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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 13
436/613

フール&パペッター(fool&puppeteer)その8

 

「ケッヘッヘッヘ。どうだ、どうなった?」


 裏見が向こうの学舎、つまりは零二と美影が衝突した空き教室のある建物へと足を踏み入れる。向こうからでも漂っていた独特の異臭は、両者がぶつかり合えば必然的に発生するモノ。物が燃え、焦げた臭い。学舎全体に炎が延焼こそしていないものの、それも時間の問題だろう。そんな事を思いつつ、階段を駆け足で登っていく。

「…………うっ」

 一階から二階。二階から三階へと上へ進む都度に、両者の戦闘の余波は強くなっていく。具体的に言えば、焦げ付いた臭いが一層強く、濃くなり、同時に煙が目的地である三階に入った途端に、目を刺激する。まるで突き刺さるかのような刺激が目を閉じさせ、ゴホゴホ、と幾度か咳払いをさせる。

「…………」

 ハンカチを口へとあてがい、目をやや細めて裏見は歩き出す。

 今更ながら、今から向かう先は云わば火災現場そのものと云って過言ではない。そんな場所に何の備えもなしに勇んで向かえばこうなる事位は想定しておくべきだった。

(せめてマスク位は何とかすべきだったな)

 マイノリティが常人よりも強い生命力を持っているのは事実だが、少なくとも窒息してしまえば死ぬのは同じ事。常人より、多少長く持つのか、そうではないのかまでは知らないし、あえて知りたくもなかった。

 目的地である空き教室に辿り着くと、濃い煙で視界が遮られる。

 手で煙を払いつつ、歩を進めていくと、教室の丁度中央に何か大きなモノが倒れているらしい。机や椅子は殆ど消し炭、或いは教室外に吹き飛んでおり、考えられる可能性は一つ。

(もしかして、共倒れになったか?)

 だとすれば考えられる可能性の中でも最上の結果である。

 慎重に、慎重に裏見は倒れている何かを確認すべく、様子を窺いながら近付いていく。

 ちなみに裏見は教室に入った時からイレギュラーを発動させていて、仮にどちらか一人に遭遇したら、その瞬間に姿を変えるつもりである。

 訓練により、姿を偽るまでの時間は極めて短時間で可能。なので、目が合った瞬間に姿を変えてしまえば、どちらにせよ誤魔化す自信が彼にはある。

(さぁ、はやく、はやくぅっっっ)

 その瞬間をこの目で見届けるべく、裏見はその歩を進め、そして目にしたのは床に倒れ伏す零二と、そこから数メートル離れた、黒板らしきもののに背中を預けるように倒れる美影の姿であった。

「ケッヘッヘッヘ。これは……」

 最上の結果を目の当たりとし、裏見はその場で笑い出す。万が一の場合、自分自身の手で相手を倒す可能性も考慮して、銃を用意したのだが、どうやら必要なかったらしい。

「う、っっぐ」

「!!」

 呻き声に思わず裏見は身構える。

 その声は零二のものではなく、美影から発せられたもの。

「ふぅ、驚いた。まぁ、死に損ない一人なら、おれでも何とか……」

 腰のポケットから取り出す銃は小型で、携行性を重視。欧米では護身用に持ち歩くタイプの自動拳銃。ただし込められている弾丸は対マイノリティ用に強化された特殊弾。軍隊で実際に用いられている物であり、性能は問題ない。

「おれ、やったよ。おれでも強い奴を殺せる、んだ」

 セーフティーを外し、銃口を美影へと向ける。お世辞にも銃の扱いに習熟していないからだろうか、手元が震える。

「ころせる、ころしてやる、ころす、……」

 まるでうわごとのように言葉を呟きつつ、銃を両手で構える。

「ころす、ころす、ころす、」

 ガタガタ、と震える銃口が徐々に落ち着いていく。

「ころす、ころす、ころす? ころす?」

 言いながら、微かに違和感が生じる。

「あれ、なんで、ころす、んだ?」

 裏見は何故こうなったのかが分からない。ころしたい、そう思うのが、どうしてなのかが、そもそも、どうしてころすのかが。

「あれ? おれ、ころした、いのか? そもそも、おれ、……」

 受けたのは殺害ではなかったような気がしてきた。もっと、違う事を言われたように思う。

「あ、あ、あぁぁぁぁ」

 困惑ではなく、混乱する裏見の頭の中がぐちゃぐちゃになる。今まで考えていた事が何だったのか、自分がしたかった事が何だったのか、何もかもがおかしくなっていき、その場に立ち尽くす。

「あ、やだ、なんで?」

 全身が震え、口から泡を噴き出す様は重病人そのもの。


 ”お前、証明したいんだろ?”


 誰かの声、言葉が聞こえる。


「あ、あ、あ、」


 ”自分が雑魚じゃないって証明してみろよ”


 不快な響きの言葉だった。心底から嫌になる、嫌悪感に満ちた声。


「ころせばいい、ころせばいいんだ」


 さっきまで感じていた不安感が消えていく。

 散り散りだった考えが、まとまっていく。震えも落ち着き、あれ程乱れていたのがまるで嘘のように、静まっていく。

「ころす、ころして──」

 まるで能面のような無表情さで裏見は銃口を標的へと向けて、引き金へと指をかけて引き絞ろうとした時だった。

 カツン、コロコロ、という甲高い金属音がした。

「……?」

 音に反応した裏見が視線を足元へ向けると、転がってくる筒状の物が目に入る。

 パッッ。

 その瞬間、筒状のモノはその場で激しい光と音を発する。

「ふ、ぐあっっっ」

 光と音をまともに受けた裏見が思わず銃を落とし、耳を塞ぎ、目を閉じて狼狽える。

 ゴツンとした固い感触。

 完全に無防備だった後頭部を、鈍器で殴られたような衝撃を受けて裏見はその場に倒れ、そのまま失神。


「間に合ったか……」

 裏見を倒した女性、彼の上司、所属するファランクスのリーダーである拝見沙友理は転がった銃を回収。そして周囲を見回して一言。

「じゃあ、そろそろいいかしら。狸寝入りなんて趣味が悪いわよお二人さん」

 すると、である。

「バレてたのかよ」

 零二は身を起こし、平然とした様子で立ち上がり。

「ふーん。そう」

 美影もまた、顔を起こして立ち上がる。

 そう。零二にせよ美影にせよ相打ちになどなっていなかった。

「それで、アンタはドコのどなた様なワケ? 場合によっちゃ……」

 零二は目の前にいる何者か、拝見沙友理へと鋭い視線を向けたのだった。



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