表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 13
434/613

フール&パペッター(fool&puppeteer)その6

 

「く、っは」

「う、っっ」

 零二と美影は咳払いをしながら、互いを睨み合う。

「ったく、派手にやってくれるじゃねェかよ」

 零二はポンポン、とシャツやズボンについた(すす)を手で払う。

 ぶつかり合ってからせいぜい数分。インスタントラーメンを作る時間より少々長い時間位は経過しただろうか。

(へっ、出来ればあンまムリしたかねェけどな)

 零二はギリギリの状態でこの場に立っていた。

 昨日の一件により、全身ズタボロになった彼の体調はかなり悪い。外側の、……肉体面では特に問題こそないものの。内側、……特に精神的な疲弊からまだ脱していない。

 イレギュラーを用いる事は大なり小なりそれを担うマイノリティにとって負担となる。負担、そして消耗度合いなどは個々によって大きく差がある為に一概に説明出来るものではないものの、零二に限ればそのイレギュラーは間違いなく多大な消耗を引き起こしている。今でこそ焔をも操る事も出来るが、かつてとは勝手が違う。

(にしても、前はどうやってやってたンだろな、マジで)

 熱操作に二年間注力した結果なのかは正直言って分からない。

 今の零二は、以前のように自在に焔を操れなくなった。呼吸するように何も考える必要すらなく出来ていた事が、今は意識を傾けなければ叶わない。

 それがどうだ?

 今の自身はかつてのように自在に焔を使えない。

 まるで無尽蔵に、いくらでも手繰れたはずの、当たり前の事が出来ない。

「く、っ」

 火球が顔めがけて飛んでくるのが分かり、零二はそれを手で払いのける。火球は零二の手で払われ、バッと散る。

(さって、と。とりあえずこの状況をどうにかしねェとな)

 不利なのは重々承知。何せ本来であれば今日一日は安静にすべきなのだから。とは言え事が始まってしまった以上、そうそう簡単に事態が収まるはずもない。ここまで来て逃げ出すのは癪だった。

「さぁ、ドンと来やがれ」

 腰を落とし、ふぅ、と呼吸を整え、零二は身構える。



(思った以上に、手こずるわね)

 それが美影の率直な感想だった。

 腕時計に視線を向ける。軍隊仕様の時計は正確に時間を計測。この対決が始まっておよそ三分経過した事を彼女に知らせる。

 美影としてはこの対決は自分が圧倒的に有利である事を認識。何故なら、零二は知る由もないが、彼女は昨晩の小学校での出来事を認識しており、その事の顛末を半日前に桜音次歌音より耳にしていたからである。

 その際に歌音の口から零二の状態を確認済み。結果として、相手が万全とは程遠い状態である事を把握していたのだ。

「──!」

 美影が横へと飛び退く。同時に零二が突っ込み、拳が教室の壁を容易く、まるで発泡スチロールでもそうするかのように打ち砕く。

「はっっ」

 されど美影もただ者ではない。躱しながらも返す手で火球を複数発現。即座に放つ。

「へっ」

 零二はそれを躱し、手刀で切り、なおも動きを止めずに追撃態勢に入る。猪突猛進、細かい手管など力ずくで突破しよう、という意図が透けて見える。

 だがこの場合、これこそが零二にとっての最適解・・・でもある。

 距離を取って中長距離での戦闘を得手とする美影に対し、零二は典型的な近接戦闘スタイル。

 美影が持久戦を得手とするなら、零二は短期決戦を得意とする。

 相反する戦闘スタイルを持つ以上、零二の立場からすれば美影が距離を取れないように接敵、間合いを潰し続けるしか手段はなく、美影はそれを外し、受け流しながら迎え撃つというこの状況は云わば当然の帰結でもある。

 そう。それしかないのだと誰よりも美影は分かっていた。

(だけど、何なのコイツ?)

 美影が顔を反らす。零二の拳がすぐ真横を過ぎっていく。拳は微かに焔を帯びているのが見えた。

「ハ、アアッッ」

 すかさず美影は腕へ自身の腕を回す。そして腰を沈み込ませると──そのまま零二の身体を背負い投げの要領で投げ捨てる。

「う、ぐっ」

 ドシン、とした衝撃が背中に走り、零二は呻き声をあげる。

「ち、っっ」

 すかさず追い打ちとばかりに美影の足が振り下ろされるのが見え、身体を横へ転がす。バキン、と床を踏み抜く。その見た目からは信じ難い威力は、炎により床が脆かったのか、或いは美影が身体能力を向上させたか。

「逃げるなっっ」「るせェッッッ」

 零二は転がりつつも焔を噴き上げて自身を吹き飛ばして間合いを外す。

「う、っ」

 噴き上がった爆炎に美影もまた、後ろへと強制的に飛ばされ、教室の壁へ叩き付けられる。

「く、」

 思わぬ反撃に美影は全身の痛みを覚えつつ、よろよろと立ち上がる。


「へっ、やるじゃねェかよ。ドラミちゃん♪」

 零二は獰猛に歯を剥き出しにして笑う。

「誰がドラミだとぉ」

 美影も零二に負けず劣らずに凶悪な笑みを浮かべ、目の前の相手を睨み付ける。


(やっべーな)

 それが零二の偽らざる本音。

 まさかここまで相手(美影)が強くなっているとは思いもしなかった。

(間合いさえ詰めちまえばどうだってなるって思ったけど)

 以前とは比較にならない程に身のこなしが鋭くなっている。それが指し示すのはただ一つ。

(アイツ、キッチリ()()を練ってやがったワケだ)

 もう以前のようにはいかないという事実を前にし。

「へっ、いいぜお前」

 零二はこれ以上なく獰猛に、愉しげに破顔してみせた。


(ったく、粘るわね)

 美影はここまで長引くとは想定だにしていなかった。

 相手の体調を鑑みれば、とっくに決着しているはずだった。

 今の零二に対し、自身の体調はほぼ万全。およそ負ける要素など見受けられないはず。実際、それはここに至って確信もしている。

(間違いなく弱ってる。上手く誤魔化してるつもりみたいだけど)

 さっきの攻撃にしてもそうだ。零二の拳にはいつものような迫力が足りない。あんなに遅くもないし、鋭さも足りない。決定的なのは投げ捨てる際、零二の腕から熱を感じなかった事だ。美影も炎熱系のイレギュラーを持っているので分かる。

(アイツは騙し騙し何とかやりくりしてるだけ。そろそろ限界のハズよ)

 なら、と次に取りべき行動を決め、美影は炎を発現。槍状に変化させる。


「へっ、そうだな。()()()()だわな」

「そうね。これでアンタを燃やしてやるわ」


 美影が放つのは十八番たる炎の槍(激怒の槍)

 対して零二は右拳を白く輝かせ、激情に任せた一撃を放たんとする。


 互いに手の内は知っている者同士の対決は、得てして決着が着くまで時間がかかる事が多い。だが、この二人に関しては話は別だ。

 零二はどの道、限界が近い。少しでも早く決着しなければならない。

 一方の美影は、その零二の一撃を真っ正面から迎え撃ち、勝利を収めんとする。


「は、アアアッッッッ」

 先に動いた零二が左足を踏み込ませ、震脚のように勢い良く床を踏み抜く。生じた勢いを下半身より上半身へ、そして拳へと乗せて解き放つ。白く輝く激情の一撃は相手へと向かい。

激怒の槍(レイジスピア)

 美影もまた、炎の槍を放った。


 そして、────教室が激しい閃光に包まれた次の瞬間。

 激しい轟音と共に爆発が生じるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ