クレイジーサマーエンディングザディ(Crazy summer ending the day)その26
『私を守っていただけませんか』
「────へ?」
予期せぬ言葉を受け、零二は目を幾度となくパチクリとさせる。
「え、え~っと…………どゆコト?」
零二には相手の言っている意味が分からなかった。そもそも異界、などという空間、一種の結界を構築し、そこに自分を誘い込める。或いは閉じ込められる力を持っている存在が、何故自身の身の保護を依頼するのかが理解出来なかった。
『困惑しているようですね』
「う、おっ」
姿もないのに、声はすぐ間近で聞こえ、思わず後ろへ飛び退く。
『この空間は基本的にあなたのイメージです。あなた自身がここをどういう場所なのかを規定し、私はそれを再現しているのに過ぎません』
「……じゃあ、コレ全部がオレの思い込み、ってコトか? それにしちゃ……」
『基本的にはそうですが、全てではありません。私の姿がないのはそういう事です』
「つまり、アンタにゃ姿がねェってコト?」
『ええ、私には確たる自己はありません。ただそこにあるモノ。それだけです』
「でもそれじゃおかしいぜ。自分ってモノがないなら、どうしてオレがアンタを守る必要があるのさ?」
反論しながら、頭がこんがらがりそうになる。
そもそも零二はこういった話が苦手だ。白い箱庭にいた頃から退屈しのぎに様々な本を読み、それなりの地頭は持っていたし、外の世界に出てからも、何のかんので教育を受けたりもした。その結果、今通っている学校の授業は何の問題もなく分かるし、テストだって常に上位であったりもする。
だが、それだけだ。零二が得意? なのはあくまでも机上での試験であって、こうした相手と面と向かっての議論となると、話は全く別だ。
哲学的な話は一応知っているが、だからといって論議までは出来ない。
「ええ、と。あ~よく分かンねェなぁ」
単純に罵ったり、怒らせたりとは違い、相手を納得させるのはどうにも苦手。理路整然と自分の主張を相手に伝える、という行為が良くも悪くも人慣れしていない零二は不得意なのだ。
『私には力などありません。ただ【繋がる】事しか出来ない。
私は周りの人の心の流れが観えて、そこに繋がるだけの概念なのですから』
「スゴイって思うけどな、ソレ」
零二はそれ以上ここで食い下がるのを止めた。話が進まないし、どうにも相手と自分とでは決定的に分かり合えない部分があるように思えたから。
『ええ、私は人とは違うのでしょうね』
「──!」
相手が心の流れ、というモノを観る事が出来る、というのだけは紛れもない事実だろう。零二が思った事に対しての今の言葉がそれを指し示している。
「わーったよ。お手上げだよ。降参だ」
零二は大袈裟に両手を掲げて、降参の意思を示す。こんなジェスチャーを入れるまでもなく、相手が心を読んでいるのだろうが、それは関係ない。読まれようとも読まれなかろうとも、自分の意思を示す、という行為は大事なのだから。
「単刀直入に聞くぜ。そもそもオレはどうやってアンタを守るンだ?」
零二は、一番の疑念を開口一番に訊ねた。
実体のないモノを守るのなど不可能。なのに、守れというのはどう考えても無茶ぶりだと思えたから。
『あなたに守って欲しいのは、私の担い手です』
「…………続けなよ」
『薄々は気付いているのでしょう? 私が誰なのかを』
「ああ。可能性があるのは添崎木岐だけだ」
『流石に気付きましたね』
「最初からか?」
『いいえ。添崎木岐自身は私の存在には気付いていません』
「じゃあ、いつからだ?」
『その問いかけに対しては、わかりません。私は気が付けば存在していた。それに異界では時間の経過など全くの無意味なのです。
ですので、私というモノがいつからいたのかは私自身にも分かりません。添崎木岐、という人格の一部なのかも知れませんし、それとは全く異なるモノなのかも知れません。ただそこにいて、添崎木岐、という器を【依り代】にしていた。それだけなのです』
「ソイツはまぁ…………」
とんでもない話だと零二は思う他なかった。自分という存在も大概だとは思っていたが、少なくとも木岐とは違い、自身の能力は認識していた。
だが彼女の場合は違う。何も知らないままに異能を得ていたばかりか、それぞれ自身に意識があるのだ。
「確認しとくぜ。アンタは、依り代にしてる木岐に自分のコトを教えないのか?」
『いいえ。教えるつもりはありません』
「どうして?」
「私の持つ権能は人が使うべきモノではないからです。私の権能を悪用すれば恐ろしい事が起きてしまう。それをさせない為にも、彼女に打ち明けるのは今は時期尚早なのです」
「じゃあ、いずれは言うつもりなンだな?」
『はい。彼女の器がもっと大きくなった暁には必ず』
「なら分かった。アンタの依頼受けてやるよ」
『あなたなら了承していただけると思っていました。ありがとうございます』
「じゃあよ、アンタって呼ぶのも妙だし、名前とか教えてくれねェか?」
『そうですね。であれば私の事は【識】とお呼びください』
「シキ? 随分と変わった名前だなぁ。ま、いいや。宜しくな」
零二は無邪気に笑うとその場で手を差し出す。
例え相手に姿がなくとも、それは関係ない、とばかりに。
『何をしているのです?』
「へっ、何でもねェよ」
そして、そこで零二は意識を失う。
世界は閉じていき、目を閉じる前、気のせいかも知れないが、誰かが笑ったような気がした。




