クレイジーサマーエンディングザディ(Crazy summer ending the day)その24
「で、オレにどうしろってワケ?」
オレは問いかける。
いつの間にか周囲は変わっていた。何もない、そう思ってたこの空間は淡い水色に変わっていた。それに気のせいか、空気、とでも形容すればいいのか。何にせよ肌は雫みたいなモノで濡れている。
「さっきからそこいらにいるンだろ? オレはこういうのには慣れてるから、驚ろきゃしねェよ。それに、ココはお前の世界だろ? なら、主導権はソッチだ。何も警戒する必要なンざないぜ」
奇妙なのはこの異界? の主が一向に姿を見せないってコトだ。
わざわざこンな大層なモノにお招きしといて、ソレだけってのはおかしいし、っていうかソレ以前にだ。
「テメェから呼び寄せたクセにもてなしもなし、っつうのは礼儀知らずってヤツじゃねェのかよ?」
ま、日頃から礼儀知らずの呼び声も高いオレが言うコトじゃないかもだけどよ。
『わかりました』
すると、声がした。ようやくこれで誰がここにオレを呼び寄せたのかがハッキリするらしい。期待してるっていう言い方は妙ちくりんだけど、少なくとも敵対してる、もしくは敵対しようって感じじゃないってのは分かってるつもりだ。
何せ異界ってのはその気さえあれば主の思いのまま、そういう場所でもあるみたいだからな。
「ン?」
だけど、待てども待てども相手は一向に姿を見せてこない。
自慢じゃないけど、オレは気が長い性質じゃねェ。おちょくるのはキライじゃないけど、おちょくられるのはキライだ。
「なぁ、何だよ? 戦う気はないンだろ? だったらオレの前に姿を見せても問題ないハズだぜ?」
声を荒げたりはしないけども、流石にイヤな気分だ。
「話があるってンなら、とっとと済ませちまおうぜ」
これでも、またぞろ無視を決め込むようなら、少しばかり強攻策だ。ここは相手の結界だけど、ここにいるオレってのはあくまでも精神。夢みたいなモノだ。なら、イメージすればイレギュラーだって使えるかもだ。別に戦いたいってコトじゃないけど、何も起きないまま焦らされるなら────。
『私は既に姿を見せていますよ。武藤零二』
「──!」
どうやらオレの心はお見通しってコトか。予想の範疇だったけど、いい気分じゃねェな。
「見せている、って言うけどオレにゃ何も見えないぜ」
『いいえ。私はとうにあなたの前に姿を見せています』
「オイオイ、からかうのも──」
『あなた自身がここがどういう場所なのかを知っている、と思いますが。ここは異界ですよ。
そしてこの異界は私のモノ。つまり私自身なのですよ』
「──!」
ゾクリ、とした感触、鳥肌が立った。
ふぅ、と風が凪いだ。団扇で優しく仰いだような微かな風がオレの頬を撫でた。
ただそれだけで充分だった。
「へっ、上等だぜ。オレが気付かなかっただけで、……とどのつまり、アンタは最初っからいたってワケだ」
今更ながら理解した。オレが遭っているのはまごうことなき人間とは別のモノなのだと。
オレが今いるこの場所そのものが、異界の主そのものなのだと。
「悪かった。で、オレに何の用事があるンだよ」
とりあえず向こうには敵意はない。なら、オレに出来るのはただ話をする、それだけだ。
『はい、武藤零二。あなたにお願いがあるのです』
そして、異界の主が口にしたのは────。
◆◆◆
「それで今日は何を見せてくれるのかな?」
パペットが前を行く神門へ訊ねる。
「来れば分かる」
神門は素っ気なく言葉を返すと、コツ、コツ、という独特の足音を立てて、ただ前へと歩く。
「…………」
パペットが時間を見れば、リムジンから降りてかれこれ数分。
廃工場に入って、ただ歩いているだけ。
(もっとも、単なる廃工場じゃないみたいだけども、ね)
実際、歩いていて分かる。造形物であるものの、忠実に人間を模造された彼には視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚に相当するセンサーが組み込まれている。
だからこそ分かる。暗視機能は搭載されてはいないので、聴覚と嗅覚を意図して拡張。その結果、様々な情報が分かるのだ。
例えば、聴覚で分かるのはここの床だが、コンクリートではあるが強化コンクリート、それも防爆仕様だということ。
嗅覚なら、微かに薬品の臭いがする、という点だ。これらの情報で分かるのは、ここが実験施設だという事。
(まぁ、地下空間があるんだろうね)
その推測は正しく、間もなく神門が何かボタンらしきもののを押すと、床の一部が動き出し、地下への階段が姿を表した。
「行くぞ」
神門はコツ、コツと如何にも歩きにくそうに階段を降りていき、パペットもそれに続く。
「これは…………」
パペットは思わず目を大きく見開いた。
そこにあったのは、無数の計器類。恐らくは観測用のドローンによるものであろう、九頭龍各地の現状を映し出す無数のモニター。それから心拍数、脳波らしきものをモニターする機器。これは恐らくは実験対象となっているマイノリティのデータ測定だろうか。とにかく膨大なデータがそこにはあった。
「少しは驚いてくれたか?」
「君も人が悪いね。想像もしなかったよ」
それはパペットの偽らざる本音であった。
この設備が全てでないのは明白だろうが、それでもこれだけの機材、それを運用し観測する人材の確保。これが並大抵の事ではないのだけは断言出来る。
「こと九頭龍に於いてEP製薬の情報収集能力はWGにも劣らないだろう」
神門の言葉は事実だろう。以前であれば、九条羽鳥がいた頃のWD九頭龍支部ならばEP製薬をも凌駕する情報収集能力を持ち得ていた事だろうが、それも今や過去の事。
(確かに、ね。EP製薬の影響力はかなりのものだよ)
実際、この一カ月で情勢は大きく変化した。それまではWD及びにWDという二大組織に睨まれないように慎重に慎重を重ねて活動していたのが、今や地域全域にまで影響力を及ぼせるようになったのだ。WD、つまりは九条羽鳥の管轄下にあった様々な設備などを接収出来たのも大きいだろう。その上でいくつかのファランクスをも傘下にしている。
(少なくとも、九頭龍では今やWDに取って代わったと言っても過言じゃないな)
そう思うパペット自身、EP製薬の躍進及びに勢力拡大の恩恵を受ける立場でもある。神門に様々なイレギュラー、マイノリティに関する知識やデータを提供したりもしたのも、WDと、より具体的には九条羽鳥と縁を切った事で失った後ろ盾を確保する為だったのだが。
(どうも僕は神門賢明を見くびっていたらしいね)
当初の、自分の見立てよりも遥かに巨大な力を得た後ろ盾を見て思う。
今回の件に関連して、先だっていくつものフリーク育成施設がWGによって強襲されたのも、神門の画策であったらしい。確かにフリークの育成、改良については目処は立っていた。施設に残っていた商品の大半は売れ残りであり、処分にも手間がかかるだろう。
それをWGに情報のリークをする事で一任し、そこに手一杯となった間隙を突いて新たな実験を進めもした。データは必要最低限集まったし、目的は達した。
「…………」
パペットは前を行く協力者に、脅威を覚えていた。相手はマイノリティではなく、無力な一般人だ。その気さえあれば今すぐにでも仕留めるのは容易い、そう思わせる程に無防備に背中を見せているのだが。
「やぁ、待っていてくれたね」
神門の声にパペットが視線を向けると、す、と何者かが姿を見せる。
外とは違い、ひんやりとした肌寒い空気が漂う場所にはおよそそぐわない、飾りっ気のない白いシャツにジャージを履いた女性らしき人物。
プツンと、音を立てて照明がつき、その姿が浮かび上がっていく。
一見すると美女、といって差し支えない顔立ちの女性ではあったが、それを台無しにするかのように捲り上げたシャツから腹部には禍々しさを感じさせる蛇のタトゥーが覗き込んでいる。髪の色はくすんだ赤。しばらく染めていないのか髪の毛の根元は地毛の黒が入っている。
「ああ、ワタシを紹介したいってのはそのガキなの?」
「そうだ。彼はパペット、見た目とは違って優秀な研究者だ。覚えておくといいよ」
「そう、──ふーん」
「!!」
パペットの眼前に彼女はいた。まるで見えなかった。そして遅れて、風が吹き抜ける。
「これは、そうか。君が縁起祀。成る程ね」
神門の抱えるマイノリティの中で、秘蔵っ子という事でこれまで隠された人物。
「それで、僕に何をしろっていうのかな?」
人形は視線を神門へと向ける。隠し札をここで見せた意図を聞く為に。
「いや、彼女を紹介したのは単に君への誠意だよ。常日頃からの、君の協力に対しての、ね」
思わせ振りに笑って見せる神門の表情は、まるで感情を窺わせない。
ただの人間。本来であればマイノリティに抗する事など到底叶わぬ身でありながら、まるでそれを匂わせない。
「つまりは僕の計画を教えてくれって事かな?」
「おや、教えてくれるのかな?」
「ああ、その為の縁起祀だろ?」
「はっはは、それではまるで私が君を嵌めたみたいじゃないか。でもまぁ、君の提案は有り難く受けるとしよう。祀君、君は訓練に向かいなさい」
「分かってる、じゃあまた」
素っ気ない言葉を言うや否や、一陣の風だけを残して縁起祀は姿を消し去る。
「君の隠し札は随分と不機嫌そうだね」
「ああ、彼女は不満でね。もっと強い相手を倒したいらしいんだ」
「叶えてあげないのかい?」
「いずれね。それよりも早く君の研究を開示して欲しいよ。楽しみだよ、ネフィリムが何処まで進んでいるのかを教えてもらえるのだから」
神門は満面の笑みを浮かべる。
パペットは人形らしからぬ苦笑を浮かべつつ、思う。
(どうやら僕はとんでもない怪物を作ってしまったのかもね)
この段階でEP製薬の暗躍をWGは把握していない。無論、WD、その枝葉でしかない零二には知る由などなかった。




