フール&パペッター(fool&puppeteer)その2
「ケッヘッヘッヘッヘ。こんなにも上手くいくなんてな」
男はほくそ笑む。抑えようとしても抑え切れやしない。腹の奥から笑い声をあげ、哄笑したい気分だった。
「ケッヘッヘッヘッヘ。どうだ」
男は心底から愉快だった。
彼の名前は裏見返市。九頭龍学園高等部の生徒であり、WD九頭龍支部に所属するエージェントの一人。とは言え、彼がWDのエージェントである事を知っているのは、自身の所属するファランクスの面々のみ。目立つ功績など一度も上げた事もない為に、存在すらほぼ不明。前の支部長であった九条羽鳥の情報統制によって秘匿されていた桜音次歌音とはまた別の意味で工作員として最適な人材であった。
(どうだ? 誰が役立たずだ)
どうだ、と声を大にして問い質してやりたい衝動に駆られる。
この状況、零二と美影の激突という結果は裏見のイレギュラーによって引き起こされた事態。
(確かにおれのイレギュラーは戦闘には適してない。潜入工作がせいぜいだろうよ)
だが、どうだ!
この状況を引き起こしたのは間違いなく己の画策による結果。
これまで功績らしい功績など皆無。それこそ零二や美影からすれば雑魚でしかない存在の自分が本気を出せばこうも容易く殺し合いになるのだ。
(ケッヘッヘッヘッヘ。どいつもこいつもおれを雑魚だと見くびりやがって。どうだ? お前らにこんな芸当が出来るのかよ? ああん?)
最高に愉快、痛快。これで少なくともどちらか一人は倒れる。残った一人にしても、消耗は避けられず、もしかすれば自分でも倒せるかも知れない。
(何にせよおれのイレギュラーでこうなったんだ。リーダーも認めざるをえないだろう。
ああ、そうに決まってる)
◆◆◆
裏見がWDに入ったのは二ヶ月前の事。
人見知りで、内気な彼は同級生からいじめられていた。
いじめが始まったのは中等部三年生になったからしばらく。
昼のパンを買いに行かされるのは当然で、金は当然とばかりに裏見の負担。思えばイレギュラーに起因するのか、筆跡の真似が得意でレポートなどの課題まで代行させられもした。
だが半年前のある日。いじめは突如として終わりを告げる。
「いいから脱げよ」
「い、いやだよ」
「おいおい裏見くぅん。何口答えしてんのよお前さぁ」
「ひいっ」
ガタンと音を立てて、机が蹴り飛ばされる。
放課後。今は使われない教室に呼び出される。ここはイジメグループのたまり場になっていて、そこで同級生達から理不尽な要求をされ、その日はジャンケンで負ければ服を脱がされる、というルール。当然ながら、彼以外全員がグルになって結果の見えたゲーム。
勝ったのに、遅出しだと言われ、ローカルルールじゃこっちが勝ちだとか難癖を付けられ、裏見は負け続け、服を脱がされた。
「もう一枚だけじゃん。簡単だろ? パシったりするワケじゃないんだ」
「そうそう。これは友情を確認するのが目的なんだぜ。なぁ頼むよ、友達だろぉ」
「これっきりにしてやる。パンツさえ脱いだらよ、じゃなきゃ……」
「や、やめてよ」
分かりきった事だ。これで終わるはずもない。ここで全裸になったらそれをネタにまた、一層酷い仕打ちをするに決まってる。
分かっている。だが裏見には逆らえない。グループの中心にいるのは父親の勤め先の社長の息子。ここで刃向かえば父親に迷惑がかかるかも知れない。
「いいんだぜ。別に従わなくたってさ。まぁ、その代わり、お前んちが大変かもなぁ」
「!!」
裏見の心などお見通しとばかりに、社長の息子がヘラヘラと笑う。
「お前んちって色々大変なんだってな。確か、お母さんが病気なんだってぇ」
「おいおいマジかぁ、そりゃ大変だなーー」
「それじゃパパさんが仕事クビにでもなったらヤバいじゃん」
誰もが心にもない言葉を吐いて、薄ら笑いを浮かべている。
彼らからすれば、裏見は都合のいい玩具なのだ。弱味を握ってるから逆らえない。逆らえばどうなるのかは明白なのだ。
「僕もさぁ、鬼じゃないんだ。ゲームをきちんとしたいだけなんだよ」
社長の息子は肩に手を回しつつ、囁く。
「いいから従えって。じゃなきゃ、分かってるだろ?」
「…………」
裏見は逆らえない。自分だけが我慢すれば、それでいい。そう思って、残ったパンツに手をかけた時だった。
「なぁ、お前らナニしてるワケ?」
「!!」
不意に声がかけられ、場にいた全員が振り向く。
そこにいたのは、中等部のみならず学園で一番の問題児。
急に転入してきて早々に高等部の不良グループに目を付けられ、それを返り討ちにしたとか何とか噂され、また、ドロップアウトのチームを壊滅させたとも言われ、その上役だった暴走族まで潰したとか言われる不良少年。その名前は──武藤零二。
「む、武藤君。こんな場所に何の用事だい?」
社長の息子は突如出て来た零二を前に怯えを隠せない。
「ン? お前」
「や、やぁ」
「ああ、そういやお前。この前ぶっ飛ばした族の下っ端だったな。何だよ、お前こっちじゃ随分とエラそうだな」
「い、いや。その」
完全に蛇に睨まれた蛙、といった趣に、裏見は状況が把握出来ない。
「オイ、何くだらねェコトしてやがる?」
「いや。あの、ちょっとしたお遊びを、さ」
「ヘェ。じゃオレも混ぜろよ。それとも、コレって遊びじゃねェのかな?」
「、ひっっ」
ただそれだけ。零二は社長の息子達に対して、手など一切出す事もなく、それだけでイジメは終わった。
イジメグループが逃げ出し、教室には裏見が一人残された。
「はっ、はっっ」
気付けば、零二を追いかけていた。
どうすればそんなにも強くなれるのか、どうすれば理不尽な目に合わずに済むのかを知りたくて。
「あ、あのっ」
「ン?」
「どうしたら、武藤君みたいになれる、の?」
精一杯の勇気を振り絞っての問いかけ。
もしかすれば零二ならば教えてくれるかも、という淡い期待をこめた質問は。
「オレになっても意味なンかねェよ」
ただの一言で返された。




