フール&パペッター(fool&puppeteer)その3
「ケッヘッヘッヘッヘ」
裏見が笑う中。戦いは続いていく。
炎と焔がぶつかり合い、教室はまさに戦場の様相を呈する。
今や生徒などほぼいないので、犠牲者が出る心配などそもそもないのだが、零二か美影、或いは双方なのか分からないが、周囲にはフィールドが展開されており、露払いは万全である。
(とは言え、フィールドが出ちまった以上、WD、いいやWGの連中がちょっかいをかけてくるだろうな)
という事は戦いを長引かせる、という選択は両者にはないはず。
(もうすぐ、あともう少しでどちらかが死ぬ────)
その時が来るのを、ただただ心躍らせていた。
◆◆◆
「え?」
裏見は今、何を言われたのかよく分からなかった。
自分は確か、こう訊ねたはず。どうすれば君のようになれるのか、と。
「ま、まって。今、なんて……」
聞き間違いだ。そうに決まってる。
「ン? 聞こえなかったのかよ。じゃあもう一回言うぞ。オレになっても意味なンかねェ」
「──!」
何を言っているのかが分からない。何故意味がないなどと言い放つのか。
「どうにも伝わってねェみたいだな。いいか? オレの真似なンぞする必要なんざこれっぽっちもないってこった」
「どうしてだよ。僕も強くなりたいのに」
自分でも食い下がるなんて思いもよらなかった。
だって、相手は間違いなく自分などよりずっと強い。ケンカをしても万に一つの勝ち目もない。あんな社長の息子達のように、自分の親の立場を借りねばならないような連中とはまるで別の存在。それに噂では聞いていたが、弱い者いじめを見るのが嫌いらしい、というのは目の前で立証された。確かに不良なのだろう。ただそれは姿とかそういう表面的なモノではなく、もっと内面的なモノなのだろう。ツンツンした髪型は校則違反ギリギリだが、それ以外は制服にしろ何にせよ、特に目立つ部分はない。
「武藤君があんなにも強いのはどうしてなんだ」
「オイオイ。そンなにがっつくなよ」
零二が苦笑している様は、とても誰もが恐れおののく問題児には似つかわしくない。掴みかかるように迫る裏見だが、零二からすれば何の脅威でもない。軽く手で制すると話を続ける。
「言っとくけどな。お前よかオレは強い。それは分かるよな?」
「う、うん」
「で、お前の考える強さってのは何だ?」
「え。ぼ、くの考える強さ?」
「そ。言っとくけど力技で、ってなら諦めな。それは分かりやすいけど、一番じゃねェ」
「…………」
「なンつーかさ。単にケンカに勝ちたいってんなら、いくらでもやりようはあるのさ。さっきのどっかのもやしみてェなヤツならな。ああいう手合いは自分がやられる立場になったら途端にへたるからよ。さっきもそうだ。アイツ、何も出来ずに逃げたろ?
そういうこった。相手にする価値もねェ」
「でも、それは武藤君が有名だから、であって。僕の場合、あいつの父親が会社の社長で……」
「へっ、つまりは猫の威を借りるキツネ野郎ってこった」
「それを、言うなら、と、虎の威を借りる……」
「関係ねェよ。要はあのヘタレ野郎がアホだってこった。ま、そこら辺は任せろよ。
事情を知ったからにゃ、少しばっか助けてやっからよ。
お前にゃお前なりの戦い方、ってのがあるし、強さなンつうのはそれぞれなのさ。
あンまり考え込まないようにしろよな、──」
じゃあな、と手を振りながら零二は去っていく。
「ぼく、なりの強さ?」
裏見は言われた言葉をただただ呆然とした面持ちで、呟き続けていた。
それから社長の息子達からのいじめはぱったりと途絶えた。
零二から睨まれたからだろう、彼らはそれから一切裏見に手を出す事はなく、そのまま中等部を卒業。高等部へ進学。
三ヶ月前。
裏見は体調に違和感を覚えて、近所の個人病院に直行。
その個人病院の院長こそがWDに連なるマイノリティであり、裏見は自分がマイノリティとなった事実を知る事となった。
「おめでとう。君は選ばれたのだよ」
その医師の名前は郭清増悪。
表向きはある大学病院出身の有名医師。その裏の顔はWD九頭龍支部に所属するエージェント。闇医者ではなくれっきとした医師であり、診察も正確でフォローも行き届いており、近所からの評判もいい。
「それは当然だよ。私はWD、……もといマイノリティである以前に医術を志す者なのだから」
郭清はにこやかに笑った。
気が付けば裏見はWDの一員、あるファランクスのリーダーに紹介され、その一員となっていた。あれよあれよという間に、流される格好で足を踏み入れた裏の世界。
そして彼は知る。この世界中で人知れずに、だが確実に異変が広がっている事を。
これまで少数派でしかなかったはずの異能者は急激にその数を増やし出し、呼応するかのように怪異とも思える様々な事件が発生。
そして急増するマイノリティの受け入れ先であり、今や世界に影響力を持つ集団こそがWGであり、またWDなのだと。
「いいか。この世界は私たちに優しくはない」
ファランクス”ザ・フール”のリーダーである拝見沙友理は断言する。
可もなく不可もなく、という格好は一見すればOLにしか見えない。実際、普段はある企業にて社長秘書をしているらしい。
「私たちはこの世界ではあくまで異物でしかない。下手に悪目立ちすれば身を破滅させる事になる。肝に命じておけ」
拝見がどういったイレギュラーなのかは裏見は知らない。その一方で拝見は郭清医師より患者であり、新たな仲間のイレギュラーをおおよそ把握した上で紹介しているので、裏見にとって拝見は得体の知れない存在。
彼女もまた、そういう自分の立場はよく理解している。
自分のイレギュラーは見せる事なく、裏見を使う。
それは結局の所、以前とあまり変わっていなかったのかも知れない。
傍目から、第三者から見れば裏見が上司にいいように扱われている様は、社長の息子達にパシりにされるのと同じ、何ら大差のない状況なのかも知れない。
だが当人とすれば、今の己は自分の得た能力を上司を正当に評価された上で動いている。これまでのようなぞんざいな扱いなどではなく、結果を出せば報酬も貰える。
気が付けば、裏見を取り巻く状況は大きく変わっていた。
学園で極力目立たないようにするのは今まで通りだ。
だがそれまでのようにただ息を潜め、何かに怯える事もなく、日々を生きていける。それだけの事、当たり前の事が嬉しかった。
「裏見、お前には一つ仕事を頼む」
今年の五月。拝見からある任務依頼が裏見へと届く。
「依頼人は言えないが、お前にはこの人物の監視に当たってもらう」
拝見は依頼を伝える際、それを必ず口頭で、直に資料を渡す。
「これは……」
裏見は思わず息を呑んだ。
監視任務はこれまで幾度もこなした。対象は様々。小さな会社社長からドロップアウトのメンバー。それから警察関係者に至るまで多くの人間を相手に裏見はイレギュラーを用いて過分なく監視や調査をこなしてきた。
だから、どんな相手であっても自分は問題なく任務をこなせるはずなのだが。
「今回の対象は武藤零二。通称”深紅の零”だ」
そこに写っていたのは、以前自分を助けてくれた不良少年だった。




