表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 12
420/613

クレイジーサマーエンディングザディ(Crazy summer ending the day)その20

 

「かっは、」

 教室を突っ切って、壁をぶち破って、廊下の壁に背中を打ちつけて零二は喘ぐ。

 強烈だった。不意だったのもあるが、肺から酸素が全部抜けたような感覚だった。

 だがこれが自分を助けようという意志の元で実行されたのだけは分かる。そうでなければ、今頃はあの弾丸を喰らっていたのだから。

(かぁ、でもま、助かったワケだ)

 こんな事が出来るのは知る限りでただ一人。相棒たる歌音だろう。

 もっと他の方法がなかったのか、とは思いはしたが、とにかく窮地を脱したのは事実。

「あ~、クッソ」

 ゆっくりと腰を上げ、息を吸う。

 何にせよ、霧の化け物は倒した。焔によって燃え尽き、終わったはず。

(木岐を助け出さなきゃな)

 そう思い、今し方出来上がった壁の穴から教室に入った零二が目の当たりにしたのは。


「れ、零二くん」

「────き、きぃ」

 宙に浮いた木岐と、さっきまでとは違い、人間の姿に戻った捌幡悠の上半身だった。

「テメェ」

 捌幡悠がどういった変遷を経て、そうなったのか、零二には分からない。完全にイレギュラーに、本能に呑まれたはずのモノがどうして元に戻ったのか?

 そもそも何故生きてるかも分からない。いや、思い当たる節はあった。

「そっか、テメェ。さっきの弾丸を喰らったな」

 そう、捌幡悠は魔弾を受けた。魔弾は霧になっていようともお構いなしに、効力を発揮。霧化を解除したのみならず、焔をすら減退。結果として燃え尽きるのを防いだのだ。

 つまり今の捌幡悠は残り滓のようなモノ。さっきまでの暴走していた自分自身の残滓でしかないからこそ、人の形にしか成り得なかったのだろう。


「上等だぜ、捌幡悠。で、どうするつもりだ?」

「おれは、いっしょにいた──いだけだ」

「──へェ」


 流石に零二も驚いた。目の前の敵はさっきに比べて、明らかな理性を持っている。


「一緒にってのはどういう意味だ。ダチとしてか? それとも?」

「おまえに関係ないっっっっ」


 叫びと共に、零二を霧が襲った。この教室は完全に霧に覆われている。それはつまりはこの室内が相手の庭である事を示す。

 前後左右、あらゆる場所から不可視の攻撃が迫る。

 未だに万全とは言い難いコンディションの零二にはその攻撃を捌くのは無理だった。

(へっ、肉を切らせて骨を断つ、ってヤツか)

 既に覚悟は固めた。

 さっきの体内で焔を巡らせた結果、零二は消耗しきっていた。余力はあまりない。頭痛などの痛みは軽減していて、イレギュラー自体の制御は可能。

「──」

 零二は前へ飛び出す。

 霧が背中を抉り、腕をかすめ、足を払う。そもそも躱す気、余力もない零二はその全てを喰らって鮮血を噴き上げる。

「く、ぅっ」

 だが零二は足を止めない。攻撃に構わず、遮二無二に敵へと向かっていく。

 全ての、残った力を、内部にくすぶっていた焔を拳へと集約させ、叩き込む腹積もりで。

「!!」

 しかし零二は拳を振るのを躊躇う。捌幡悠は瞬時に散って、木岐の背後へと回ったからである。云わば木岐を盾にするような行為。

「うごく、な」

 その警告は必要なかった。零二は既に動きを止めていた。そこへ、霧が襲いかかった。

「あ、っっ」

 手足を霧が貫く。無数の槍が身体を突き通し、宙に吊り上がる様はまるで磔のよう。

 そして降り注ぐ血の雨を木岐は呆然と受ける。

「……………」

「みろ、木岐。バカなヤツだ」

 捌幡悠は今度こそ己の勝利を確信。全身に食い込ませた霧の槍をそのままに新たに串刺しにするもよし、または槍そのものを霧と化して全身を循環させるのもいい。さっきのような反撃をする可能性がある為、既にあの霧と自分自身は切り離している。

「どうした?」

 木岐の様子がおかしい事に気付き、捌幡悠は心配そうに少女に声をかけるが、返答はない。

「オイ、テメェ」

 その代わりに言葉を返すのは磔となった零二。

「どういう了見だ」

 手足を貫かれ、さらにさっきまでの怪我も回復していないのか、全身血塗れの零二は、痛みなど構わず問い質す。

「木岐を何で盾にした?」

「?」

 捌幡悠には零二が何を言っているのかが分からなかった。何故、そんな事を聞くのか。そもそも盾、とは何を言ってるのか。

「テメェ、仮にも木岐を好きなんだろ。じゃあ、さっきのは何だ?」

 零二の言葉が捌幡悠にはよく分からない。何が問題なのかサッパリ分からない。

「おれが死んだら元も子もない」

 至極当然とばかりに返答を返す。それに武藤零二が恐らくは彼女に手を出す事がない、とも確信していた。じゃなければ…………。

「へっ、要するにテメェ可愛さで女を盾に出来る。そういうこったな」

「それの何か問題か?」

「ああ、お前クソヤロウだな」

 何故だろうか。捌幡悠の中で何かが軋み出す。

 こんな奴の言葉など気にする必要もない、そう分かっているのに。

「お前、本気で惚れてたのか?」

 何故だろうか。こんなにも苛立ちを覚えるのは。今にも死ぬであろう相手の言葉に、動揺するのは何故だろう?

「だまれ」

「黙らねェよ。黙ってられっかよ」

 零二の言葉はまるで焔だった。捌幡悠の何かが燃えていく、露わになっていく。

「オレには恋人なンて上等なモノはいねェ。だがよぉ、一つだけ分かってるコトがある。

 オレは色々足りねェ欠陥品だ。散々っぱら、取り返しのつかねェコトだってやっちまったし、それはもう、今更どうしようもない。ああ、オレこそが化け物なのかもな」

「だまれだまれっっ」

 聞いてはいけない。この話を聞けば何か、決定的なモノが壊れるのが捌幡悠には分かった。

 ドスドス、と霧の槍をさらに突き刺す。腹部を貫かれ、零二は口から吐血。

「へっ、苦し紛れだ、な」

 なのに、これだけの攻撃を受けたにも関わらず、零二は平然としていた。

「うるさい、うるっさいいいいい」

 木岐を手放し、捌幡悠は全身を霧化。さらに教室中を覆っていた霧の結界を狭めていき、圧殺しようとする。

「木岐はおれといっしょになる。お前はじゃまだ」

 完全に頭に血が昇ったのか、捌幡悠は木岐がいる事を忘れ、ただ零二を殺す事だけに意識を傾ける。


 まさに絶体絶命、今の零二にこの攻撃を防ぐ術はない。

 だがこの期に及び、その目には獰猛な光を煌めかせている。

(ああ、まだだ)

 零二は自分が負けるとは露程も思っていない。

 数え切れない敗北を喫し、自分は決して無敵などではないと分かり切った上で、負けるとは思わない。

(あの野郎にはコレを叩き込まなきゃなンねェ)

 ギリギリだとは分かってる。それしか今の自分には勝機はないと理解している。

 ほんの僅かでもタイミングを間違えればその場で死ぬ。なのに、焦りは一切ない。

 種火のような僅かな焔を拳の内に握り締め、ただ待つ。

 もう不可視などではない、濃厚な霧が迫り、決着しようかという時。


 教室を一本の矢が通り抜けた。

 それは単なる矢ではない。赤く染まった、炎の矢、否、スピア


「間に合った──」


 息を微かに切らして、黒髪の少女は笑う。

 距離にして二百メートル。これまで幾度となく放ったこの槍の最長記録。


「誰か知らないけど、コレでいいのね?」


 美影は自分をここへと誘った何者かへ声をかけた。


「零二くん、────今」

「──!」


 零二は木岐の声にハッとする。

 炎の槍によって教室中を覆っていた霧の結界が切り裂かれていた。

 いや、ただ切り裂いたのではなく、炎の発する熱により霧そのものが気化。消えていく。


「う、お、らああああああっっっ」


 零二は拳にあった種火を握り潰し、焔へと転じて手刀を一閃。霧の槍を消す。視えずとも問題ない。零二には分かる、周囲の霧の中、僅かに感じる熱を。如何に身体を転じさせようとも隠し切れない、生命の持つを肌で感じ取り、そこへ拳を叩き込む。


「終わりだ、お前の全部をブッ飛ばす」


 拳の焔が霧を晴らしていき、そこに浮かぶは、胸部を貫かれた捌幡悠の姿。


「が、っ、ききっっっ」

「激情の初撃──インテンスファースト」


 激情の焔は一瞬で周囲を灼き尽くし、教室中を覆った霧は完全に消え失せるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ