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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 12
419/613

クレイジーサマーエンディングザディ(Crazy summer ending the day)その19

 

 ピチャン、水滴が落ちる。

 これはまた誰かの、心?

 でも何だろう? 何を言っているのかよく聴こえない。

 ただ分かるのは、その人がとても温かくて、とても冷えている事だけ。

 何故だろう、とても薄ら寒いのに、ほっと安心出来るのは。

 たくさんの人が近くにいる。多くの人が苦しんでいる。怨みの声をあげながら。

 でも同じくらい多くの人が彼に感謝している。

 こんなのは初めてだ。こんなにもたくさんの相反する声をその身に受ける人は一体誰なのだろう。ううん。そもそも、人、なんだろうか。

 分からない、こんなにも多くの人の、に覆われている人は一体どんな人なんだろう。



 ◆◆◆



「き、キィィィィィィィぃぃぃぃいいいいいい」

 霧化したモノは唸り声をあげつつ、零二へと殺到。襲いかかる霧はもはや不可視でも何でもなくクッキリとその形を露わにしている。

 避ける事は不可能、地面を抉れば別かも知れないが、そうなれば木岐はひとたまりもない。

 不浄の霧が零二の体内へと侵入、途端に零二の全身から血が噴き上がる。

「零二くんっっ」

 木岐は叫び声をあげ、

「へっ、──上等だぜ」

 零二は吐血しながらも、なおも笑ってみせた。

 そう、零二にはこうなるのが分かっていた。万全の状態だったら、それこそ一気に焔で灼き尽くす事も可能だった。だが、実情は万全どころか絶不調。ほんの少しの焔、熱操作すら難儀するような状態。

 だからこそ、()()()()()()()()

 霧を自分で引き受け、体内へと入り込ませる。無論、霧によって身体はズタズタにされるだろうが、構わない。そこからが勝負だった。

「お前、ミスったな──」

 零二は歯を剥き出しに笑うと、体内で焔を循環。

「く、ぐうぐっっっ」

 どぱ、と全身から鮮血が噴き上がった。霧によって零二の体内が切り裂かれ、侵蝕されていく。だがこれは想定内の事態。

「ン、ンガアアアアアアアアア────」

 零二は焔を巡らせる。体内へと、血液を循環させるが如くに。

 確かに今の零二は焔を上手く扱えない。出力しようにもコントロールが利かない。

 だが、それはあくまでも出力、外へ出す・・・・という段階での話。

 体内へと循環させる分には何の支障もなかった。そして、霧化したモノの大半は今や零二の中に在った。

「も、えろっっ」

 歯を食いしばり、零二は自分の体内へと焔を放つ。その血液はまるで石油の如くに焔を循環、巡らせていき────瞬時に異物を消滅させていく。

 ”グギャアアアアアアアアアアアアア”

 声にならない声が零二の体内で鳴り響いて。

「ぐ、うう、……ああああああ」

 零二は呻きながら、全身へと焔を巡らせ、霧を消していく。

 ”き、キィィィィィィィ”

 想い人の名を叫びながら、霧が零二の身体から、飛び出していき、焔もまた体外へと飛び出す。零二の血を受けた霧は、云わば石油を含んでいるも同然。焔は勝手に広がっていく。

 ”やだ、ききぃぃぃぃぃぃ”

 もはやソレに迫る焔へ抗する方法はない。これで万事休す、終わるはずだった。

 一発の銃弾が窓を破り、襲いかかるまでは。

 ぱり、という窓ガラスが割れた音。そして砕け散った窓ガラスの破片よりも早く、銃弾が零二へと迫る。

「────!」

 完全に不意を突かれた。失念していた、さっきの銃弾を撃った何者かの存在を。



 ◆



「殺った──!!」


 そしてその銃弾、……魔弾を放った狙撃手はヘルメットから僅かに見える口元を歪ませる。

 本来、狙撃手の役回りは実験対象の始末だった。

 あの捌幡悠は彼の雇い主が行った実験の被験者。家族に手をかけ、逃げ出した少年の面倒を見たのも全ては更なる実験の為でしかない。

 捌幡真一という兄も役に立ったらしい。WDの一員であり、何よりも弟を心底心配していたから如何様にでも利用出来た。

 だが、実験も既に次の段階へと進んでいた。既に身元もバレた以上飼っておくのは負担でしかない。だからこその始末しろ、との指示だったのだが。

(あいつは危険だ)

 零二を目にし、狙撃手は本能的にそう感じた。魔弾の効力は本物だ。撃ち込まれたら、一定時間イレギュラーを使うのは困難。注入された薬品により、著しく集中力を削がれ、無力化されるはずだった。にも関わらず、イレギュラーを使ったのだ。

(ここであいつを仕留めなければ)

 銃弾は、空力操作によって速度及びに貫通力をも増加。今度こそ間違いなく無力化出来るはず。

「あとは、直接仕留めるだけだ」

 特注の武器なら他にもある。今日、ここで脅威を始末してみせる。そう誓い、屋上から飛び降りた。



 ◆



(しくった──)

 零二は迫る銃弾に対して無力だった。

 さっきとは違い、今度は見えていた。分かっていたはずだった、もう一人いると。

 捌幡悠や真一兄弟以外の第三者がいるのだと分かっていたはずだった。

 なのに、目の前の相手への対応で失念していた。

(クソったれ)

 躱す手段はない。これを受ければそれで終わり。そう確信出来る。

 ただ見ているしかない。自分が終わるのを。それが歯がゆかった。


 銃弾は勢いを増し、そして霧を切り裂きながら、零二へと向かう。

 命中するのは頭部。脳漿をぶちまけ、即死する様が脳裏を過ぎったその時。



 ◆



「はぁ、はぁっ」

 帰路から一転、少女は走った。

 それはどういった事象だったのか。突然”声”がした。だがそれは音じゃない。鼓膜は何もそれを捉えてないのだから。ただ直接聴こえる。


 ”助けて”


 たったの一回、ただそれだけ。単純明快な言葉だった。

 幻聴とか空耳だとか、大多数の人は相手にしないに違いない。いつもの少女もまた、きっとそう結論を出して何もしないはずだ。

 だって人一倍、音に対する感性は高いのだから。

 なのに、少女は走っていた。

 何の根拠もなく、足を動かし、腕を振る。

(こんなの私の役回りじゃない、こんなのあの馬鹿の役回りだ)

 何故だろう、少女には向かうべき場所が分かっていた。

 初めて通るような裏道を通り抜け、一直線に向かう先には、小学校。

 ここまで近付けば、彼女には何が起きているのかなどおおよそ把握出来ていた。

 向かう先にいるのが、自分の相棒たる不良少年であり、理由までは分からないが、窮地に立たされた事も分かる。

 そして、その上で分かった。零二を狙う気配を。今朝方と同様の、狙撃手の音を。

 だから少女、桜音次歌音は急ぐ。手頃な民家の屋根へと登って急ぎ、学校へ。

「はぁ、はぁっっ」

 間に合え、間に合え、と思いながら心臓が張り裂けんばかりに鼓動を強める。

 パアン。

 小さな、極限まで消音された発砲音。

 そして銃弾は放たれる。


「────」

 もう迷う暇はない。出来る事はただの一つだけ。

 歌音に出来る事は、ただ自分のを届けるだけ。

「あああああ──────────」

 声にならない声、音の砲弾を放った。



 ◆



「く、」

 身動き出来ない零二へと銃弾が迫る。距離にしてほんの三メートル。時間に換算すればコンマ数秒後には直撃する。

 この時零二は死の可能性を感じ取り、狙撃手は仕留めた、という確信を抱いた。

 まさにその瞬間だった。

「ぐ、あっっ」

 突如、窓ガラスが砕け散り、そして零二の身体がその場より吹き飛ぶ。

 予期せぬ、全く予見していなかった攻撃を受け、零二は教室の壁を突き破って廊下にまで飛び出す。

 だがそのおかげだろう。零二に迫った魔弾は標的を失い、虚しく空を切った。


「なっっ」

 その想定外の事態に狙撃手は唖然とする。

(馬鹿な)

 魔弾は確実に武藤零二を仕留めた、はずだった。

 仮に仕留められずとも無力化、最低でも弱体化はする。あの出来損ないのフリークなどもうどうでもいい。放っておいても自滅する。魔弾はライフル用と拳銃ハンドガン用の二種類があり、拳銃用は既に装填済み。あとは接近して拳銃用の魔弾を全弾叩き込めば、それで終わり。

(それが何故ここに────)

 狙撃手と桜音次歌音の違いがここで明白となった。

 狙撃手は空力操作、意識して一定方向の空気抵抗などを操作する能力。

 対して歌音は音を操作する能力。

 共に遠距離の音を聴く事も可能だが、狙撃手の場合は意識した方角のみに適用出来るのに対して、歌音は全方位・・・の音を聴く事が出来る。


「くそ、ったれが」

 狙撃手はスナイパーライフルの銃口を敵へと向ける。

「残念、遅いわ」

 だが銃口を向ける前に、歌音の唇は動いていた。

 不可視の音の砲弾は放たれる。

「か、は────」

 ドン、という強烈な衝撃を受け、狙撃手の身体は吹き飛ぶ。

 スナイパーライフルは即座にひしゃげ、手元から離れる。

 全身が何か大きな力で潰れていくような感覚と共を受けつつ、校舎へと叩き付けられる。

(ぬかった、か)

 それが狙撃手が最期に思った事。

 グシャ、という何かが潰れた、気味の悪い音と共に絶命する。


「はぁ、はぁ、はぁ」

 足を止めた歌音はその場で膝を折り、荒い呼吸を整えようと試みる。

 その疲労感は全力疾走によるものか、或いは零二へ放った砲弾に神経を尖らせたからか。

「まぁ、これで私の出番は終わりよ、ね」

 尻餅を付き、空を見上げながら少女は誰に言うでもなく、呟いた。



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