみを騙せればそれで良かったのだが。


「──って所かしらね。どう?」

 拝見沙友理はニコリと笑いながら二人を見回す。

「オイオイ、マジでか」

「何よこの人」

 零二にせよ美影にせよ、驚きを隠せない。

 まるでその場を見てきたかのように、彼女の説明は正確であった。

 事実として起きた事を客観的に説明される事自体は、別にどうとも思わない。少なくとも零二は九条羽鳥という存在に接してきたのだから。

 だが、目の前にいるのは九条羽鳥ではない別人。面識のない全くの第三者。


「答えてもらおうか?」

 知らず内に零二は歩を進めていた。

 同時に拳を小さく握り締め、身構える。

「ちょ、アンタ──」

 美影も警戒はしていたが、敵だとも思えない。だから零二の動きは軽挙にしか見えない。

「まぁ、警戒して当然よね」

 そして当事者たる拝見沙友理は、笑みを浮かべたまま、手で後ろ髪を触る。それが余裕なのか、もしくは癖なのか。ただ一つ言えるのは、直後に感じる倦怠感。

「う、っ」

 零二は立ちくらみにも似た感覚を覚え、膝が崩れる。

「え、……なに──」

 同様の異変は美影にも生じた。くらり、とした目眩(めまい)を感じた彼女はこれが攻撃だと認識、火球を発現させようとして倒れた。

「な、ンだって……んだ」

 朦朧としていく意識に零二は抗おうとするのだが。


 カツカツ、という靴音が聞こえ、「ごめんなさいね。あなた達とまともに戦って勝てそうもないのよ……」という心配するような言葉がかけられ、そこで意識は途切れた。

 そしてその場に立っているのは拝見沙友理ただ一人となった。


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