フール&パペッター(fool&puppeteer)その1
九月一日。
午後十三時。
九頭龍学園高等部のとある教室。
始業式とホームルームのみで午前中で学校は終わり、生徒の大半は既に下校、もしくは部活動の為にそれぞれの場所へと向かい、無人化したその場所で。
「ま、待て。オイオイオイ待てったら────どわっっっ」
騒動は起きていた。
零二は飛んできた火球を前へ飛び込んで躱す。
火球はその場にて即座に消失。教室には一切の被害はない。
「おま、ふざけるな──うわっっちゃ」
抗議の声をあげようと試みる零二だが、その目前には無数の火球が既に迫りつつある。
「ぐぎゃあああああ」
絶叫をあげながら、その場を転げ回る様はとてもじゃないが、WD九頭龍支部において悪名高き問題児にして、最凶と目される人物には思えない。
「逃げるな、このバカッッッ」
そして、逃げ惑う零二を罵倒しつつ、無数の火球を続々と放つ少女、つまりは美影の様相を見ると、一体どちらが悪役なのかが…………。
「この悪人っっ」
「誰が悪人だ。公共の敵のくせにっっ」
「ば、バカっっ。それシャレにならねェぞッッッッ」
無数の火球は一つにまとまっていき──巨大な炎へと転じて、零二を覆い尽くしていく。
「燃えちまえッッッッ」
美影の絶叫と共に教室は炎と爆炎によって吹き飛んだ。
◆◆◆
いや、思えばその日は朝から散々だったンだよな。
だってよ、気分一新、新学期だっつぅのに。いつもよりずうっと早い時間に学園に行って、教室に一番乗りだって思ったワケなのにだぜ。
それが、だぜ?
気分良く学舎に入ろうってしたら、どうだよ。
ドラミのヤツがいやだった。もうアレですわ。テンションがた落ちですわ。
アイツ、何なのさ。何でいつもああも機嫌悪いワケよ?
オレとしちゃよ、品行方正でいたいワケ。せめてココにいる時くらいはさ、WDっつう悪党の一員とは関係なく、フツーの高校生、十代の青春ってのを満喫したいワケなのだぜ。
それがコレだ。
気が付けばオレは教室内でアイツとド突き合い。
一学期もまぁ、そのド突き合いしたけどもな。
二学期になるコトだし、そういうのはもう、いいかな、って思ってた。
だってよ、みっともないじゃない。
それに、オレが本気出しちまったら最後、絶対勝っちゃうワケじゃん。
そンな分かり切ったコトをわざわざ証明する必要性があるか? ねェわな。
何にせよ、だ。一つだけ言えるのは。
「おま、おいよせっっっ」
今日が最悪な一日だっつうコトだな。
思えば今日は朝からイヤな始まり方だったと思う。
だって、寮の部屋に戻ったのがついさっきだったから、ろくに寝ていなかったし。鏡に映ったアタシの顔、本当に酷かったもの。
とりあえず寮母のおばさんが用意してくれた朝食を食べて、シャワーで気分をスッキリさせて、ベッドに飛び込みたい欲求を我慢して、それで高等部に来たのに、よ。
何で朝一番、二学期最初に顔を合わせるクラスメートがアイツなのよ?
保健室とかで仮眠取らせてもらおうと早めに来たのが裏目だったっての?
いやいやいやいや、違うわよね。アイツが今日に限って早く来過ぎなのよ。
オマケに、何よアイツ? こっちが嫌味たっぷりに挨拶してやったってのに、あろうことか挨拶を返した。意味分からないんですけど。嫌味を返すなり、何なりあるでしょう。何でそんなマトモな返しなのよ。意味分からないんですけど。
そんなこんなでこっちが戸惑ってる内に玄関入っていくし。調子が狂って仕方がないわ。
◆
(ちょっと、一体何なのよアンタ?)
HRの少し前。
やっぱり武藤零二は何かおかしい。
アイツがああ見えて意外と学校が好きだってのは薄々分かってた。
だってアイツ。普段、授業中に居眠りとかしていないのよ。あんなどうしようもない不良のクセして。ノートをキッチリ書いてるワケじゃないみたいだけど、先生に不意に示されても、キッチリ答えるし。ムカつくコトに、学力テストの成績がいつも学年上位だし。まぁ、アタシの方がいつも上なのだけども。だって学年一位だもの。
でも今日は何かおかしいわ。いつもおかしいけど、今日は特におかしい。
何だか妙にソワソワしてる。何処か上の空、っていうか、考え事してる感じ、なのか。
業腹だけど教室の席が隣だから。イヤでも目に入るから分かる。
(もしかして、何かロクでもないコトを企んでるのかも……)
今朝方、あのバカの相棒だっていう歌音ちゃんと話をした。
あの子は口は悪いけど、根は素直ないい子だった。あの子曰わく、あのバカはほっとけばいいそうだけど。それはどうかしら? 歌音ちゃんは素直だから、口でああだこうだ、って言いくるめられたのかも。
何にせよ、気に食わないわ。問い詰めてやる。で、必要ならぶっ飛ばしてやる。
(オイオイ。一体何なんだよアイツ?)
時刻はHRのちょっと前。
あの怒羅美影。いつも以上におかしいぞ。
アイツが真面目ぶってるのは、学校が好きだからだっつぅのは薄々分かってた。
だってアイツ、授業中とか寝ないんだぜ。あくびすらしねェし、おまけに授業中マジメにノートを取ってるンだよな。まぁ優等生なのは本当だろうさ。学力テストでいつも一位らしいからな。あンなの授業を聞いてりゃ問題ないし、そもそも武藤の家にいた時に秀じいに勉学も出来ねばならぬ、っつぅコトで高校三年分はやっちまったものな。
え、何? 自慢話してンじゃねェって。いや、別にそういうつもりじゃないンだけどもな。
コホン、話が脱線しちまった。
とにかくアイツは今日様子がおかしい。
いつもなら、もうこう、あれこれって口やかましく、オレに小言を言ってきそうなモノだのに。何で突っかかってこねェのよ?
いつもみたく小言を言って、それにオレが反撃(出来てるかはさておき)して、ああだこうだって色々なるパターンにならねェのは、どうにも気持ちが悪い。
いつもみたく、もっと向かって来いよ。調子が狂っちまうだろが。
◆
午後十二時五十七分。
「で、何の用だよ? わざわざ誰も使ってない空き教室なンぞに呼び出しやがってよ」
「はん。何言ってんの? そっちがわざわざこんな場所に来いって言ったんでしょ?」
零二と美影は互いを睨み合う。
朝方感じていた、互いへの違和感などどこ吹く風やら。
「で、結局どうしたいンだよお前?」
「ハッ、それはコチラの台詞なんだけど?」
零二が獣のように獰猛な視線を向ければ、美影も負けじと獲物を狙う狩人の如く──射抜くような視線を返す。
「へっ、やっぱどうにも噛み合わねェな。オレたちは」
「そうね。そこだけは同感」
「ならどうするかだけどよぉ……」
「決まってるでしょ。この場でカタを付けるのみよ」
「だな」「ええ」
「「ならっっっ」」
零二と美影。
焔と炎を担う者達はこうしてぶつかる。
二人はまだ知らない。この状況が何者かの画策によるものなのだと。




