フール&パペッター(fool&puppeteer)その7
「やった…………やったぞ」
裏見返市、つまりおれはその光景に歓喜する。
向こうの学舎で起きた爆発。これは間違いなく二人の対決が終わりを迎えた証左だろう。
「やれた、ぞ。おれみたいな……こんな弱い力でも。ずっと強い奴らを、倒せたぞ」
身体が震えるのは、怖いからではない。武者震い、或いは高揚感からか。いずれにせよ、これまでのおれには無縁のモノ。
常に目立たないように気を遣い、隠れ、潜み続けた。
何時からか、自分というモノの限界が分かるようになり、そこで見切りを付けた。
そして同時に思った。自分に出来る事など何もない。何を行おうとも自分は決して一番にはなれない。それどころか平均値すら出せるかどうかすら怪しい。それではどうすればいいか?
回答は実に明快だった。
目立たなければいいのだ。どういう訳だかおれは他の皆に比べて、目立たないらしい。今から思えば多分、それはおれ自身のイレギュラーの影響だったのかも知れない。とにもかくにも、おれはクラスの中で静かに、まるで海底の底に張り付く貝のように潜んだ。
有り体に言えばおれは孤立していたわけだけど、別に孤独とかを感じた事はなかった。
むしろ、見回せば、どいつもこいつも群れている風景に違和感すら覚えた。
どうして、群れる必要がある? そんなに一人になるのが嫌なのだろうか?
おれには理解出来ない。お前らが頑張っても何一つ達成する事もないのに。わざわざ無駄な時間を費やす価値があるとは思えない。
ああ、あの社長の息子にしてもそうだ。
お山の大将気取りで楽しいのか?
お前が凄い訳じゃないのに、そんなに自慢するような事なのか?
そうだ。凄い奴ってのは自分の力で何かを達成出来る奴の事だ。
例えばあの武藤零二がそうだ。拝見さんからの依頼で、ここ二ヶ月以上ずっと見てきて改めてそう確信したよ。
彼は凄い。だって何もかも自分で解決するんだ。襲いかかるマイノリティの殺し屋をその拳で返り討ち。または繁華街で誰かに因縁をつけているドロップアウト連中を少し凄んだだけで追い散らす。
「ああ、」
おれは震えた。恐いからじゃなく、その圧倒的なまでの強さを前にして、心が震えたんだ。
炎、いいやこれはそんなちゃちなものじゃない。武藤零二の使うソレを一度目にしてしまえば、他の炎熱系能力者なんかまるで子供のお遊びでしかない。彼が遣うソレを見てしまえば他の連中のモノなんて、単なる火遊び程度のモノだ。多分、おれは生まれて初めて本物を見たのだろう。
マイノリティ、少数派。そしてそれが使う外れた異能力、イレギュラー。
どれだけの人数がいて、どれだけの能力が存在するのかは分からないし、おれが生きてる間に目の当たりにする人数、種類などたかが知れているのだろう。だが分かる。それらを見るまでもなく分かってしまう。
あれは、あれこそが本物なのだと。
真に怖れるべき、畏れるべき力。自然法則そのもの、原初の力なのだと。
だからこそ、ああ、だからこそ、だ。
おれは彼に、敬意を。そう……………………殺してみたい。
おれなんかが。殺してみたい。
おれには畏れ多くて…………殺してみたい。
おれはただ、みているだけ、で────ころしてみたい。
ああ、そうだ。ころす。
ころすころすころすころすころすころすころす。
武藤零二、武藤零二、武藤零二、武藤零二武藤零二むとうれいじむとうれいじをころす。
ころすのはおれじゃない。ああ、丁度いい。
あの女にでもやらせよう。
ころす、ころす、ころす、ころして、ころしてやりたい。
あ、はは、はははははっはははは。
笑える。どうしてかは知らないが笑いがとまらない。
ケッヘッヘッヘッヘ、ケッヘッヘッヘッヘ。
ああ、そうだ。武藤零二をおれは殺してみたいんだ。いいさ、やってやる。観てやる。そうだ。おれは彼を、彼が死ぬのを目にしたい。
ズキズキ、と頭が痛くて不愉快極まる。ああ、吐きそうな位に気分が悪い。だけど最高だ。最高に最上に気分がいい。
おれじゃころせなくても、おれのイレギュラーを使えば殺し合いを引き起こす事は出来る。
おれのイレギュラーは、周囲を錯覚させる能力。
他人からはおれは別人に見えてしまうのだ。
訓練した結果、その見えてしまう人物を切り替える事だって出来る。
武藤零二には怒羅美影として。怒羅美影には武藤零二という具合に姿を錯覚させ、挑発するだけ。
あとはそれぞれの机や下駄箱にこの教室へ呼び出す内容の手紙を仕込むだけ。筆跡については問題ない。数日かけて二人の筆跡を真似る事が出来るようになった。これで下準備は整った。
今日は二学期最初の日。
標的の二人は必ず登校するだろう。
怒羅美影は基本的には優等生で、クラス委員長でもあるし、責任感が強いタイプだ。
武藤零二は、一見確かに不良だし、授業中もよく居眠りしていたりしているが、それでも滅多な事では授業を休まないし、どうも学校に来る事そのものを楽しみにしているような節がある。だから彼も来る事だろう。
仕掛け自体は至極簡単、単純なものだ。
二人の前におれは姿を表す。無論、おれは素顔をさらしたりはしない。イレギュラーを用いて、姿を誤認。当然の事だが、武藤零二に対しては怒羅美影として。怒羅美影には武藤零二として。
その目には他人の姿にしか映らないおれの事を馬鹿な連中は完全に、簡単に騙される。
本当に愉快な気分だ。連中は怒羅美影に対しては露骨にお世辞を言い、下手くそな口説き文句をほざく。男らしいとでも思うのか、強引な奴もいる。だが、少し睨めばそれで終わり。それ以上、何か言うでもなく引き下がる。
武藤零二に対しては、もっと笑える。普段、授業中とかでも勝手気ままにしているような連中が、その顔を見た瞬間に「ひっ」と声を漏らし、或いは顔を引きつらせながら、挨拶してくる。
中には「もう、おれは何もしてないからな」とか叫びながら逃げていく奴までいる。連中が口では誰も怖くないだの何だのと言っている姿を思い出すと、失笑してしまう。所詮は口先だけのバカばかり。まぁ、今回はそういった連中に役立ってもらう訳だが。
怒羅美影が戻って来るのを知った上で、バカを一人殴ってみせる。別に大怪我させる必要はない。腹に一発お見舞いするだけで充分だ。
「やめてくれ、勘弁してくれよ」
バカがそう言って懇願する様を怒羅美影に目撃させる。
彼女が「何やってるのよ!」と声をあげればそれが合図。潮時とばかりに、おれはその場から素早く立ち去る。怒羅美影はWGの一員。綺麗事を並べ立てる正義の味方、というその立場上、今の出来事を見過ごせはしないだろう。
次いでおれは武藤零二へ仕掛ける。
彼に対しては怒羅美影よりも簡単だ。教室に置いてある鞄の中に入ってる食料を燃やす。彼は規格外と云って差し支えない程に大量の摂取カロリーが必要。なので教室に戻って来た彼が自分の鞄の中身が失われている事。それから微かに残る燃えた臭いに気付けば、嫌でも相手を意識するに違いない。
そうした仕掛けを施した上で、おれは手紙をそれぞれに届けておく。
”放課後、ケリを付けよう”
色々と無駄な文章を綴る必要はない。最低限の情報を書くだけで、相手は勝手に様々な事を想像する。勝手に勘違いする事だろう。
かくて仕掛けは終わった。
後は、決着を見届けるのみ。
そして、その時は来た。
フィールドにより、隔離された学舎。そして二人がぶつかっている教室に於いて光と共に爆発が生じる。
さっきまでとはまるで違う質の現象は、対決の決着という事実をおれに告げている。
「ケッヘッヘッヘ。いいぞ、いいぞ」
おれは湧き上がる歓喜を前に破顔しつつ、向こうの学舎へ。空き教室へと急ぐ。結果を見届けねば。そして願わくば武藤零二に死を。




