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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 12
417/613

クレイジーサマーエンディングザディ(Crazy summer ending the day)その17

 

 ピチャン、という水滴の滴る音がする。

 耳を澄ますとかそういったものじゃなく、ただ聴こえる。

 こうなったのは、いつからだろう?

 まただ。また聴こえる。この声はああ、そうだ。

 でもどうして?

 どうしてこんな声が聴こえるんだろう。

 分からない、私、…………どうしちゃったんだろうな?




 ああ、何だか身体が軽い。

 さっきまでと違い、とても楽な気分とでも言うのか。

 息を吸ったり吐いたりするのも、まばたきするのも、指先を動かすのさえつらかったさっきまでと比べると、今はまるで風船みたいに軽い。

 不思議な気分だ。

 さっきまであれだけ感じていた不自由さがまるで嘘みたいだ。

 今なら何でも、何だって出来る気がする。じゃあ何をする?

 ああ、そうだ。おれは、木岐と一緒にいたい。

 木岐は今、目の前にいる。


 でも…………どうしたんだよ木岐?

 何でそんなに怖がってるんだよ?

 お前は何も怖がらなくていいんだ。もうおれを倒せる奴なんて何処にもいないんだから。

 おれとお前、ずっと一緒にいよう。

 大丈夫、おれはもう誰にも負けたりしないんだから。



 ◆◆◆



 ずず、ズリズリと足を引きずりながら肉塊が木岐へと近付く。

「うっ、」

 木岐は思わず胃の中から込み上げるモノをこらえる。

 ソレが自分の幼なじみの少年だとは分かっている。分かっているものの、とてもそうは思えない。

「あ、」

 だがソレを直視するのが躊躇われる。ソレは、もう彼女が見知っていた幼なじみの少年とはまるでかけ離れた肉塊モノ

 さらにただれたその肉塊からは腐臭が漂い、それが不快感を促す。

「き、キぃ」

 肉塊の声はまるでうなり声。声、というよりも、何かしらの楽器で意図して発する不協和音のようですらある。

「や、だ…………」

 木岐は迫るモノに怯えるしかなかった。逃げようにも肉塊は膨張していき、逃げ場はない。

 肉塊はただ迫る。木岐、の名前を連呼しながら、ゆっくりと確実に。

「やめて、悠くん」

 幼なじみだったモノに声をかけるも、肉塊には通じない。ただただ迫るだけ。

 ポタポタ、とその肉塊から滴り落ちる液体はどす黒い色をしており、その独特の臭いから血である事は明白。さらにはボトボト、と肉片もずり落ちていく様は異様そのもの。

 つまり肉塊は、膨張しながら死んでいたのだ。



「おいパペット。あれはどういう事だ? どう見てもフリークのその先・・・に到達してるようには思えないが」

「うーん。どうも失敗したみたいだね」

「…………」

 狙撃手はそれ以上の追及を諦めた。

 パペットの表情からは一切の動揺は窺えず、それどころか愉快そうに口元を歪ませている。

(つまるところ、こいつにとってこれは実験でしかない、という事か)

 狙撃手は薄ら寒いモノを感じたが、それでも一つだけ確信した。

(こいつの本業は犯罪コーディネーターだとか、ディーラーじゃない。間違いなく、研究者だ)

 その推察を知ってか知らずか、人形は言葉を続ける。

「でもまぁ、なかなかに有意義ではあったよ」

 それだけ言うと、不意に背を向け、歩き出す。

「いいのか? 見届けなくても?」

「ん~、もう充分だね。それより君はどうするの?」

「こっちは依頼主から始末するように言われたからな。とりあえず事の顛末は見届けるさ」

「そ。君の雇い主も性格が悪いね。僕には関係ないけども」

 くく、と笑い声をあげつつ、パペットは屋上から身を投げ出し、そのまま姿を消す。

 狙撃手が周囲の音に意識を傾けるも、それきり人形の異名を持つ何者かは音一つ上げないまま、姿を消し去る。

「…………ち、」

 狙撃手は小さく舌打ちすると、請け負った仕事の終わりを見届ける為に改めてスコープを学校へと向けるのだった。



「き、きぃぃぃぃ」

 もはや人ですらないモノが木岐へと迫る。

 木岐は必死になって距離を取った。死にたくない、その思いが動かなかった手足を辛うじて動かし、倒れていた零二を引きずる。

「く、は、はっっっ」

 見た目以上に重い。スポーツ少女で身体はそれなりに鍛えていたつもりだった。メディシンボールやダンベルで筋トレだってしていたが、人間の身体はトレーニング機器とは勝手が違った。

 その上、零二は回復していなかった。

 全身を血に染め上げたまま、動かない。まるで壊れた人形のように微動だにしない。

「零二くん──」

 声をかけるも、零二から返事はない。死んでいないのは分かってる。零二を抱えているから、鼓動が鳴っているのは分かっている。それに何よりも。

(まだこんなにも熱い、武藤くんはまだ生きてる)

 その体温は常人と比べると明らかに異常な高温で、木岐の肌は火傷している。

「う、くっっ」

 思わず呻き声をあげる。じゅううう、とまるで火で熱した石、或いは鉄板でも直に手にしているような感覚を覚える。皮膚が焼け、爛れていくのが分かる。離してしまえばそれでいい、そうすればいいだけ。

(でも、それはダメ。だって、私)

 されども木岐は零二を離さない。何故なら、彼女は自分はまだ何も返していない・・・・・・、と思うから。

 じゅううう、と身を焦がす音。ツン、と鼻を突く異臭。

 まるで拷問でも受けているようにすら思える。

 まるで現実味のない光景、出来事。漫画かアニメの世界のような事態。

(まだ、私は────なにも)

 歯を食い縛り、身を灼かれる痛みを耐えて、少しずつ少しずつ動く。

 ここに至って、彼女にも分かっている。こんな事をしても恐らくは無意味なのだと。

 もはやかつての面影もなくなった幼なじみにはもう自分の言葉は届かないのだ、と。


「キ、きィィィィィィ」


 肉塊はブクブク、とその身を膨張させつつ、うわごとのように叫び声をあげる。

 そのギョロリと動くビー玉のような目に映るのは、自分にとって一番の少女のみ。


「や、やめて」


 木岐の言葉は、懇願は届かない。既に肉塊には聴力など存在していない。嗅覚も感じず、触覚も曖昧。味覚は分からず、残るは視覚のみ。

 ズルズル、と這いずりだけしか、ソレには出来ない。シュウウ、と己が一部、崩れていく身体を霧に変えるしか出来ないのだから。

 もはや肉塊ソレに出来るのは、ただ相手を包み込むのみ。

 霧状にした自分の身体にて、包み込む事しか彼に出来る事はないのだから。

 霧が迫る。

 木岐の口へと入り込まんと迫る。

 今や、それを遮る事など誰にも不可能に思えた。



 ◆◆◆



 あ、ああ。何だよ?

 身体が動かねェ、一体何があった?

 まるで重りでも課せられたみてェに手足が重い。息をしようにも肺を動かすのも気だるい。


 そのくせ、何か知らねェけど、いい匂いがするような…………。

 まぶたをあけるのも億劫だけど、しょうがねェ──って、オイ。


 オレはどうなっちまった?

 どうして木岐のヤツに肩を借りてる?


 ああ、クッソ。それに何だってンだよ。木岐のヤツにブヨブヨした薄っ気味悪いバケモノが迫ってるじゃねェか。ありゃあれか、捌幡悠ってヤロウが成り下がっちまったモノか。何にせよマズい、このままじゃマズい。


 クソッタレ、動け。動かなきゃダメだ。動け、動け動け────。

 気だるいとか何だとかそういう言い訳なンざ知るか! オレは動かなきゃならねェ、今動けなきゃ一体いつ動くってンだよ!!! いいから根性見せろってンだ。


 燃料・・ならまだあンだろ? だったら燃やせ、動けないってンなら、ムリヤリにでも動けッッッ。

 意識を集中させろ、オレは何だ?

 思い出せ、オレはどういう存在・・だ?

 分かってンだろ?

 なぁ、武藤零二ッッッッッ。



 ◆◆◆



 肉塊から放たれし霧は、木岐へと到達しなかった。すんでのところで消え失せる。

「う、ヴオオオオオオ」

 肉塊が発した唸り声は怒りの発露だろうか?



「馬鹿な──何故動ける?」

 狙撃手は驚きを隠せない。有り得ないはずのものを見た。



「零二くん」

 安堵の声を出すのは木岐。

「るっせェよ、……耳元で叫ぶなっての」

 零二は拳から焔を揺らめかせ、いつも通りに不敵な笑みを浮かべた。



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