狂信者(Fanatic)
”この世は狂ってる。
ああ、そうだよ。狂ってるよ。私達がね。
だってそうだろう?
考えて見るといい。世界に意思など存在しない。ただそこにあり、ただ漂い、揺らめくだけの舞台装置に自意識などあろうはずがない。
ほら、そうであればやっぱり狂ってるのは、我々人類以外にはいなくなったじゃないか。
なら、どうしたらいいのだと思う?
狂ってしまった世界はどうすれば元通りになるのだと思う?
簡単だよ。本当に簡単な事だ。
全部消えてしまえばいい。世界を狂わせる愚かな旧人類の悉くを消してしまえばいい。
それを為すのが我々、新たな人類であり、我々を支援する皆々様なのです。
さぁ、世界を変える時が来た。
我々は敢えて旧社会へのEnemiyとなり、新たな世界を築き上げる為の尖兵とならん。
我々こそNWE。新たな世界を築く為の尖兵なのだ。”
「何度聞いても素晴らしいお話ですね。我らが指導者」
男は感極まったのか、目から涙を流して、身を震わせる。
イヤホン越しに耳に届く指導者の声だけが、彼にとって唯一無二。絶対の掟。
男は恍惚の中でその手を、足を動かす。
響き渡る悲鳴、飛び散る鮮血。
ぱっ、ぱっ、と銃が火を噴く。だが男は止まらない。
恍惚に満ちた笑顔のままに、返り血に染まっていく。
無残に凄惨にいくつもの命がそこで途切れ、損なわれていく。
そして、どの位の時間が経ったのか。
「我ら選ばれし者。新たな世界へ導く尖兵たらん」
呪文でも唱えるかのように、男はそう誰に言うでもなく呟く。
「指導者よ、どうかこの非才の身を導きたまえ────」
男が高らかに声をあげる。彼には悪意など一切存在しない。何故なら、この行為は悪ではなく、尖兵として、世界を変える為の礎なのだから。
◆◆◆
「うっ、げっっ」
その光景を目の当たりにした警察官はこみ上げる不快感を堪えきれずに、嘔吐する。
彼は新人ではない。勤務歴十年を越え、数々の犯罪、殺人事件の現場にも立ち合ってきた。
だから、嫌な言い方ではあるが、人の死には一般人よりは慣れている。
だが、堪えきれなかった。
現場となった室内は、あまりにも凄惨極まる有り様だった。
「こいつはひどいな」
鑑識課の主任もまた、吐き気こそ催さないものの、表情を歪める。
「害者は、駄目だ。今は分からん」
被害者の人数すら分からない。だって、そこにあるのは無数の肉片。
「凶器は…………刃物だろうな。だが、こんな有り様をどうすれば作れる?」
部屋の全てが赤黒かった。元々は真っ白な壁や天井、茶色のフローリングに至るまでその全てが赤黒く染め上げられている。
「殺し、いや、これはもうそんなもんじゃないな」
主任は視線を上へと向ける。そこにあるのは本来あるはずのないモノ。ブラブラ、と揺れる臓器の一部。
「こいつは、趣味の悪い動物の解体ショーだ」
その事件はあまりの凄惨さ並びに、残虐さの為、マスコミには具体的な犯行内容は流されずに、ただこう知らされる。
多量の血痕から殺人事件か? DNA情報などから被害者の身元は分からず。恐らくは外国人。
そしてそれ以上の手がかりもないままに、事件は迷宮入り。最初こそ謎だらけの事件を前にマスコミは色々と記事を書き、犯人像などを予想したりしたものの、一向に進展しない捜査状況に興味を失ったのか、報道される事もなくなった。
この凶行を行った犯人は、後に警察関係者からこう呼ばれる事となる。
”破壊者”と。
この異常な犯行は、定期的に全国各地にて発生。
最初はその異常な犯行現場から、犯人像が定まらなかったものの、やがて、一つの可能性が提示される。
これは少数派による犯行である、と。
そして、捜査は一般の警察組織の手から離れていった。
異常な事件に対応出来得るのは、同じく異常な能力、イレギュラーを持った同類だけなのだから、と。
「はい。おお、それは誠ですか? 指導者の為ならこの身を捧げましょう。では、そのように」
男は歓喜に打ち震えていた。それも無理もない。電話越しの声は、彼が唯一絶対と崇める人物であったのだから。
「では、向かうとしましょうか」
口元を大きく歪ませ、男は電車へ乗り込む。電車の終点は九頭龍。
今この国で一番勢いのあり、もっとも汚れた街の一つ。
男には名前などない。己に名前など不要。偉大なるグランドマスターの為の剣であればいい。そして道具である身に名前など必要ではない。
「楽しみです。我ら選ばれし者による新たな伝導。九頭龍、ですか。はてさて、一体……」
だが、男は自分が世間でどう呼ばれているのかは知っている。それ即ちデモリッション、破壊者と。
「……どれだけの不信心者がいるのでしょうかね。教えを説くのが楽しみです」
かくして男は、デモリッションは九頭龍へと足を向ける。自身の信奉する偉大なるグランドマスターの教えを伝える為に。誰しも理解し難き理不尽な信仰を広める為に。




