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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 12
427/613

クレイジーサマーエンディングザディ(Crazy summer ending the day)その27

 

「あー、やっべ。ねみぃ」

 零二は大あくびをしながら、スクーターを駐輪場に置く。

 九月一日。午前七時三十分。

 久方ぶりに制服を着ての登校だが、とにかく眠気が強い。

「う~。あっつい」

 普段なら決して口にする事もないその言葉は、零二の現状をこれ以上なく言い表している。

 端的に言えば、零二は今は()()()()()()()使()()()()状態だった。

「いって、」

 ズキン、と痛んだ肩に手を添える。全身の痛みがまだ収まっていない。傷そのものは、昨晩の内におおよそ回復したのだが、仮眠して、目を覚ませば、イレギュラーが全く使えなくなっていた。どうやら内側、精神的にはまだ疲弊したままらしい。

(クッソ、これじゃ走ったりするだけでも難儀だな)

 出来れば半日は休みたい所だったが、そうもいかない。

 そう思った零二はいつもよりもずっと早く、こうしてスクーターを駆って学園へと到着した。

 今日は二学期の始業式と、ホームルームだけ。なので午前中には帰れる。

「億劫だな。ゆっくり寝てたい」

 あ~あ、と呟きつつ、心底嫌そうな表情を浮かべ、重い足取りで学舎へと足を運ぼうとした時だった。

「あーら、おはよう武藤零二君。随分とお早い登校ね」

「ゲッ」

 後ろからかけられた聞き覚えのある声に、零二の足が止まる。

「ゲッ、て何よ。失礼ね本当」

 ツンケンとした声だが、敵意は感じられない。とりあえず当面の危機はないと判断して、恐る恐る振り向く。

「なに?」

「いや、別に」

 そこにいたのは、零二にとってある意味天敵とも云える相手こと美影。

「辛気臭い顔してるわね? 宿題でも忘れた?」

 いちいちチクチクと刺さるような棘のある言葉とは裏腹に朗らかな表情なのは、一応自分が優等生だというのを認識しているからだろうか。

「へっ、ご苦労なこって」

 もう、メッキは大分剥がれてんぞ、と言いたくなるのをこらえ、零二は精一杯の笑み(本人としては)を浮かべて、「……オハヨーさん」と挨拶を返す。

「──!」

 挨拶を返されるとは夢にも思わなかったのか、美影は驚きのあまりに思わず、バックステップ。周囲を見回して、警戒態勢を取りつつ、露骨に嫌そうな表情で、「何言ってんのアンタ。熱でもあるワケ?」と訝しげに言う。

「オイ、そっちこそ失礼だな……」

 心外だ、と言う零二だが、確かに普段ならば決してこんなコトは言わないわな、と内心思う。

(どうも調子が出ねェな。ああ、そっか。オレ、ケガ人だからだわ)

 そうかそうか、と頷きながら、零二は一人納得した表情で下足箱へと歩き出す。

「ちょ、アンタ。話は終わってないわよ、オイコラっっっ」

 無視された格好の美影はさっきまでの優等生風の表情は何処へやら。一転、鬼、般若のような形相で天敵を追いかける。

 両者共に互いを天敵だと認識し、顔さえ合わせればケンカばかり。傍目から見ればその様子はどう映るのだろうか?



「…………はぁ」

 そんな両者のやり取りを、高等部の学舎から少し離れた中等部の学舎の屋上から双眼鏡で見ている影が一つ。より正確には二つ。

「あーあ。新学期も早々にまた夫婦喧嘩かよ。仲の良いこった」

 やれやれ、双眼鏡から目を離して、紙パックのフルーツ牛乳を飲むのは田島。

「ケンカする程仲がいい、とは言うが、この場合、さしずめ夫婦喧嘩は犬も食わないが正しい言葉だろうな」

 もう一人、進士は小型のドローンによってやり取りを観察。二人が何を言ってたのかまで把握していて、こちらは田島以上に、心底から呆れ返った面持ちで、学園内にあるコンビニで買ったサンドイッチを頬張る。

「全くよぉ、何でこんな事せなきゃならないんかねぇ」

 田島は如何にもやる気なさげにあくびをする。

「愚痴るな。これも()()だ。諦めろ」

 進士は淡々とした口調で、あっと言う間にサンドイッチを平らげる。

「それにしても、何を考えてるんだよ歩さんは」

「お前、仮にも支部長を気安く呼ぶんじゃない」

「いやさぁ。その支部長当人が支部長って呼び方はどうも聞き慣れないから、俺の事は歩さん、って呼んでくれればいい、って言うんだぜ?」

「確かにそう口にしてはいたが、……だからと言っても相手は上司だぞ」

「いいや。歩さんはそういう事は気にしないな。何せずうっとひとところに留まらずに、全国各地を渡り歩いてきたんだぜ? 美影とは違って愛想だっていいし、……まさに俺の目指す凄腕エージェントそのものだ」

「お前の憧れなんか僕にはどうだっていいがな」

「ったく、本当に堅苦しいな将はさ」

「お前がチャラいだけだ」

 軽口を叩き合う内に、零二と、それを追いかける形で美影の二人は学舎へと入っていく。

「よし、俺達も行くか」

「ああ、任務継続だ」

 田島と進士の新たな任務はこうして始まった。



 ◆◆◆



「春日支部長」

「…………ん、っ」

 まるで刃物でも突き刺すような鋭さを漂わせる言葉に、支部長室のソファーで船を漕いでいた、もとい仮眠を取っていた春日歩は目蓋を開く。

「支部長室は仮眠室ではありませんよ」

「いやぁ、ここのソファーってかなり上等じゃない。だから座ってる内に、ついついね。

 それより家門さん、何か用かな? ひょっとして俺に愛の告白でもしてくれるの?」

「…………意味が分かりません」

「────っっっ」


 いやさぁ、その時の恵美ちゃんの視線がさ、何ていうのかな。そうそう。まるで粗大ゴミでも見るかのような、こうブルッて底冷えするような目をしててさ、俺って嫌われてるんかなって思ったよ。

(By ある支部長)



「スイマセンでした。ちゃんと仕事します」

「分かればいいんです」

「それで一体何の用なの。まさかモーニングコールに来たわけじゃあないでしょ?」

「当然です。このコーヒーはどうせ支部長の事なので、ここで寝ていると思ったので目覚まし代わりです」

「それ、モーニングコールだと思うけどなぁ」

「とにかく、早く思考回路を回復させてください。さぁ、」

 家門はブラックコーヒーが注がれたコーヒーカップをぐい、と差し出す。

「いやぁ、俺ってさ、ブラックよりもミルクとか入ってる方が──!」

 にへら、と笑いかけようとして思わず身震いする。ソファーに腰を沈める自分を見下ろす格好の副支部長は無言で顎をくい、と動かす。彼女の心中はきっとこうだろう。

 いいからさっさと飲め、チャラ男。真面目にしろ。

 歩はこの場に於ける自分の絶対的に不利な状況を理解すると、無言でコーヒーに口をつけるのだった。


「それで、ファニーフェイスに監視をつけた理由はどういう事でしょうか?」

「あ、もう知っちゃったか。うーん、内緒……」

「──ふざけてるんですか?」

 家門の目が鋭く細められる。確かにこの九頭龍支部のトップは、目の前のソファーに座っている青年であり、自分はその補佐役。

 組織に所属する以上、トップの決めた事には基本的には従うべきだとも分かっている。

「いくら支部長の決定とは言え、せめて理由は──」

 家門は、自分がらしくもなく冷静さを失っている事を自覚していた。

 常に冷静沈着、そうあろうと思い、実行してきたはずなのに。

 彼女は自覚していなかった。理由は自分が怒羅美影、という少女に対して抱いた感情なのだと。

 ただこの感情を持て余し、目の前にいる相手へぶちまけたい。そんな事を思い──。

「悪いけど今は教えられない。家門さん、らしくないよ」

 歩はソファーから立ち上がるとそのまま、部屋を後にする。

「何なの、どうしたの?」

 そして家門は、自分の内側に生じた変化にただ戸惑っていた。



「はぁ、まるで悪役じゃないか、俺って」

 歩はばつが悪そうに幾度となくかぶりを振る。

「わかってる。今はそうするのが一番だってな」

 そう。これは全て()()()()なのだ。現時点で、考えられる限り最悪の事態に対しての保険。

「全く……嫌な気分だぜ」

 他言無用。それが条件とは言え、果たして最善だったのかと言えば分からない。

「だけどな、俺は楽観主義者じゃないんだ」

 これはもしもの事態に対しての備え。勿論、他にも打てる手は打っておかねばならない。

「さてさて、どうなるんだろうな?」

 これから先に待ち受ける様々な可能性に考えを巡らせ、歩はかぶりを振る。


 九月一日、夏休みは終わり、二学期が始まろうとしていた。

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