クレイジーサマーエンディングザディ(Crazy summer ending the day)その22
ピチャン、とした水滴の音でオレは目を覚ます。
「ン?」
頬にその水滴が落ちて、思わず身体を起こす。
「アレ?」
なのに、おかしなコトに、オレの頬は全く濡れてない。頬には確かに水の感触がある。なのに、何故だか、濡れてない。
「ここは何処だ?」
周りを見渡せど、一面真っ暗闇で何も見えやしない。
ただ、分かるのはピチャン、ピチャンという水滴の音がするコトだけ。
しかも、だ。
「なら、…………あれ?」
焔で辺りを照らそうと思ったけど、何も起こらない。明かり程度の焔なンざ、何の苦労もなく出来るはずなのに。
「イレギュラーが使えない、のか?」
それしか考えられない。そしてオレはココがどういう場所なのか、見当が付いた。
「へっ、どうやらココは異界ってヤツか」
そう言やこの妙ちくりンな雰囲気には覚えがあるな。なら、
「誰かは知らねェけど、姿を見せなよ。オレに用があるってンならさ」
そう。経験上こういった場所は偶然迷い込ンだりはしない。誰かが意図を持っていなきゃ入り込めやしない。そういった場所、一種の結界みたいなモノ、だったか。ともかくもそういうモノだって秀じいは言ってた。
すると、どうだ。周囲の雰囲気が俄に変わる。
オレの身体は何かに包み込まれ、浮いていた。
手足を動かすコトは出来るけど、何か、大きな抵抗を受けて上手く動かせない。
だけど、どうやら相手はその気になったみてェだ。
さっきまで誰の気配もなかったってのに、今は違う。ハッキリと誰かの気配を感じる。
「アンタがココの主ってワケだな?」
オレの問いかけに対して、誰かは────────。
◆◆◆
「う、っ」
気が付けば零二は見覚えのある天井を見上げていた。
シーリングファンがクルクルと回り、耳を澄まさずとも聞こえる曲には聞き馴染みがある。そう、これは彼女の曲だ。
「あ、レイジ。目ぇ覚めた」
そう言ってドタドタ、と駆け寄って来たのは同居人である神宮寺巫女。いつも通りにピンク色のシャツに、短パン。残暑が厳しく暑いのは分かるが、もう少し格好に気を付けて欲しい、と横目で見ながら零二は思う。
「今、何時だ?」
起き上がれば、壁にかけた時計で時刻の確認は出来るが、正直今は起き上がるのも億劫だった。どうやらリカバーは作用しているらしいが、とにかくだるい。全身に力が入らない。
「?」
「レイジ、動いちゃ駄目だよ。スッゴい大ケガしてたんだぜ」
「そっか、ああ、そうだったな」
思い返せば確かに教室での対決で重傷を負っていた。
「ココにはどうやって来たンだ?」
なのでそれが気になった。記憶がないという事は相手を倒してすぐに気を失ったという事。そんな状態の自分がどうしてここまで来れたのか。
「ああ、それなら隣の部屋に行けば分かるよ」
「?」
ともかくも零二は起き上がる。巫女の手を借りて、壁に肩を預ける格好でズリズリと、ゆっくりとした歩みで。そうしてようやくの事で隣室へ辿り着くと。
「あ、」
「────すー、すー」
そこにはテーブルに突っ伏した格好で静かに寝息を立てている木岐の姿があった。
「ムッフッフー」
「な、何だよ?」
「いやさぁ、レイジ君も隅におけませぬなぁ。あんなに可愛い子に連れてきてもらうなんてね」
「ちょ、ジョーダンはよせ。オレと木岐にはな、そういう浮ついた関係はな──」
「木岐って、呼び捨ててるじゃん。何、もう彼女扱いなのかなぁ?」
「────っっ」
零二は大きなため息を付きつつ、かぶりを振った。
そう言えば、この同居人に口喧嘩で勝てた試しがない。ましてや、こんな何ともいえない状況になってしまった理由を妹分に言ってしまえば、間違いなく心配される。
(いや、待て。そもそもオレのシャツとか取っ替えたのは誰だ? もうその段階でバレてるンじゃねェか?)
色々な事が頭の中をグルグルと回り巡り、目覚めたての零二はパニックになりそうになって。
「細かい事を考えるからそうなる。バカなんだから、そういうの似合わないと思う」
辛辣極まる物言いに振り向くと、いつの間にいたのか、背後には歌音が立っている。
「いくら自宅にいるからってこんなに隙だらけじゃ、暗殺されても文句は言えない。
あー、本当に面倒くさくて嫌」
「お前な、少しは言い方ってモノがあンだろ?」
「まぁまぁ。歌音ちゃんが連絡してくれたからおれ、いや、あたしもタクシーで迎えに行けたんだ。お礼の一つは言うべきだと思うぜ」
「う゛っ」
そう指摘されると零二は返す言葉もない。咳払いを一つ入れ、「その、悪かったな。手間をかけた」と、不承不承ながらも、ぺこりと頭を下げる。
「いいよ、たまたま近くにいただけだし」
歌音としても、零二がこうもあっさりと頭を下げるのに、戸惑ったのか、照れくさそうに頬を指でなぞった。
「それで、木岐だけど……」
改めて、リビングに木岐と巫女を残して零二は相棒たる歌音と普段は使っていない、客室で話を始める。
時刻は既に深夜の二時。日付は九月一日。
「それなんだけど、その、零二は気付いた」
「ン?」
ふと視線を向けると、歌音は口をもごつかせている。
そこにはいつものような辛辣さは見る影もなく、年相応の少女がいる。
「どうかしたのか?」
零二は全く気付かなかったが、歌音は目の前の相棒を名前で呼んだ。それまではあんた、呼ばわりしていたのを名前で呼んだ。
歌音にとっての、精一杯の親しみを込めた言葉だったのだが。
呼ばれた当人はその事に全く気付く様子もなく、端末に視線を向けている。
「……っ。何でもない。添崎木岐の事で気になる事がある」
歌音は頭を切り替え、話を切り出す事にした、
「添崎木岐、だけど、……彼女は異常だよ」
「……異常だと?」
思わぬ言葉に、零二の視線は歌音へと向けられる。
「ソイツは穏やかじゃねェ言い回しだな。根拠は?」
「そうね。根拠は彼女があまりにも普通な点かしら」
「……………………」
零二は言い返すべき言葉を失う。
その指摘は、零二が抱いていた微かな疑念そのものだったから。
「普通、一般人がイレギュラー犯罪に巻き込まれれば、あまりの事にパニックに陥るはず。
ましてや添崎木岐は同じ日に二度も巻き込まれた。これがどんな確率かは言わなくても良いわよね。とんでもなく低い確率だって」
「ああ、続けてくれ」
「今日起きた二つの事件だけど。いずれも何らかの異常な音が関係していたのよね?」
「ああ、そうだ」
結局、あの音が何なのかは零二には分からなかった。
スマホには後始末で学校に訪れた下村老人から、件のガジェットと思しきモノは見つからなかったらしい。どうやらあの戦闘の最中で、具体的には教室での爆発で破損したのだろう。
(結局、何もわからない、か)
自分でやった行動の結果とは言え、流石に落ち込む。西東からの依頼そのものはとりあえず一定の成果を挙げた。報酬も出る、というのもメールで確認済みだ。だけど、しっくりしない。
そんなモヤモヤした零二の心を読んでるかのように歌音は問いかける。
「まず間違いなく、精神干渉系のイレギュラーでしょうね。それで多くの人を狂わせた。間違いないわね?」
「そうだ」
「あんたも、僅かな時間だけど、無力化された?」
「ああ、吐き気がスゴくてな……」
「──なら、どうして添崎木岐は平気なの?」
「あ」
その指摘に零二は目を見開く。
そもそも、全てがおかしかった。
彼女は一般人、マイノリティではないはず。なのに、他の一般人のように凶暴化せず、多少不快そうな様子だけで済んでいた。
「……アイツはマイノリティなのか?」
それしか答えがなかった。
「可能性は高いと思う。それも多分、精神干渉系ね。だから、その音を聞いても影響が少なかったんだと思う」
歌音も確信している訳ではない。あくまでも可能性の指摘をしているに過ぎない。
「…………」
だが零二はその考えが恐らくは正しいと確信している。
確かに、あの精神干渉系と思しき音を聞いたのに、彼女には何の反応もなかった。今更ではあったが、あの段階でその可能性に気付くべきだった。そうすれば、その後の対応とて変わっただろう。そしてあの学校での対決もなかったかも知れない。
「ったく、とんだマヌケだなオレは」
零二はかぶりを振る。
もうすぐ深夜二時。二学期まで数時間しかなかったが、まだまだ眠りに着くには早いらしい。
零二と歌音はこれからの事について話をする事になった。




