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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 12
421/613

クレイジーサマーエンディングザディ(Crazy summer ending the day)その21

 

 ピチャン。水滴が落ちる音がする。

 ああ、聴こえる。声が聴こえる。


 ほんの少し前までずっと一緒にいたはずの、誰よりも仲が良かった男の子の声だ。

 彼はいつも笑ってた。楽しそうに笑って、私も思わず一緒に笑ってたな。


 ”ずっとずっといっしょだよ、ききちゃん”


 そんな事を言ったのはいつだったろう。

 ああ、思い出したよ。


 ”うん、やくそくだよゆうくん”


 私もそんな言葉を返したんだ。


 そっか。悠くんは覚えてたんだね。

 子供の頃の言葉をずっとずっと。深く深く心に刻みつけてたんだね。

 心が壊れた後も、その言葉を、約束だけは忘れずに、守ろうとしたんだね。


 そんな薄情な私が悠くんに言える言葉は、────。



 ◆◆◆



 その刹那、空気が爆ぜた。

 霧に覆われた教室内の水分が激情の焔によって瞬時に沸騰、水蒸気爆発を引き起こしたのだ。


「く、がっっ」

 零二は爆発で吹き飛そうになるのをこらえて、爆発の余波が木岐に及ばないように前へと立つ。

「──っっっ」

 焔や爆発によって生じた熱は問題ない。だが、それ以外には零二は完全に無防備。容赦なく降り注ぐ瓦礫や破片をその身に受け、零二は傷ついていく。

「ち、っっ」

 しかし零二は退かない。

 彼の後ろには気を失ったままの少女がいるから。戦う力など持たない彼女をこれ以上巻き込む訳にはいかない、それは零二の為だけではなく、きっと相手にしてもまた同じであっただろうから。



「う、っ」

 木岐が目を覚ますと、周囲の景色は一変していた。

「げほっ、ごほっ」

 思わずむせかえりつつ周囲を見回すと、教室内は靄と煙で何も見えず、背中を預けていた壁も床もボロボロ。何よりも鼻をつく異臭に半覚醒だった意識は一瞬で覚醒した。


「よ、無事だった、な」


 声がかけられ、木岐が顔を上げると、自分の前に立つ零二の姿があった。

「え、武藤くん?」

 零二の顔色は蒼白だった。そして、木岐の声を聞いて安心したのか、ぐらりと身体をよろめかせると、そのまま倒れ込む。

「ちぇ、思ったよりも、…………」

「!!」

 木岐は絶句した。

 倒れ込んだ零二だが、全身血塗れ。身体中に無数の破片や、貫通されたような穴が空いており、これで何故生きているのかが理解出来ない程に酷い有り様だった。

「しっかりして」

「へっ、心配いらねェよ。それよか──」

 零二はどう見ても強がりとしか思えない笑みを浮かべつつ、指を指す。木岐が視線を動かして、ふるふる、と震える指先の指し示す先にいたのは、瀕死の幼なじみの姿。

「アイツはもう長くない、何か言うなら……いまだぞ」

「零二くん…………」

 木岐は零二の促すままに、倒れている幼なじみの傍へ。

「か、っは……う、ぐ」

 捌幡悠は苦しみ、悶えていた。全身から焦げたような臭いを漂わせながら。

 それは奇妙な光景と云える。焦げた臭いこそすれども、彼自身は何処も燃えてもいなければ、火傷すら負ってないのだ。これなら、零二の方がずっと重傷に見える。

「悠くん」

 なのに、分かってしまう。もう、彼は助からないと。

 そっと、手で幼なじみの肩に触れた瞬間、確信してしまう。彼の中身はもう燃え尽きたのだと。生命力そのものが灼き尽くされたのだと分かってしまう。

「やぁ、きき」

 その声は穏やかだった。

 さっきまでのおよそ理性の欠片もない、獣のような印象とは打って変わって、彼女の知ってる幼なじみの少年本来の声だった。

「悠くん、ごめんね…………」

 木岐はそれ以上の言葉を口に出来なかった。目の前で死にかけている幼なじみに、それ以上言えば、それで終わってしまう、と思ってしまったから。言おうが言うまいが結末は一緒だと理解していても。間もなく捌幡悠はもうその命の灯火を消す。そう思うと言葉をかけるのが恐ろしくなったのだ。

「いいよ。ごめんな、」

 捌幡悠は逆に木岐に謝る。

「おれが、馬鹿な事をしちゃったばっかりに。おれのせいで、真一兄さんまで死んじまった。ほんと、何やってんだか、な」

 はは、という捌幡悠の笑い声は何処までも穏やかで、そして渇いている。そうしてひとしきり笑い終えると不意に、その表情を引き締める。

「あのさ、きき」

「…………」

 木岐は無言で幼なじみを見つめ返す。彼女には彼が何を言わんとしているのか分かる。

 ただ真っ直ぐに幼なじみの少年の最後を看取る。言葉を一言一句聞き逃さないように。

「おれ、お前の事が好きだった」

「うん」

「ずっと、ずうっと前から好きだったんだぜ」

「うん」

「お前さえいてくれたら、それでじゅうぶんだった」

「うん」

「あのさ、木岐。お前はおれのこと…………」

「…………好きだったよ」

「ああ、そっかぁ……………………」

 その言葉を聞けたからか、捌幡悠の表情は満ち足りたものへと変わる。

「なんだ。悩んでたのがばかみたいだ。あーあ、もったいない事しちゃった、…………な…………」

 それが最期の言葉になった。

 名残惜しそうな言葉と、何処までも穏やかな微笑を浮かべ、捌幡悠は絶命した。

 そして、まるで意識が途絶えたのを見計らっていたかのように、…………その身体からは焔が溢れ出す。

 不思議な事に、その焔は猛り狂ったりはせす、静かに、渦巻いていく。まるで、そう。それは”送り火”なのかも知れない。これから死していく少年が、迷わずに成仏出来るように。勿論、そんなのは単なる思い込みに過ぎないのかも知れない。

 だが、目の前の少年は心底から穏やかな面持ちを浮かべている。


 淡い、朱色の焔が教室内を照らしていき、そして、やがて消える。


 塵へと返っていく幼なじみの少年を、木岐は静かに見送った。


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